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3.古傷を探る女②

昼休憩中の俊平の前に現れたのは、

新人の販売補助員である、河北(かわきた理子(さとこ


ゆっくり、もじもじしながら近付いて来る。


「......お、お疲れ様です! 能登さん」


何に緊張しているのか、理子は

噛み噛みで話しかけてくる。


「ん? あ、ああ、お疲れ様です。

......って、アレ? もしかしたら、

俺、先に休憩入っちゃった? 」


店での昼休憩は、交代制だ。


理子に話しかけられるような

用件も無い俊平にとっては、

思い当たるのは休憩の順番を飛ばして

先に飯を食っているかも、という

事くらいだ。


だとしたら、謝らないといけない。

空腹の恨みは、とても恐ろしいのだ!

自分だって、ユルサナイ。


「......へっ? あ、いや、違、違います! 」


一瞬、呆けた表情の後に慌ててブンブン

首を振って否定する理子。


「あ、あの! 午前中のデジカメの

お客さんのお礼、言いたかっただけで......

その、あ、ありがとうございます! 」


理子は、深々と頭を下げる。


Γ......ん? ああ! アレね。

大袈裟な。別に気にせんでイイよ」


思い出したが、ホントどうでも

いい事なので、俊平は携帯とにらめっこ

しながら、ぶっきらぼうに返事を返す。


今、重要なのは、休憩時間の残り30分間で

ゲームでの貢献値を100万位は

上げておけるか、どうかなのだ。

でないと、帰宅後の21時からの3時間で

ノルマ達成は非常に困難だ!


俊平は手慣れた手つきで、

コマンドボタンをポチポチ押して、

オートプレイ放置で次々と

雑魚を処理していく。


「......あ、あのぉ! あのお客さん達の

言語(ことば、どうしてわかったんですか?

能登さん、喋れるんですか?

スッ、と来て、サッ、て、話してくれたんで

......私、凄くビックリして。

だって英語も、日本語も全然通じなかったから」


「......喋れるワケ、ないやろが。

あんなんノリだよ、ノリ」


俊平は、日本語以外は全く喋れない。


何年か昔までは、店に来て商品を買う

外国人の殆どは、旅行者も出稼ぎ労働者も

中国人か、フィリピン人ばかりだった。


好き嫌いはあるが、彼らの多くは友好的で

一生懸命、カタコトだけでも日本語を

覚えて、話そう、伝えようとしてくれた

だけこちらも接客しやすかったのだが、

近年は中国人はあまり来ずに

出稼ぎはベトナムやカンボジアなどの

東南アジア系や、英語すら話せず

ポルトガル語しか話せないブラジル人など

環境は激変している。


集団で来訪し、我々、日本人に

馴染もうとする態度でもなく、

現地語で捲し立てるので、

なかなか苦労する。


最近の翻訳アプリは非常に優秀で、

様々な言語をその場で文字表示も

発音もするし、誤訳も少ないので

ほぼ、困る事はない。


だが、欲しい、買いたい時に質問したい

内容など、殆どは万国共通、

だいたい一緒だ。

ボディランゲージと、一つか二つの

単語の会話で、要望を聞ける自信はある。


例えばメイドイン・ジャパン? は、

日本工場製だけではなくて大概、

付属品とか部品まで日本製か?

と、いう質問が多いし、


液晶を指差した「イングリッシュ? 」は、

英語表示をしてくれるのかの問合せ。


商品を持ち上げて「チャイナ。チャイナ

オッケー? 」って聞いてくるのは、

帰国して、土産で渡しても、現地で

使えるか? が多い。


あと「タックスフリー? 」とか

「ディスカウント、ディスカウント」

とか、まあ、色々だ。


英語なんかは、特に話せなくても良い。

家電量販業も、理子のようなペラペラ

バイリンガル人材が、沢山入社している

ようだが、俊平から言わせると

才能の無駄遣いで、勿体無いとしか

思えない。


要望さえ理解できれば、後は大袈裟に、

カタコトの大きい声で一つか二つの

フレーズを繰り返してやればオッケーだ。

「ダイジョウブ」とか「ソレダメ」とかね。


それでも駄目なら、翻訳アプリ使えばいいし

最後の締めは、お会計後の

「アリガトウゴザイマシター」さえ、

しっかりできれば、絶対に満足する!


外人客、恐るるに足らず! 無問題だ。


と、理子に話すと大きく頷き、

手帳に記入を始めている。


......メモするほどの、内容でも

ないんだけどな。


接客の会話が終わった後も、理子は

その場を離れずに、二人の間には

何か気まずい雰囲気が流れている。


ゲームに集中出来ん。


「.......他に何か? 」


沈黙に耐え兼ねて、問いかける俊平に


「あっ!は、はい! 実はですね、

これ差し入れです、飲んでくださいっ! 」


理子が差し出した、右手の先には

力一杯、握り締めたブラックの缶コーヒー

があった。


握力で凹んだ缶コーヒー。

親指が食い込んでいるのが見える。


何故、握り潰す必要があるのだろうか。


「......えーっ、と。その......

非常に言いにくいんだけどさあ、

俺、ブラック飲めないヒトなんだよね」


俊平はブラックコーヒーが飲めない。

ミルク砂糖入りじゃないと、何故か

キュルキュル、お腹を下してしまうのだ。


体質なのか? ミルク入りなら、

一日に何杯でも飲めるのに。

おまけに、ブラックは苦いし、カフェイン

入って苦い飲み物なら、緑茶とかで充分

じゃないか。

俊平は、そう思っている。


「あああっ! す、すみませんっ!!

私、知らなくて! 今、買い直しますから」


大慌てで、自販機に向け背を向ける理子。


「いや、ホント! マジで要らんから!!

頼むから、気ぃ、使わないで? ね?

そろそろ売場、戻っていようね! ね? 」


焦る俊平。


ホント頼む。そっとしといてくれ。


ホントにいいんですか? と立ち止まった

理子は、俊平の携帯の画面を覗きこむと


「へー、能登さん、ゲームするんですね。

あれ? これって......」


話しかけてくる途中に、休憩所に

田中マネージャーがやって来た。


「能登さん! まーたサボってるんでしょ!?

頼みますよー、売場、忙しいんですからね! 」


キツく聞こえる言葉だが、本人には

悪意はない。あくまで、軽い

景気付けみたいなもんだ。

でも、気をつけないと今のご時世、

相手によっては立派なパワハラなんですがね。


「あのねえ、まだ俺、休憩中っすよ。

そうだ、田中さん! ほら、河北さんが

缶コーヒー、奢ってくれるって言ってますよ。

良かったですねー」


ホレホレ、と、手で理子に催促する。


「え? あ、はい! そうなんです。

ブラックでよろしければ、どうぞ! 」


差し出された、ペコペコに凹んだ

缶コーヒーを貰って喜ぶ田中。


「マジっスか!? いやー嬉しいなー。

ホント貰っちゃいますよ? 頂きまーす」


満面の笑みを浮かべ、コーヒーを飲み出す

田中に、ウンウンと、適当に相槌を打つ俊平。


理子が売場を抜けてサボっていた事は

どうも気付いていないようだ。


「......河北さん? インカム聞こえてる?

ほら貴女、呼ばれてるよ? 」


「......あ! すみません、私

売場に戻ります......失礼します」


軽く一礼すると、理子は小走りで休憩所を

去り、売場へ戻っていった。


......平穏は、取り戻された。


これで残り時間、心おきなくゲームに

集中できる。


はずだったのだが。


隣で田中が、いやー河北さん、綺麗だし

優しいですねー、能登さん、手ぇ出したら

犯罪ですからね? いやコレ美味しいわー

と、ずっと喋ってくる。


......いい加減、この人も売場戻って

くれねえかな。静かにしてくれよ。


昼過ぎから、暇になったとはいえ、

俊平達もただ、ボーッと、売場に

突っ立っているだけではない。


入荷した商品の品出しをしたり、

売場の小物の補充も行うし、

新製品が入ったら展示もするし

定期的な商品在庫の確認作業も

行うし、と、作業は結構ある。


やる気が全く起きずに、何もやらずに

翌日以降に作業を繰越す事もあるが、

やる気に溢れ、何もかも一気に

やりきってしまう日もある。


やるべき作業と優先順位さえ、

覚えてしまえば、上司の

指示を待つとか、顔色を伺う必要はなく

担当売場は自分の自由采配なのだ。


これが気楽だ。


夕方となり、作業も終えて

あとは閉店を待つだけの俊平に

ご指名のお客様です、との

呼び出しがかかる。


向かう先には、見覚えのない、

黒いレディススーツ姿の若い女性が

俊平に向け、会釈をするのが見える。


髪は短めで、女優の吉岡里帆?に

似てるといわれりゃ、似てない

わけでもない。

見るからに、大人しそうな女だ。


......ハテ? あんなお客様、接客した

事あったか? 思い出せないな。

取引先のメーカー営業なら、わざわざ

呼び出す事もないし......


お待たせしました、と、会釈を返して

相手の出方を伺うと、スーツ姿の女は

緊張した面持ちで、俊平に語りかける。


「......あの、能登 俊平さんで

いらっしゃいますか!? 初めまして、

私、メディアトゥモローの

小松(こまつ 未歩(みほと申します。

少し、お話してもよろしいでしょうか? 」


差し出された、名刺には

「株式会社 メディアトゥモロー

ねとハボ 小松 未歩」と、記載されている。


ねとハボ......ネット上に沢山ある、

IT系のニュースサイトの一つだ。


目にした名刺に、嫌悪感を示す俊平。


「すみませんけど、興味ないですし

仕事中なんで。それでは失礼します」


吐き捨てるように、未歩に伝えると

サッ、と踵を返して売場へと戻っていく。


その俊平の後ろ姿を、未歩が追いかけて

すがるように、話しかける。


「いい加減、あんたらもしつこいな!

話なら、前に電話で済ませたでしょう!? 」


他のお客様への配慮で、小声では

話しているが、俊平の口調には、

明らかに強い怒気がこめられている。


「すみません、ご気分を害されたので

あれば、お許しください! ですが

先日のお電話だけではお話がなかなか

進まなかったので、こちらから

直接、お伺い致しました!

何卒(なにとぞ、“ 城山(じょうやま(のぼる

について、記事を書かせていただきたく」


「あのさあ!! 」


“ 城山 昇“ の言葉に反応した俊平が、

つい、未歩に向けて声を荒げてしまう。


「アンタさあ、こんな田舎に、東京から

わざわざ来てくれたのも、ご苦労様な

事だけど! こっちはすげえ迷惑なんだよ!

わかる? ここは店、俺は店員なの!

商品買う気も無いのは、ただの

営業妨害でしょうがよ。城山 昇なんて

知らない、って言ってんの!

わかったら、もう帰ってくれって! 」


俊平の様子を心配した他の店員が、

どうしたんですか? と近付いてくる。


「ああ! 大丈夫、全然大丈夫だよ。

この人、キャッチ、キャッチセールスだよ!

投資用に、マンション買えってさ! 」


目を潤ませて、その場に立ち尽くす

未歩に構う事なく、俊平はその場を

立ち去る。


あー苛つく。


休憩所に一直線に向かい、ブカブカと

一本、もう一本と荒く煙草をふかしながら

俊平は、この間に面倒な営業女が

居なくなってくれている事を願う。


......少し時間を潰した後に、

恐る恐る店内を見回すと、どうやら

未歩はもう、居なくなったようだ。


丁度良い頃合いで、閉店時間にもなり

俊平は胸を撫で下ろす。


後はさっさと、帰るだけだ。


退店する際に、俊平の後ろから理子が

何か話しかけたような気がするが、

逃げるように車に乗り込んで

帰宅を急いだ。


猫に餌やって、飯食って風呂入って

洗濯して、ゲームのノルマも残ってるし

......あー俺、忙しいな!!

こりゃ今夜、寝る暇無えぞ!?


一人、車内で声を張り上げる。


心がザワつく。


猫に餌だけは、すぐ与えられたが

その他の事が、何ひとつ進まずに

気ばかりが焦る。


忘れようとしても、どうしても

店での未歩との会話が脳裏に浮かんで

離れない。


鬱陶しい! もう、忘れたんだよ。


放っておいてくれよ。


押入の中に入れてある、頑丈に

テープ巻きで保管された

段ボール箱を眺めながら、

俊平は呟く。


城山 昇...... 20年以上前に、

活動していたライトノベル作家の名前だ。











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