第三話・キャンドルの夜(8)
騒動も落ち着き、夜も更けてきた頃――。
おたまを持ったまま突っ立っていたウォールの父親、ピスタが「……おう。話はまとまったか?」と、両者の顔を見て声をかける。
「堅っ苦しい話しはもう止めにしてよ、皆で一杯どうだ? これも何かの縁かもしれねぇしな!」
ウォールの父親はすっかり楽しい気分になったようで、ワイン瓶を片手に客たちに酒を勧め始めた。
それを見ていたウォールの母は「もう~、あなた! まだ営業中なんですからね!」と、飲む気マンマンの夫に釘をさす。
ピスタが妻に呆れ顔をされているのを見て、サングリアの客たちはどっと笑い出した。
「おいピスタ~。どうでもいいけどよぉ、お前いつまでおたま持ってんだぁ?」
「おお? 本当だな、全然気にしてなかったぜ」
「どんだけ料理バカなんだ、おめーは!」
「しゃーねぇだろ? 俺はいつでも職人気質な男なんだからよ!」
ゲラゲラと客と笑い合うピスタに「……職人気質な人は、酒浸りしながら料理をするのかしらね?」と、トゲのある言葉を投げるウォールの母。
「ココナ~、そんな冷たい言い方するなってーの! うちの店で使ってるザルよりも、俺の身体はすんげぇザルになってんだから、大丈夫だ! ……あ、今のは料理人ギャグな!」
しょうもない夫の言葉を聞き「はぁ~……」と、呆れてため息をつく妻のココナ。
それに比べ「おもしれ~! 料理人ギャグ、俺もマスターしねーとな!」と、息子のウォールは目を輝かせている。
どうやら、これがサングリアの日常のようだ。底抜けに明るく笑い合う人々を見て、レオンとリオンもいつの間にか口元が緩んでいる。そんな兄弟を見て、フィトにも笑顔の花が咲いた。
一時はどうなる事かと思ったが、こうして皆がレオンとリオンのことを受け入れてくれて、争うことなく共に笑い合える事がフィトは何より嬉しかったのだ。
怪物という真実を伝えることは出来ないけれど、こうしてありのままの存在を認めてもらえただけで十分だと、少女はそう思うのであった。
「精霊の番人なんて、何だか縁起がいいじゃねぇか! 厄災もビックリのご利益があるかもしれねぇぞ! さァ、飲もうや!」
すっかり酔いが醒めてしまっていた客たちはピスタの言葉に「そうだな! 飲み直しだ!」「あんちゃんたち、疑って悪かったな! ゆっくりご利益撒いて行ってくれ!」などと、再度乾杯してグラスに口をつけ始めた。
***
再び賑やかになるサングリアで「あんちゃんたち。せっかくクレーヴェルに来たんぢゃから、ゆっくりしておいき」と、席を囲んでマル婆は話す。
「マルお婆さん、ありがとうございます! 私、デザート食べたかったの!」
「そうかいそうかい。ほいさ、好きなものをお食べよ」
メニュー表をココナから受け取ると、マル婆はフィトに手渡す。
フィトがウォールにおすすめのデザートを聞いていると「ほれ! ワシらも飲むぞぃ!」と、メロ爺はどこからかビール瓶を取り出した。
ギョッとした顔をするレオンに対し、ぱあああっと目を輝かせる弟リオン。
「やったぁ~! 酒が飲めるぞ~っ!」
「おまっ……! さっき俺の話し聞いてなかったのかよ!? 今日は酒は禁止だっての!」
「はぁ? ナニソレ? 僕、しーらない♪」
兄弟のやり取りなどお構いなしに、グラスになみなみとビールを注ぐメロ爺。
目の前にドンと置かれた酒を見て、ワクワクする弟を横目にレオンは怪訝な顔をする。せっかく注いでくれた酒を飲まないのも失礼だとは思うが、仕方ないのだ。
明日はローレル山脈を越え、樹の大精霊ダフネの所へ急がなくてはならない。どんな過酷な道のりかも分からない上に、刺客が襲って来る可能性はないとは言い切れないからだ。
出来る限り万全の態勢で臨むためには、今ここで飲酒するわけにはいかない。酒が残った状態では、正確な判断が出来ない上に、五感も鈍るのだ。
それに――。もっと問題なのは、この弟である。
こんな所で、こいつの七色の酒癖を晒すわけにはいかない。それこそ、大騒動になってしまう。
レオンはビールが注がれた二杯のグラスをメロ爺の方に押し返すと「悪いんだけどさ……。今日は、酒はちょっと……」と、気まずそうに飲むことを断った。
「おおん!? ワシの酒が飲めんというのか!?」
「そうだよぉ! 兄さん。せっかく注いでくれたのに、それは酷いんじゃない? クソジジイ……じゃなかった。メロ爺さん、僕は飲みますよぉ~!」
「そうこなくてはな! ほーれぃ、ワシのリンゴで造ったアップルビールじゃ!」
再びグラスを目の前に出し、満面の笑みで酒をすすめるメロ爺。
嬉しそうに「いっただっきまーす!」と、リオンが酒に手を伸ばすと――。
目にもとまらぬ速さでリオンのグラスを奪い取り、レオンは二杯のアップルビールをぐびぐびと飲み干してしまった。
空になったグラスをテーブルに叩きつけるように二つ置くと、レオンは「……っはぁー!」と、大きく息をつく。
「ああ~っ!? こんのバカ兄! 何してくれてんだよ!?」
「ほぉ~! こりゃぁたまげたわぃ! いい飲みっぷりじゃのう!」
大好きな酒を飲み干されて腹が立ったリオンは「僕のアップルビール返せ!」と、レオンの犬耳を引っ張って暴れ始めた。
そんな風に弟の復讐を身に受ける中――。レオンは「……これ、めっちゃうまいな」と、アップルビールの味にぽわわんと感動していた。
「そうじゃろう、そうじゃろう!? こりゃこりゃ、何を隠そうワシの自信作なんじゃ! 想像以上のウマさに度肝抜かれたじゃろうて! オーソレミーヨ!」
カッカッカ! と笑う爺さんに対抗するように「馬鹿言ってんじゃないよ! そんなハゲリンゴ飲料で度肝なんて抜かれるもんかぃ! アタシが造ったリンゴで焼いたアップルパイの方が、美味すぎて脳天を打ち抜かれるほど悶絶しちまうよッ!」と、マル婆は自信満々に言い放つ。
すると――。マル婆はどこからか焼きたてのアップルパイを取り出し、テーブルの上にドヤ顔で置いて見せた。
いまだデザートを決めかねていたフィトは「わぁっ! おいしそー!」と、碧の瞳を輝かせてツヤツヤのアップルパイに魅入る。
「ほっほ! 実はさっき、ココナに頼んで焼いてもらったんぢゃよ。これは数々の非礼のお詫びぢゃ。食べてくれるかのぅ?」
「えーっ!? いいんですか!? 食べたぁーいっ!」
「もちろんぢゃ。たんとお食べ。……そして! あのハゲジジイのリンゴなんかよりも、アタシの造ったリンゴの方が遥かに美味いと分からせてやりな!」
フィトが困ったように苦笑いをする中、またもや老人同士のリンゴの小競り合いが勃発したのだが――。
抜け目のない犬耳弟はその間に兄の目を盗み、手酌してアップルビールを味わっていた。
それから、リオンが兄に岩武装のげんこつを喰らった事は言うまでもない――。
***
レオンが仕方なくメロ爺と酒を酌み交わし、しばらくたった頃――。
うとうとし始めたウォールは母に連れられて席から退場し、店に残る客もまばらになっていた。
すると――。ほろ酔いでだいぶ心地よくなったメロ爺は、やぶからぼうに自分の事を語り出す。
「ワシらはなぁ、もうすぐ百三十歳になるんじゃ」
「すごいっ! メロお爺さんとマルお婆さんは、とっても長生きなんですね!」
「ほっほ! おかげでアタシらを長老などと呼ぶ者もいるくらいぢゃ。そんな呼ばれ方をするような器ではないが、悪い気はせんでのぅ~」
「なるほどねぇ! 長老って、確かにいい響きかも! 崇められてる感がはんぱないってゆーかさ!」
「それってつまり……爺さんも婆さんも、百年以上生きてるってことは……」
察しの良いレオンの言葉を聞いて、珍しくメロ爺とマル婆は互いに視線を合わせた。
そして――。マル婆は深く息をつくと、ゆっくりと口を開く。
「……兄のあんちゃんが思っている通りぢゃよ。アタシらは悲劇を生き抜いた、クレーヴェルの最後の生き残りなんぢゃ」




