第三話・キャンドルの夜(7)
サングリアの店内が和やかな空気になる中――。
またもや騒々しく、店の扉が開かれた。
「ここにモンスターが出たって言うのは、本当……!?」
息を切らして登場したのは――金髪で青い瞳の、可愛らしい印象の女性。
三人にクレーヴェルの案内をしてくれた、ピノノワール・ファーム雑貨店の店主、ノエルだった。
不安そうに当りを見渡すノエルに、しんと静まり返る店内。
ここで一大事件が起こっているというのに、なぜ自分に視線が集中しているのだろう……? それに、この状況は一体なに……? という顔で、眉間にしわを寄せるノエル。
噂に踊らされてここに来た彼女には、事の真相がわからないわけで――。
その上――。ノエルの後ろには、噂を聞き付けたクレーヴェルの住人たちが、わらわらとサングリアに押し寄せようとしていた。
それを見たメロ爺は、知らん顔をして「ピープー」と口笛を吹き始める始末。
原因を作ったこのお騒がせ老人は、どうやら白を切るつもりらしい――。
だが、そんな事はマル婆が許すわけがない。
「やい、このハゲジジイ! アンタの勘違いのせいで、村が大変な騒ぎになってるぢゃないか!」
「んなっ!? マル婆、余計な事を……!」
二人の会話を聞いたノエルは「ちょっとちょっと! 勘違いって、どういう事!?」と、メロ爺に詰め寄って問いただす。
その後に続き「おいメロ爺! どういう事か説明してもらおうか!」「そうよ! 何か言いなさいよ!」「うちの人、荷造りまでして逃げる準備しちゃったんだから!」と、村人たちが一斉にメロ爺に猛攻を始めた。
だらだら汗を流し、しどろもどろになるメロ爺。
そんな煮え切らない態度を見ていられないマル婆は、イライラしながら爺さんのケツを思い切りひっぱたいた。
「ほらを吹きまわって皆を不安に陥れたのは、アンタぢゃろう!? アホ面してないで、とっとと謝りな! 神様と精霊様が許しても、アタシが許さないよッ!」
マル婆にケツを叩かれ、そこまで言われて、やっと「すまん! ワシの勘違いなんじゃ! 許してくれぃ!」と、メロ爺は皆に頭を下げた。
「じゃあ、モンスターはいないって事……?」
「う、うむ! いかにも!」
それを聞いた村人たちは「ったくよぉ~、驚かせんなよな~……」「人騒がせにもほどがあるぜ」「暖炉に隠れてる子供たちに、早く知らせなきゃ!」と、ブツブツ言いながら家に帰って行った。
押し寄せた人々が去った後――。
店の扉を閉めたノエルは「……それで? 本当のところはどうなのかしら?」と、フードを被ったレオンとリオンを見つめて笑みをこぼした。
どうやらノエルは、店の中に人が押し寄せてきた際に、とっさにフードを被ったふたりを見逃さなかったらしい。
その洞察力もすごいが、何より、空気を読んで村の人々を送り返すところまで策士していた事が恐ろしい。
つまりは――騙していたという事がバレてしまったのだ。ここまで来たら、仕方がないだろう。
レオン、リオン、フィトは顔を見合わせ、ノエルも交えて精霊の番人の話をすることにした。
***
「……ふーん、なるほどね。じゃあ、祭壇巡りの話は嘘だった……ってわけね」
メロ爺に獣耳を見られて騒ぎになってしまったという、ここに至るまでの経緯を説明した三人。
もっとも、この村では耳と尻尾の事は隠してやりすごそうとしていたので、フィトの白詰草畑での行動や、メロ爺に見られて騒ぎになるなんて事は、犬耳兄弟は想定していなかったのだが――。
嘘をついていた、という言葉にしゅんとなるフィトは「ごめんなさい……」と、ノエルに頭を下げた。
「フィトちゃんが謝ることはないわ。だって、息を吐くように嘘をついてたのは、リオンくんだしね?」
ノエルのトゲトゲとした言葉に「うぅ~……す、すいません……」と、リオンは気まずそうに謝罪を口にする。
「わかればよろしい! ……それで? 精霊の番人ってのは、一体どういう事なのかしら?」
「それを、いまからアタシらも聞こうと思ってたんぢゃよ」
「あら! そうなのね! ごめんなさいね、大事なお話をしてる時に割り込んで来ちゃって……」
「いいんぢゃよ。むしろ、ノエルのおかげで村の皆に説明をする手間がはぶけたわぃ。どうしたもんかの~と、思っておったんぢゃ」
さすがに少し反省しているのか、珍しく大人しいメロ爺を横目で見て、マル婆は言う。
はたから見たら自らを省みているように見えるも、メロ爺はただ、いじけているだけなのだが――。
すると――。先ほどから会話に入りたくてうずうずしているウォール少年が「なぁなぁ、レオンにーちゃん、リオンにーちゃんっ! 精霊の番人ってさぁ、どんな事やってんの!?」と、興味深々でふたりに質問を投げかけた。
しかし――。レオンとリオンは、自分たちに聞かれても……と、困惑している様子。
この話を作り上げたのは、何を隠そうフィトなのだ。下手な説明が出来ずに、兄弟は苦笑いをして顔を見合わせた。
フィトワールドは、犬耳兄弟には少々難解すぎる。何と答えたらいいのやら……と、レオンとリオンが悩んでいると――。
「精霊の番人はね、精霊様をお護りするのが使命なのっ! 精霊様のお供え物をつまみ食いしようとしたり、チョークやマジックで落書きするような悪者がいないか、門の前で番をしてるんだよ!」
「へえぇ~! やっぱり正義のヒーローだッ! でもさぁ、もっとツワモノも来るんだろ!? モンスターみたいなオッカネー奴も、やっつけてくれるのか!?」
「もちろん! 魔法のパワーで、ちょちょいのちょいだよっ! あっという間に成敗しちゃうんだから!」
えっへん! といった調子で、フィトは話をしてみせる。
その顔は、ドヤアァ! という効果音がぴったりなくらいに自信満々であった。
それを聞いていたレオンとリオンは、え……? そんなマヌケなヒーロー設定なの……? と、白目をむいて話を聞いていたのだが。
「……精霊の番人って、なかなか親しみやすいのね……? もっと威厳ある役職なのかと思ったわ……」
「い、いやいや! ノエル、失礼ぢゃぞ!?」
「そうだよ、ノエルねーちゃんっ! ばんにんだよ!? ヒーローだよ!? イゲンありまくりじゃんっ!」
「その通りぢゃ! あんちゃんたちが本気を出せば、そんじょそこらのヒーローショーよりかは迫力があるんぢゃぁ~ないか、のぅ!?」
「……マル婆さま。それは、褒め言葉なのかしら……?」
そんなこんなで、モンスター騒動は何とか丸く収まり――。
サングリアの上空には、あのオレンジ色の鳥――マヌケドリが罵倒奇声を上げながら、バッサバッサと生き生きして飛び回っているのであった。




