第三話・キャンドルの夜(2)
「どれにしよぉかなー……」
美味しそうなメニューに、悩まし気に頬杖をつくフィト。
料理の数は十種類ほどだが「ううーん! こういう時、なかなか決められなくって! どれもおいしそうだし、迷っちゃう!」と、じっとメニュー表とにらめっこをしている。
「レオンとリオンは? もう決まったの?」
「僕も迷ったけど、タラのグリルにしたよ!」
「俺は、サーモンのバターソテーかな」
ノエルがオススメしていた通り、兄弟は魚料理を選んだようだ。
黒髪少女は「私もお魚がいいなぁ」とつぶやき、うんうんと頷く。
少し悩んで、フィトはこれというものが決まった様子。
「決めたっ! ジャガイモとサーモンのスープにするっ!」
フィトがそう言うと「かしこまりー!」と、元気よく敬礼をするウォール。
全員の注文を聞いたレストランの看板息子は、厨房にオーダーを伝えに駆けて行く。
店の中には料理のいい香りが漂っており「僕、もうお腹ペコペコ~!」と、リオンは鼻をすんすんさせた。
思えば、グラシナを出てから団子とリンゴしか食べていなかった三人。
お腹と背中がくっつくという表現がぴったりなほど、空腹状態だったのだ。
待ち遠しく料理を待つ間――レオンは気になっていた事を、リオンに問いかける。
「……そう言えばさ。お前、どこで祭壇巡りの話なんて仕入れてきたんだよ?」
「それ、私も気になってたの! リオンったら、すっごく上手にお話しするんだもん! びっくりしたよ!」
「ええ~? そうかなぁ~? あの話はね、グラシナの市場を歩いた時に耳にした話なんだけどねぇ。たはは、役に立ててよかったよ!」
リオンはフィトに褒められて、テレテレと笑顔を浮かべる。
好奇心旺盛というのは、思わぬところで役立つ事もあるようだ。リオンは普段から色々な意味でアンテナを張って行動しているため、使えそうな情報を何気なく収穫していたらしい。
性格もあるが、ちゃっかりしている要領の良さは先天的なものなのだろう。
そんな話をしていると――ウォールが「おまたせー!」と、母と一緒に料理を運んできた。
あまりのスピーディーな料理の到着に、レオンは目を丸くする。
「おー、ずいぶん早いんだな!」
「うちは待ったなしの提供がモットーですからね! さぁさ、存分に腕をまくって食べてね! クレーヴェルで獲れた新鮮な海の幸よ!」
「ひゃ~! めっちゃ美味しそうだねぇ~! 付け合わせは、マッシュポテトかな!?」
「ええ、そうよ。クレーヴェルでは、じゃがいもは主食と呼ばれているの」
「へぇ! 俺の料理にも同じのが付いてるもんな!」
「私のスープも、じゃがいも入ってるよ!」
並べられた料理をハフハフと興奮しながら見合う三人。
ウォールは「オレの飯は、店のまかないなんだ! 今日はトナカイのミートボールなんだぜっ!」と、ご機嫌で席につく。
ウォールの母に「冷めないうちにどうぞ!」と勧められ、お腹を空かせた四人はこくりと頷いた。
「「「「いただきまーす!」」」」
声をそろえて食事の挨拶をし、一斉にパクパクと料理を口に運ぶ面々。
美味しい魚料理に、三人は目を見開いて声を上げる。
「うまっ! 後からバターの風味が追いかけてくるっ! イモによく合うな、これ!」
「タラも塩味が効いてて、めちゃくちゃ美味しいよ~!」
「ミルク味のこってりスープ、ホッコリあったまるよぉ。具だくさんで、すっごく豪華っ!」
夢中で食べ続ける三人に、ウォールの母は「よかった! じゃがいものおかわりは何回でも言って下さいな」と、嬉しそうにカウンターに戻って行く。
ウォールも父の作った料理を三人が大喜びで食べるのを見て「だろ!? ウマいだろ!?」と、ニコニコで言うのだった。
***
「はーっ! 食った食った!」
「お腹いっぱい! おいしかったね!」
「大満足だよぉ~。欲を言えば、ちょっとお酒が飲みたい気もするけどねぇ~!」
お腹をぽんぽんとさすりながら、性懲りもなく酒を欲するリオン。
レオンはそんな弟に「いーや。今日は絶対にダメだ。大事な時だからな」と、釘をさす。
「なんだよ、ケチ兄ぃ~。まだ二十の刻だよ? もうちょっと時間あるんだからさぁ~」
「お前なぁ。こんな所で酔っぱらって、魔法乱発したりしたらどーすんだよ!」
まわりに聞こえないように小声で魔法、という単語を口にするレオン。
しかし――。目の前に座るウォールには、今の話が聞こえていた様子。
目を輝かせて「まほう!?」と、大きな声を上げた。
それを耳にしたまわりの客たちやウォールの両親は、何事かとこちらをじっと見る。
その視線は、まごうことなく犬耳兄弟に向けられていた。
ただでさえ余所者という立場で注目されやすいのに、レオンとリオンはフードで頭を隠した不審者らしさが全開の見てくれなのである。怪しまれて色々聞かれては面倒だ。
目を付けられる前に、何とか誤魔化さないと……! と、リオンは慌てて立ち上がった。
「僕、マジックが出来るんだよねぇ~! 魔法のようなマジックが!」
もちろん、この場を切り抜けるための嘘だった。
本当は、マジックなど出来るわけがない。
しかし――。純粋な子供のウォールは、リオンの言葉を本気で信じ込み「ガチで!? マジック見たい! やってやって!」と、さらに目をキラキラさせる。
そんなウォールに対し、こんのクソガキ! 僕の必死の演技を無駄にするなっての! と、リオンは心底イラッとした。
お金を払わないと見せられないよ! と、リオンが商売人気取りで子供に世間の厳しさを教えてやろうと思っていると――。
あろうことか、まわりの客からも「俺も見たいぞ!」と、ヤジが飛び始めたのだ。
酒が回っている客も多くいるようで、調子に乗った男達から「ウォール! いいのをとっ捕まえてきたなぁ!」「いいぞ! 兄ちゃん、やれやれ!」と、さらに声が飛んでくる。
これは、かなりマズイ事になった。
誤魔化すどころか、事態を悪化させてしまったのだ。
チッ、僕としたことが……と、リオンは渋い顔をする。
もとはと言えば――このバカ兄が魔法なんて言葉を軽々しく口にしなければ、事は起きなかったのに! と、リオンはレオンの方をギッと睨みつけた。
自分を睨みつける哀れな立場に陥った弟を、レオンは無言で親指を立てて応援した。
レオンの心境は、兄の忠告を聞かねーからこうなるんだよ、恥でもかいてろ! と、いったところだろう。
そんな兄の愚行でリオンの怒りは爆発寸前になり、いっそ全てを薙ぎ払ってやりたい気持ちになった。そんな事は出来ないのだが。
その時――。イライラを募らせるリオンに、トドメの一言が襲いかかった。
「リオン、マジックなんて出来たんだ!? すごいねっ!?」
忘れていた。この少女は、何でも信じ込んでしまう子供レベルに純粋な子だった――。リオンがそう思った時には、もう遅い。
まわりからマジックをやれという、マジックコールが巻き起こり始めていた。
リオンは諦めたように大きなため息をつくと、山吹色の瞳を光らせて叫んだ。
「――ステイ!」
リオンの声で、水を打ったように静まり返ったサングリアの店内。
その空間は、リオンへの期待の眼差しで熱を帯びていた。
こうなったら、ヤケクソだよ……! と、リオンは兄の懐に手を突っ込んだ。
レオンは「い、いきなり何だよ!?」と困惑していたが、リオンはそんなことはお構いなしに兄の身体をまさぐる。
「おまえッ……! くすぐったいからやめろっての……! くはっ……やめ……、ふぁっははははは!」
こそばゆい感覚に耐えられず、レオンは笑い声を上げ始めた。
笑い続けてジタバタとする兄の懐から、リオンは冷静にポケットブックを引っこ抜く。
それを見たレオンは、なるほど。よく考えたな……と、納得する。
だが。納得すると同時に、別の感情もわいてくる。――そう。これはレオンにとって間違いなく、イラッと案件なのだ。
勝手に自分の物を使われるのは、別に構わない。
そうではなく、先ほどのくすぐりまがいの手つき――アレは完全に意図的なものだろう。
この野郎、わざとやりやがったな……! と、弟をジト目で見るレオン。
肩で呼吸をしてぐったりとする兄に対し、リオンはさりげなく舌を出して見せた。この状況でも仕返しの手を緩めないのが、リオンなのである。
状況を理解したレオンに対し、何に使うんだろ? と、じーっとリオンを見つめるフィト。
観客の熱い視線が集まる中、リオンの一夜限りのマジックショーが幕を開けた――。




