第三話・キャンドルの夜(5)
「……何の騒ぎかと思って来てみれば、こりゃぁ~たまげたのぅ。噂通り、本当に耳がついたあんちゃん達がおるわぁ」
開けっ放しになっていた店の入り口に立つ、またもや見覚えのある人物。
リンゴのような真っ赤なお団子頭に、特徴的な丸眼鏡。
白髪の前髪をちょいちょいとかき分けながら、兄弟を見上げる小柄な婆さん――。
突然の婆さん登場に、兄弟は怒りを忘れてポカンと立ち尽くす。
すると――婆さんの存在に気付いたメロ爺が「マル婆!? オマエ、何しに来おってからに!」と、さも嫌そうな顔で声を上げた。
「……何しに来たぢゃと? こんな騒ぎを起こしておいて、とんだ挨拶ぢゃのぅ~」
「マル婆、いいからそこをどかんか! いまはオマエの相手をしている暇はないんじゃ! 一刻も早く村からモンスターを追い出さんと、えらいことになるんじゃぞ!? それは、オマエもよぉく分かっておろう!? さぁ、道を開けぃ!」
出入口を塞ぐマル婆を、シッシッ! と、手で追い払う素振りを見せるメロ爺。
そんなメロ爺の発言を無視し、マル婆はじっとレオンとリオンを凝視する。
ふたりを引き留めようと、席から立ち上がっていたフィトは「あの時の、お婆さん……?」と、目をぱちくりさせた。
大きな眼鏡越しに、上から下までジロジロと兄弟を観察するリンゴ婆さん。
やいのやいの言うメロ爺の声が店の中から聞こえたが、そんな事はお構いなしの様子。
何を考えているのか全く読めないマル婆に、困惑していたレオンとリオン。これはどうしたものかと、互いに顔を見合わせた。
しかし――マル婆が来た事で、騒ぎが更に大きくなると思えてならない兄弟。
そう――相手はクレーヴェルの人間だ。その上、メロ爺と同じく昔を知りうる年老いた者。
そのうち目の色を変えて突っかかってくるのではないかと、ふたりは思っていたのだ。
決めつけは良くないが、ここから事態が好転する事は有り得ないだろうと、レオンは判断する。
「……そこ、通してくれないか? 俺たちは、この村に危害を加えるつもりはねーからさ。……ただし。それは、そっちが手を出して来なければの話だけどな」
朱色の瞳を燃やすように、静かにレオンは発する。
どんな理由があろうとも、大切なフィトと弟を傷付ける奴をレオンは絶対に許さない。
しかし――。レオンの圧力に臆することなく、マル婆は「ふむ……」と、顎に手を当てて首を捻った。
「……ひとつ、聞かせてほしい。この村に来たお前たちの目的は、一体なんぢゃ?」
淡々と話すマル婆に、レオンとリオンはまたも顔を見合わせる。
そんな事を聞かれても、何をどう話したら良いのやら。
そんな中――。相変わらず兄弟の後ろで騒ぐメロ爺を「うるさいわぃ! 少し黙らんか! このハゲジジイ!」と、マル婆は心底うるさそうに怒鳴りつけた。
「な、な、なななななな……!? こんのシワババア! オマエの目は、年を取りすぎてイカレておるんじゃろうて! そんな馬鹿デカい眼鏡をかけとるのに、こやつらの獣耳が見えんのか!? ほれ、よく見たら、恐ろしいバケモノ尻尾まで生えとるではないか!」
メロ爺はそう言うと、兄弟の尻尾をビシィ! と指さして見せた。
マル婆は、一人荒ぶるメロ爺の言葉を聞いて「ハァ~……」と、ため息をつく。
爺さんの売り買い言葉よりも、マル婆は兄弟の返答を待っているのだ。
しかし――。レオンとリオンは、変わらず何も答えようとはしなかった。
先ほどの言い合いを辿っても、ここで何か言ったところで信じてはもらえないと思ったからだ。
モンスターじゃないと主張したところで、獣耳や尻尾が生えた自分たちの言うことを誰が信じてくれよう。
どうやったら、この誤解を解く事が出来るのか――。もはや、そんな方法は皆無だと、兄弟はすでに諦めていたのだ。
そんな時――。
今まで黙ってやり取りを見ていたウォールが「違うよ!」と、声を張り上げ割って入った。
突然の息子の言動に「こ、こら! ウォール!」と母親が止めに入るも、ウォールは話すことをやめない。
「にーちゃんたちは、モンスターなんかじゃない! オレ、聞いたんだ! にーちゃんたちは、精霊様を守る、精霊のばんにんなんだ! ヘンなカッコと見た目だけどさ、スッゲー強くて不思議な力を持った、正義のヒーローなんだぞッ!」
大人たち相手に一歩も引けを取らず、ウォールは小さな手で鋭く人差し指を突き付け「……それに、オレの友達をいじめるのは、ぜったいに許さないんだかんなッ!」と、強気に主張して見せた。
その場にいた者たちは、目をまん丸くしてウォールを見つめる。
ただ一人、フィトだけはウォールの言葉を感極まったように聞いていたのだが。
「ウォール! そりゃ一体、どういう事じゃ!? 精霊の番人? 正義のヒーロー? そんなもんは、百年以上生きてきたこのワシでも、聞いたことがないぞ!?」
ウォールの突拍子もない話を聞いて、ちんぷんかんぷんな様子のメロ爺。
一方、そんなウォールの発言に「ほほっ!」と、マル婆は笑みをこぼす。
「あんちゃんたち、実にいい友達を持ったのぅ~。……ほれほれ、いったん中に入らんか。少し話を聞かせておくれ」
リオンが「で、でも……」と言うも、マル婆はぐいぐいと店の中に兄弟を押し込む。
店の外にいる野次馬たちを気にする事なく、リンゴ頭の婆さんはサングリアの扉を静かに閉めた。




