第一話・ローレル山脈(2)
すっかり青に染まった空の下、山の斜面でヤギィが日向ぼっこしている姿を見ながら一行は山登りを始めていた――。
先ほどの小雨は通り雨だったのか、山道は少し湿っている程度でぬかるみはほとんどなかった。これなら安心して歩いて行けそうだ。
「くぅ~! どれくらい登ればいいんだろうねぇ! いまから足がすさんじゃいそうだよぉ」
「お前ってば、飽きっぽいしなぁ。今回ばかりは頑張れよ」
「はいはいはーい。言われなくても頑張りますよぉーだ。フィト、歩けなくなったら僕がおぶってあげるからね!」
「へっ!? それはさすがに悪いよ! 私、重たいし!」
「フィトは軽いからへーきへーき! 盗賊を追っ払った時にお姫様抱っこしたけど、羽根みたいだったよ!」
「そ、それは言い過ぎだよぉ。でも本当に大丈夫だからね!」
そんな二人の会話を聞いて「またいいとこ全部持ってかれてんなぁ……」と、レオンはため息をつく。
そんなに簡単に大胆にはなれそうにないが、何かあった時にすぐに動けるよう周囲に警戒しておこうと、レオンは気を張って歩を進める――。
***
緩やかな登山道を歩いて、しばらく経った頃――。
まだそれほど進んでいるわけではないが、かなり山奥に入ったような景色が三人の目の前に広がっていた。
もと来た道を振り返れば、絵葉書のように美しいフィヨルドの絶景がそこにあり――、辺りを見渡せば、斜面に咲く色とりどりの野花や藍色の湖がローレル山脈を豊かに彩る――。幾度見ても飽きることのない山のたたずまいに、三人は息をのむ。
人々が参拝する祭壇という事もあり、踏みあとがしっかりしている。初めての登山で目指す場所に着けるか不安な三人だったが、進むべき道が分かればなんとかなりそうだ。
「どこを見ても絶景だねぇ~!」
「時々道しるべがあるのは助かるよな。ここは標高三百メートル……って書かれても、あんましピンとこねーんだけどさ」
「ちょっと休憩しよっか! レオン、ポケットブックからお茶出してくれる?」
フィトの提案でしばし休憩を取ることにした三人は、ちょうどいい具合に座れる石に腰掛けてお茶をすする。
クレーヴェルで採れた白詰草の紅茶でほっこりした後、一行は立ち上がってまた上を目指す――。
***
さらに山を登って行くと――、段々と勾配が急になってきて歩くのがきつくなってきた。
ダメージが蓄積されてきた足を休ませ、息を整えながら一歩一歩進んでいく――。
「うう~……僕もうヘトヘトだよぉ~……樹の祭壇って、こんなに行くの難しいの? こんな道を越えてまで参拝するって、よっぽどだよねぇ……」
「リオン、きっともうちょっとだよ! がんばろ!」
フィトの励ましでなんとか気力を繋ぎ、リオンは「僕、頑張る~……」と、どこからか拾ってきた木のぼうをついてフラフラと歩く。
「高い山って雪があるのかと思ってたんだけど……ローレル山脈は登っても登っても寒くならないし、緑も無くならないんだね」
「へぇ~……? 雪ってあの、白くて冷たくてふわふわしたやつだよね……!?」
「あの、かき氷にしたらうまそうなやつか!」
「ま~た兄さんは、風情もへったくれもない事を……」
「う、うっせーな! ただの例えだろ! おいヘボリオン、歩くの遅ぇぞ!」
足腰が弱ったリオンのケツを叩きずかずかと歩くレオン。
そんな兄を忌々し気に睨みつけ「体力底なしのゴリラ犬め……」と、リオンは杖を握りしめて吠えた。
山の知識がない面々がそんな適当な事を話しながら更に先へ進むと――。明らかにそれっぽい入り口が三人の目の前に現れた。
蔦が巻き付いた年季あふれる円柱に、不自然に咲いたプルメリアの花。生い茂る山林の奥には、さらに上へと登るための石段が続いていた――。
「……何だか、神聖な雰囲気だね。プルメリアの花も咲いてるし、この先に樹の祭壇があるのかなぁ?」
「ああ。土の祭壇の入り口にもプルメリアが咲いてたもんな。いよいよ目的の場所って事だ」
「嘘だドンドコドーン! まだ上があるなんて、しかも階段なんて! 聞いてないよぉ!」
「ど、どうしたの、リオン……!? なんかおかしいよ……!?」
信じがたい先の道を見て発狂するリオンに対し「フィト、ただの現実逃避だから気にすんな。そんだけ狂った元気がありゃ心配ねーだろ」と、レオンは淡々と言い放つ。
尻尾の白蛇も主人と共に体力が奪われているようで、ぐったりと項垂れている。フィトはそんな白蛇を見て「可愛そう……にゅんちゃんもしんどいんだね」と、哀れみの声をかけた。
「うへぇ~……ゴールを目の前にして、この長~い階段を登らなきゃいけないなんて……しんど……」
「まぁ、確かにな。さすがに俺もきっついぜ……」
「たいへんだねぇ……でも、これを登ったらそんな苦労も終わりだよっ! ファイトしよ!」
たたたんと先陣を切って階段をあがるフィト。リオンのおんぶ作戦は望めないどころか、言い出しっぺが一番バテてしまっている。
心底嫌そうな顔をするリオンを引っ張り「行くぞ」と、レオンも石段を上がり始めた。




