第三話・キャンドルの夜(9)
マル婆の話しを聞いて「あの悲劇の、生き残り……?」と、思わず聞き返すフィト。
ずっと地上で暮らしてきたフィトだが、悲劇を乗り越えてなお、生きている人間と会った事など今までなかったのだ。
少なくとも、ガルデニアにはそんな長寿の老人はいなかった。悲劇の時代を生きた人間がいまでも生存している話など、聞いたこともなかったのである。
そもそも――百三十歳まで生きている人間が、目の前に二人もいる事の方が奇跡に近い。長生きの秘訣は、やっぱりリンゴかなぁ……? などと、頭の片隅で少女は思う。
「ああ、そうぢゃ。生き残るというより、死に遅れたと言った方が正しいかのぉ~? アタシらはもう、十分生きたからのぅ」
「なぁにを言っとるか! ワシは、マンサナとアルペンテの分まで生きると決めたんじゃ! あと百年は生きんと、三人分の寿命を謳歌出来んわぃ! 死にたいならお前一人でおっ死ねシワババア!」
「このハゲジジイは、また見当違いな事をぬかしよるのぅ~。馬鹿の煩悩は、おぉこわいこわい!」
互いに暴言を吐き捨て合い、火花を散らす老人二人。
話について行けない三人に「……マンサナさんはメロ爺さまの奥様で、アルペンテは娘さんよ」と、皆に紅茶を出しながらノエルが説明してくれた。
どうやら今まで、ココナの手伝いをしていたらしい。ピスタが客たちと飲んだくれているので、ココナとおしゃべりをしながら店の事をやっていたのだとか――。
「あの爺さん、奥さんと娘がいたのか……」
「ええ。……二人とも、ずいぶん昔に亡くなっているんだけどね」
「なるほどねぇ。だから、二人の分まで生きる……かぁ」
シリアスな話の中、ひそかに酒を口にするリオン。
気付いたレオンに「……って、だからお前は酒を飲むなっての!」と、グラスを取り上げられた弟は「……ちぇ。ケチ兄!」と、口をとがらせた。
「メロお爺さん……きっと寂しくて辛いのに、私たちにも明るくお話ししてくれてたんだね……」
「そうだな……」
フィトの言葉にレオンが相槌を打つと「なぁ~に、心配するこたぁないわぃ! ワシはいま、心から元気に楽しく生きておるからのぅ!」と、メロ爺はレオンの肩を叩く。
「メロ爺さま、聞いてらっしゃったんですか?」
「ワッハッハ! ワシの特技は、地獄耳じゃからのぉ!」
「それは特技とは言わないよねぇ~」
「あのハゲ頭の中は、空っぽなんぢゃ。仕方あるまいわなぁ」
息ピッタリに茶々を入れるリオンとマル婆に「うるさいぞ、たわけ共がッ!」と、メロ爺は怒鳴る。
それから――フィトとノエルが黙り込んでしまっているのに気付いたメロ爺は「……久しぶりに、あの話をしようかの」と、アップルビールを一杯飲み干して言った。
「で、でも! メロ爺さま、あのお話しは……!」
「ノエル。この者たちには、伝えなければならん気がするんじゃ。モンスターの悲劇が起きてから、今日のような騒動が起きたのは初めてじゃ。騒ぎを起こしたのはワシじゃが……何かタイミングのようなものを感じてならん。不思議なんじゃが、話したい気持ちになったんじゃよ。それに……こうして伝えて、広がって、また繋がるんじゃ」
メロ爺がそう話すと、ノエルはそれ以上は何も言わなかった。
マル婆は「……ハゲジジイ。自分の傷をえぐるような事はしなさんなよ」と、犬猿の仲なりにもメロ爺を気遣う様な言葉をかける。
内容を知らない三人にも、これからメロ爺が話そうとしている事はすぐにわかった。悲劇のことについて、だと――。
グラシナの悲劇について話を聞いた後、まさかクレーヴェルの悲劇の話を聞くことになろうとは――。フィトはきゅっとスカートを握りしめ、メロ爺の話を聞く覚悟を持った。
「……精霊の番人とやらは、悲劇の事にも詳しいのかの?」
「いや。俺たちは、ちょうど悲劇が終わった後に産まれたんだ。だから、悲劇に関しては少し知識がある程度で、詳しくは知らない」
「そうそう。僕たちは、あの悲劇があったから産まれたんだ。精霊様をお守りするためにね。それに……精霊様も、悲劇の事はあまり思い出したくないみたいでねぇ。精霊様にとっても、よっぽど辛い出来事だったみたいだからさ。……ね、兄さん?」
自然と話しを合わせて信憑性を持たせる弟に「……あ、ああ」と、レオンは言葉を返す。
ふたりの話しを聞いて、ふむふむ、と頷くメロ爺。一息つくと、当時の事を思い返すようにゆっくりと話し始めた――。
「……遠い昔。まだワシも若く、髪の毛もフサフサだった頃の話じゃ。ワシの幼い娘が、病に倒れてなぁ。手厚い看病も虚しく、そのまま息を引き取ったんじゃ。その時の悲しみは、胸が張り裂けるようなものじゃった。そりゃぁ辛くて、悲しくて、苦しくてのぅ……。妻もワシも、ショックから立ち直れなかった。……そんな時。このグラスランドから海を渡った西の大陸――ベリーフィールドで、【蘇生魔法――アルティメルト】が産み出されたという噂が、クレーヴェルにも流れてきたのじゃ」
話を聞いて「それって……」と、思わず口走るリオン。
メロ爺はそのまま、話しを続ける。
「そうじゃ。それこそが人間の……ワシの、罪じゃ。ワシら人間は過去に、死者を蘇らせるという大罪を犯した。ワシも蘇らせてしまったんじゃ……実の娘をな……」
メロ爺の話を聞き、目を見開く三人。
驚くばかりの三人に、メロ爺はありのままを話す――。
「ワシと妻は蘇生魔法の話を聞くやいなや、その魔法を求めてベリーフィールドへと渡った。……人づてに話を聞いてまわり、ついに蘇生魔法を生み出した張本人である、魔女と呼ばれる者に会うことが叶ったのじゃよ」
メロ爺の話を聞いて「魔女……」と、小さくつぶやくフィト。
実際に魔女と関りを持った人に会えるなんて……と、少女は驚愕していたのだ。
「魔女に蘇生魔法を使ってもらい、ワシと妻は娘を蘇らせる事が出来た。……しかし、ここから先は知っての通りじゃ。娘を含め、生き返った者たちがモンスターと化して、次々に村の者たちに襲い掛かった。作物は荒らされ、村は崩壊状態、ワシの妻も……命を落とした。暴れまわる我が娘を止めようと、ワシが向かって行った時――。妻は……マンサナは、モンスターになったアルペンテがワシを目掛けて繰り出した攻撃を、代わりに受け止めたんじゃ……」
辛いであろう話を、淡々と語るメロ爺。
気付けば――兄弟の目の前に座っているフィトの瞳から、ぽろぽろと透明な雫がこぼれ落ちていた。
「ワシは一人、生き延びてしまった。家族を失い、生きる希望を失い……。来る日も来る日も、泣いていたよ。いっそ後追いしようか考えた日もあった。……ワシは許されたくて、罰を望んで生きてきた。……それでも、消せない罪は痛むだけでなぁ……。だがな、ある日のことじゃった。いつものように泣き疲れて眠ってしまったワシの前に、妻と娘が現れたんじゃ――。夢なのか、幻なのか……もしくは本当に逢いに来てくれたのか。その中で、二人が言ったんじゃ。……パパ、ごめんね。……あなた、生きて。……と――。それから、ワシは決めた。祈りを捧げながら、いつも明るく生きてゆく事を決めたんじゃ。この村を復興へと導き、娘が大好きだと言ってくれたワシの果樹園のリンゴを、もう一度この地に芽吹かせようと。そのリンゴを、娘のように愛でて育てようと。妻のぶんも長生きして、ワシらの罪を償っていこう、と……」
悲しみをこらえながら、懸命に過去を伝えるメロ爺の話に聞き入る兄弟。
モンスターの悲劇について詳しい事を知らないレオンとリオンは、モンスターの存在は人間にとって脅威で、憎むべき存在なのだと思っていたのだ。だから自分たちは先ほど見当違いな憎しみを買い、吊し上げされていた――と。
だが、どうやらそれは違ったようだ。人間は、モンスターを憎んでなどいなかった。レオンとリオンは、ガルデニアの降臨祭で聞いたフィトの言葉を思い出す――。
――人間の罪は消せないけど……皆、許されたいんだと思うんだ。自分たちの身勝手で、死んじゃった人をまた殺した事になるから。
その悲しみと苦しみを忘れないように、あんな事が二度と起きないように、祈りと願いを込めて。死んじゃった人たちに寄り添う気持ちも込めて――。
モンスターは、元は人間なのだ。メロ爺は、モンスターに対して恨みや憎しみではなく、罪の意識を感じていたのだ。
メロ爺が喧嘩を売るような剣幕で自分たちに突っかかって来たのは、ただ虚勢を張っていただけなのだろう。本当は脅威から村を守ろうと必死だっただけなのだと、レオンは理解した。
メロ爺の話を聞いて、レオンとリオンも胸が痛んだ。様々な気持ちが込み上げて来て、目の奥が熱くなる。
初めて悲劇を経験した人の話を聞いて、フィトは心臓をわしづかみにされたかのような苦しさを感じた。
辛いと言葉にするのは簡単だが、その気持ちは計り知れるものではない。きゅっと胸を押さえ、フィトは唇を噛みしめる。
全てを話し終えると「モンスターの事は、片時も忘れた事はない。決して、忘れはせんよ……」と、メロ爺は妻と我が子を思うように、そっと瞳を閉じた。




