第四話・朝露のひととき(2)
小鳥が歌う朝――。
ロルブーの中で三人はテーブルを囲み、朝食をとっていた。
「うんま~っ!? フィト、本当に料理が上手なんだねぇ! どれもこれも美味しすぎるよぉ!」
「リオンったら、おおげさだよぉ。おいしいのは私の腕前じゃなくて、クレーヴェルの作物が新鮮なおかげだよ!」
「いんや! 相乗効果ってやつでしょ! はあぁ~、この蜂蜜パンケーキが特に美味しいっ!」
「お世辞じゃなくて本当にうまいよ。フィト、ありがとな」
作った料理を大絶賛してくれるレオンとリオン。
夢中でパクパクと頬張るふたりを見て、フィトは嬉しそうに「えへへ」と、照れ笑いする。
三人が泊ったロルブーには、クレーヴェルでとれた食材があらかじめ用意されていた。便利な事に家具だけでなく、調理器具や食器までもがそろって完備されているのだ。
フィトはロルブーの設備をフル活用して満喫したのか、ご機嫌だ。にこにこ笑うフィトのまわりには、ほわほわと花が浮かんでいる。
「ふぃ~美味しかったぁ! ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
「残さず食べてくれてありがとう! ごちそうさまでした!」
時刻は六の刻――。ノエルが迎えに来てくれるまでまだ少し時間がありそうだ。
フィトが片づけをしている間、犬耳兄弟は寝室で出発の支度をし始めた。
タンクトップとズボン姿で部屋の中をうろついていたふたりは、いつもの門番服に身を包む。
「あーあ。フィトのゴハンが美味しかったから気分は盛り返したけど、兄さんのせいで目覚めは最悪だったなぁ~。ぜんっぜん爽やかな朝じゃないしぃ」
「ったく、いつまでもねちっこい野郎だな」
「まぁいっか~。なんたって、僕はいま上機嫌だからねっ。昨日のフィトは可愛かったなぁ~」
ほわんとニヤけるリオンに「あ? どーゆーことだよ?」とすかさず絡むレオン。
食いついてきた食いついてきた……♪ と不吉な笑みを浮かべ、リオンは自慢した気に昨夜の事を語り出す。
「あ~言っちゃおうかなぁ~どうしようかなぁぁ~」
「はっ……?」
リオンの言葉を聞いて、その意味が呑み込めないレオンは怪訝な顔をして弟を見た。
煽るだけ煽って、この弟は出し抜いた出来事を隠しておく気なのだが――。その辺は、似た者兄弟である。
誰でも自分の中だけに大切な事はしまい込んでおきたいものだが、相手を焦らせるためにその話をちらつかせるのがこの兄弟のやり方である。どこまで質の悪い番犬たちだろうか。
ただし――。リオンはおやすみ三秒なので、昨夜フィトがレオンの頭にも触れた事を知らない。もちろんレオンも自身その事を知る由はないのだが――、おめでたく残念な兄弟である。
「おいアホリオン。お前、何が言いてーんだよ?」
「なにも~? まぁ、強いて言うなら僕とフィトだけの秘密☆ かなぁ~?」
「気持ち悪ぃ星飛ばしてんじゃねぇーよ。どーせハッタリだろ? わかってんだよ」
ニヤついたまま両手を上にあげ首を振るリオン。
そんな弟をレオンが忌々し気に睨みつけていると――。
ふいに部屋の扉をノックする音がして「……ふたりとも、着替え終わった?」と、木の板の向こうからフィトの声が聞こえてきた。
「うん! 終わったよ~! 開けてもいいよ!」
リオンがそう言うと「……おじゃましまぁーす」と、開いた隙間からひょこっとフィトが顔を出した。
いちいち可愛いなぁと、ふたりがのほほんと思っていると――。ふたりがすっかり忘れているであろう提案がフィトからなされた。
「あのね。ドア、開けてみようと思って」
「あ、そっか! 試してみるんだね!」
「もしかしたら、力が戻ってるかもしれねーもんな」
「そうなの。また急に出来るようになるかもしれないから、時々開けてみた方がいいよね」
そう言ったフィトの言葉で三人は頷き合い、ドアを開ける事を試みる。
緊張の面持ちで「……じゃあ、いくよ」と、少女が再び空間を繋げようとするも――。
やはり、開いたドアは冥界に繋がる事はなかった――。
***
「ごめんね、やっぱりダメみたい……どうしてなんだろ……?」
「相変わらずその理由も分かんないよねぇ」
「謝ることないって。フィト、元気出せよ。……ほら、そろそろノエルさんが来る頃じゃねーかな?」
「あ、そうだよね! レオン、ロルブーを出る前にお願いがあってね」
「ん? どした?」
フィトは「待っててね!」と言い残しキッチンに戻ると、大きなカゴのバスケットを持ってとてとてこちらに戻って来た。
「フィト、これはなんだ……?」
「おべんとだよっ!」
にこにこと答えるフィトに「「お弁当?」」と、声をそろえて聞き返す兄弟。
黒髪少女がバスケットをかぱっと開けると――美味しそうなサンドイッチが中から顔をのぞかせた。具だくさんのぎっしりと詰め込まれたサンドイッチを見て、レオンとリオンの朱色と山吹色の瞳がぱあっと輝く――。
「すっ……げぇーなッ! これ、フィトが全部作ったんだろ!?」
「めっちゃ美味しそう~! さっきお腹一杯食べたはずなのに、いますぐ食べれちゃいそうだよ~……じゅるり……」
「ふふふ、お昼ゴハンに食べようね!」
嬉しそうにそう言うと「……それでね。レオン、これポケットブックにしまっておけないかなぁ?」と、フィトは言葉を続けた。
なるほど、それなら荷物にならず食料を持ち運べるということだ。山登りとはどんなものか、何があるのかもわからない。フィトはそれも考慮して食べるものをこさえてくれたのだろう。
「ああ。それくらいお安い御用だ。食べるものがあると安心だからな、助かるよ」
「ありがとう! じゃあ、お願いしますっ!」
さっそくレオンがポケットブックにサンドイッチをしまうと――相変わらずキラキラした目線でフィトはその様子を見つめた。本当に魔法大好きっ子なのである。
それからおずおずと「あのね……これも持って行きたいんだぁ」と、寝間着に使っていたネグリジェを差し出すフィト。どうやらノエルにもらったというネグリジェがとても気に入ったらしい。
レオンとリオンが朝起きてきた時には、すでにフィトが着替えを済ませていた為、もうあの恰好をみてドギマギしなくてもいいとホッとしていたのだが――。どうやらこれから先もお目にかかる機会がありそうだ。
レオンは無心でフィトの脱ぎ脱ぎした純白のネグリジェをポケットブックにしまうと――「……キルトキハ、イツデモイエヨ」と、カタコトで不自然に親指を立てた。




