第三話・ガルデニアの降臨祭(2)✿挿絵✿
「フィト、急に行っちゃうから、追いかけるの大変だったよ……」
手の行方を振り返ると、焦って追いかけてきたレオンとリオンがぐったりとした様子で立っていた。
どうやら、ふたりは人混みに慣れていないらしい。
街育ちのフィトと違い、群集の間を進みゆくスキルは持ち合わせてはいなかったようだ。
「なんだ、連れがいたのかぁ。それなら一安心だ。可愛いお嬢ちゃん、はぐれねぇように気ぃつけなぁ」
気の良いおじさん達はそう言って立ち上がる。
強烈な酒の残り香を撒き散らしながら、千鳥足で細い路地に消えていった。
「レオン、リオン、ごめんね! おじさん達の話が気になっちゃって……って、ふたりとも、大丈夫!?」
先程よりさらにぐでっとした兄弟は、お互いの背中にもたれ、その場にへたり込んでいた。
そして、絞り出すようにか細い声を発する。
「フィト……俺達、鼻がいいんだ……。だから、さっきの酒の臭いが激烈過ぎて……」
「ううううう……人混みの酔いにさっきの酒の臭いで、もう……」
獣兄弟は白化現象に陥り、ちーん。という効果音がぴったりな状態であった。
触ったらさぞかし気持ちの良さそうなモフモフの耳と、怪物を象る尻尾は力なくだれており、身体はピクピクと痙攣している。
「わあー。兄さん、お花畑が見えるねぇー。あははぁ、ユートピアだよぉ」
「リオン、俺達が逝くのは、ズートピアかもしれないぜ? あぁ……でも俺達、怪物だからモンストピアかもしれないな……はははは」
ちゃんちゃらおかしなことを抜かし続ける犬耳兄弟。
フィトはマトモじゃなくなってしまった兄弟を掴み、がくがくと身体を揺する。
「……レオン、リオン! しっかりして! そろそろ冥界に戻らないと、ダメなんでしょう?」
意識が戻って来ない兄弟に、フィトはそっと耳打ちする。
能天気でぼんやりしてそうで、意外に周りの事が見えているのがフィトなのだ。
ただし――。好奇心も旺盛で一生懸命なので、気になった事があると今しがたのように突っ走って行ってしまうという活発すぎる面も併せ持っているのだが。
「はっ、そうだった!」
「大変だ、そろそろ戻らないとっ!」
レオンとリオンはフィトの呼びかけで遠のいていた意識を引き戻し、勢いよく立ち上がった。
その時――。兄レオンはあることに気付いてしまった。そして考える――。なぜ、今の今までこの事に気付かなかったのだろう……なぜ、思いつかなかったのだろう……、と。
恐る恐る、レオンはそれを口にする。
「なぁ。よくよく考えたら、こんな人通りの多いところでドアを繋げるのは危険なんじゃね……?」
それを発したレオンも、傍らで聞いていたリオンも、地上に住むフィトも――。誰一人としてこの場所に来るまでその事に気が付かなかったのである。
レオンの言葉を聞いたリオンとフィトは、唖然とその場に立ち尽くす。
かくして――、この三人組はどこか抜けているのである。
冥界の門番を担うレオンとリオンは思慮深く、鋭い推察力や洞察力を持っているにも関わらず、とんだまぬけっぷりを度々発揮するのだ。
同じくしっかり者のはずのフィトも、時々まわりがびっくりするような行動や発言をすることがあったりするようで。
さしずめ――おバカさんにんぐみ、といったところだろう。
そんなおバカさんにんぐみに対し、ずっと視線を向ける者がいた。その者は、小馬鹿にしたような目つきで三人をじっと眺めている。
すると突然、世にも奇妙な声を上げて鳴き始めたのだ。
「まーぬけ! まーぬけ! マーヌケケケケケ!」
三人は何事かと思い、声の方向を見上げると――。
ガルデニアの空をオレンジ色をした派手な鳥が円を描くように飛んでいるのが目に入った。奇妙で珍妙な鳴き声を上げながら――。
レオンとリオンは「なんだ……? あの生き物は……?」と、怪訝な顔をしてその生き物を凝視する。
「あれって、マヌケドリ!?」
「マヌケドリって、なんだそりゃ……?」
「昔ね、絵本で見たことがあるの! あまりにもヘンだから、空想上の生き物かと思っていたんだけど……ほんとにいるんだぁ!」
「地上にはあんなヘンな生き物がたくさんいるのか……?」
「ほんと、へーんなの!」
兄弟がジト目でトリを見つめる中――。フィトはなぜか、わくわくした視線をオレンジのトリに向けている。
三人がそう話しながら空を見上げている間、トリは変わらず「まーぬけ!」と鳴き続けている。
「ねぇ、僕たち、さっきからアイツにすんごい馬鹿にされてるよね……?」
「フィト。なんでアイツは罵倒奇声を上げて、わざわざ俺たちの上をくるくる回ってんだ……?」
顔をヒクつかせながら、リオンとレオンは言う。
するとフィトは、イラついている兄弟にマヌケドリの事を説明してくれる。
「絵本に書いてあったことが本当なら、マヌケドリは、マヌケな出来事を吸収してエネルギーを蓄えてるんだって!」
「不思議というか、ヘンな原理だな……」
「これはトリの習性なんだけどね。同じところを円を描くように飛んでいるのは、地上の獲物を狙って見降ろしているからなんだって」
「へぇ……。獲物、ね」
「暴言ふっかけてくるなんて、いい度胸してるよねぇ。ははは、腹立たしいなぁ……あははは……」
兄弟は只ならぬ殺気を放ち、マヌケドリとやらをじっと見据えている。
その顔は、口は笑っていても目は笑っていなかった。
「なぁ、リオン。アイツ、ヤキトリにしてやろうぜ……?」
「兄さん、それもいいけどさぁ。よだれどり、なんていいんじゃないかなぁ~?」
「ああ、それいいな。マヌケなアイツにぴったりだ」
「獲物はどっちなのかっていうのを、思い知らせてあげようねぇ?」
レオンとリオンが鋭い眼光でトリを睨みつける。殺戮的な視線を浴びてもなお、トリは変わらず上空を回り続ける。
ちらっとこちらを見て「ケケケケケ!」と、最後に小馬鹿にした笑いを残し、どこかへ飛んで行ってしまった。
「あんのヘッポコドリ! ほっんと腹立たしい! 確かに、少しばかり俺らはまぬけだったかもしれんけどもっ!」
「僕をコケにするなんて許せないなぁ! 次に見つけたら、ミンチだよ! ミンチ!」
怒り狂うレオンとリオン。そんなふたりを放置して、フィトはいつの間にか祭りの市場に目移りしている。
地震騒動で街はざわついているが、商いは変わらずやっているらしい。
「……まあ、祭りの雰囲気が見れただけでもよかったんじゃないか? 俺は楽しかったよ」
「うん! 僕も楽しかった! いろんなものが見れたもんねぇ」
「とりあえず。なんとか人の目に付かない所を探して、フィトにドアを開けてもらうしかねーな……」
兄弟はそう話し合うと、こくりと頷き合った。
***
ちょうどいいドアを探して、三人はガルデニアの街を歩きまわる。
しかし――。やはり祭りが催されているため、どこもかしこも人で溢れ返っていた。
人ごみに慣れないレオンとリオンは歩くのも一苦労である。
「誰にも見られずにドアを開けられる場所ねぇ……」
「この様子だと、街中はどこも厳しいんじゃないか?」
「そうだねぇ。フィト、この辺で人通りが少ないところはあるのかな?」
「ううーん。いつもなら裏路地が、人通りが比較的少ないんだけど……。今日はお祭りだから、どこも人の出入りがあると思うんだよね……」
そんな時――。フィトがピタッと足を止める。そして「ねぇ、ふたりとも、私の住んでる集落に行ってみるのはどうかなぁ?」と、思いついたように口にした。
それを聞いたレオンとリオンは「「フィトの住んでる、集落……?」」と、声をそろえて聞き返す。
「うん! ガルデニアのはずれにある集落なんだけどね。ここから歩いて三十分くらいだから、そんなに遠くないんだよ!」
「へぇ~! そうなんだ! でも、集落ってたくさん人が住んでるんじゃないの?」
「ここに比べたら、ずっと少ないよ! それに、いまはみんなお祭りで出払ってるから、集落に残ってる人、あんまりいないんだぁ」
「なるほどな」
「うん、確かにそれは名案かも……!」
レオンとリオンはフィトの提案に、ぽんと手を打った。