第三話・キャンドルの夜(6)
マル婆に背中を押され、再び席に座ったレオンとリオン。
兄弟を心配したフィトは「ふたりとも、戻ってくれてよかったぁ……」と、ホッとした表情を見せた。
「ワシはまだ、貴様らの事を信用した訳じゃないんじゃ! その見た目がモンスターである、何よりの証拠じゃろうて!」
相変わらずピリピリとした態度で、兄弟に噛み付いてくるメロ爺。
そんな爺さんに対し「まだ言うかねぇ、このジジイは……」と、呆れ事をつぶやくリオン。
ふたりをサングリアに留まらせた張本人――マル婆は、頭を抱えながらメロ爺を睨んだ。
「……まったく。このハゲジジイはなんだってこう、頭が足りんのかのぅ~。髪の毛だけじゃなく、脳ミソまで足りなくなった脳足りんじゃわぃ!」
「ななななん、なんじゃと!? マル婆、オマエはさっきからどっちの味方なんじゃ!?」
「はんッ。アンタの見方なんて、生涯するこたぁないよ! 自惚れなさんなハゲジジイ!」
そう言って悪態をつくと、マル婆はメロ爺に向かって「んべ!」と舌を出す。
血が頭に上り詰め、テカった頭まで真っ赤になるメロ爺。そろそろ、耳から蒸気が出てきそうな勢いだ。
「アンタ、その髪脳足りん頭で、もっとよ~く考えたらどうぢゃ? この子たちのどこがモンスターなんぢゃ?」
「そ、それは何度も言っておろう!? あの見た目が……!」
「寝ぼけた事を言うのも大概にせい! アタシらが見たモンスターは、もっと毛むくじゃらで、巨大で、恐ろしい見た目だったはずぢゃろうが! 言葉も発せなくなった、感情の伺えない殺戮生物……それが、モンスターじゃ!」
説得力のあるマル婆の物言いに、返す言葉をなくすメロ爺。
それでも納得が出来ない頑固な爺さんは「た、たわけがっ!」と、歯ぎしりをしてそっぽを向いた。
その時――。何も言わず、事の次第を見ていたウォールの父親が、カウンターから出て来て言葉を投げかける。
「……メロ爺さんよぉ。もう、いいんじゃねぇか? マル婆さんとウチの息子の言う通りだと思うぜ」
おたまを片手に、腕組みをしながら話すウォールの父親。
メロ爺に言い押され、口ごもって下を向いていたウォールは、父の突然の言葉にはっと顔を上げた。
「こいつらが本当に凶悪なモンスターだってんなら、今頃は皆生きてねぇと思うしな。……それに、俺は息子の言うことを信じるぜ」
父親の力強い言葉に「とーちゃん……!」と、ウォールは嬉しそうに顔をほころばせる。
笑顔になるウォールに、父はニカッと笑って見せた。
まわりで聞いていた客たちも「確かに……」「言われてみりゃ、そうだよな……」と、頷き出す。
その顔からは、先ほどまでの怯えた様子はなくなっていた。
メロ爺はまわりの声を聞くうちに、少し考えて冷静になったようだ。強く握った拳を、そっと振りほどいた。
「……ううむ。……ワシは、早とちりしたのかもしれん。確かに……こやつらの見た目は奇怪ではあるが、モンスターとは似ても似つかない存在じゃ……」
メロ爺の言葉を聞いて「だから言ったじゃん!」と、ウォールは鼻高々として威張って見せる。
追撃するように「ほっほ! ようやっと、このハゲ石頭は納得したようぢゃの!」と、マル婆はニンマリ勝ち誇ったような顔をした。
マル婆の言葉に耳を貸したくないメロ爺は「黙れシワババア!」と、売り言葉に買い言葉をし、老人コンビはまたも火花を散らし始める。
「ウォールくん。ふたりのこと、信じてくれてありがとう……!」
ぺこりとお礼を言うフィトに、照れながらも嬉しそうに「あったりまえ! だってオレたち、友達だかんなっ!」と、ウォールは親指を立てた。
***
少し落ち着いた空気の中――。
マル婆は「……では、話を戻そうかのぅ」と、レオンとリオンに向き直った。
「念のために聞くのぢゃが……あんちゃんたちは、モンスターではないんぢゃろう?」
「ああ。俺たちは、モンスターじゃない」
レオンの言葉を聞き「そうかぃ……」と、目を伏せて一息つくマル婆。
そして――兄弟の方をまっすぐに見ると、申し訳なさそうに老婆は口を開いた。
「……やはり、こちらが勝手に思い違いをしていたんぢゃな。無礼をしたこと、許しておくれのぅ」
「いやいや、お婆さんは悪くないよねぇ? 先に喧嘩をふっかけてきたのは、あの爺さんだし?」
心底恨みを込め、リオンはメロ爺をジト目で見てやる。
その場の全員から視線を浴び、メロ爺は「ぐぬぅ……分かった、ワシが悪かった! 分かったから、そんなに見つめるでない!」と、気まずそうにそっぽを向いた。
本当に反省しているのか怪しい爺さんの物言いに、リオンはすかさず「……見つめてるんじゃなくて、睨んでるんだっての」と、ボソッと嫌味を吐き出す。
「先ほど、ウォールが言った妙な話ぢゃが……あれは本当なのかのぅ? 精霊の番人なぞ、にわかには信じがたいのぢゃが……」
マル婆がそう言うと「ホントだよ! だって、フィトねーちゃんが教えてくれたもん!」と、ウォールはまたも興奮して話に割って入る。
「こら! まーたあんたは、余計な口を挟むんじゃないの!」
「だって、かーちゃん! ホントのことなんだからさぁ!」
「ほっほ! いいんぢゃ、いいんぢゃ。大勢の大人を前にして、正しいと思った自分の意見をしっかり言えるのは、立派なことぢゃ! 将来有望ぢゃないか~のぅ!?」
褒められて「へへへ!」と、喜ぶウォール。
ウォールの突拍子もない精霊の番人設定は、やはりフィトが作った話だったのか……と、兄弟は心の中で納得した。
そんなメルヘンチックな乙女思考を口にするのは、言うまでもなく、フィトしかいないだろうが。
フィトというのは、このお嬢ちゃんの事ぢゃな……と、マル婆はフィトの目をじっと見つめる。
そして――。ふいに、マル婆は「……お嬢ちゃん。お嬢ちゃんは、確か人間と言っていたかの」と、少女に質問の矛先を変えた。
「ふへっ!? あ、はい! 私は人間のフィト、十六歳ですっ! 元気ですっ!」
急に話を振られて、思わずいきなり自己紹介をかますフィト。
それを聞いて、サングリアの店内がどっと笑いに包まれた。
緊迫していたはずの店内が、これを機に明るい雰囲気に変わる――。
「あの、えっと……私、何かおかしなこと言ったかなぁ……?」
「フィトってば……! その返しはいくら何でも、予想の斜め上を行き過ぎてるよぉ~!」
「はははっ! おまけに、元気ときたもんな! 悪い、あまりに面白くてさ……!」
店が笑いに溢れる中、マル婆は笑みを浮かべながらも冷静に三人の様子を観察していた。
そして、意味深に何度か頷くと「……ウォールとピスタの言う通り、この子たちは嘘はついていないようぢゃの」と、ウォール親子を眼鏡越しに見て微笑んだ。




