第三話・キャンドルの夜(1)
白詰草の花冠をかぶった三人は、男の子の案内でレストランへと向かっていた。
夕日はすっかり見えなくなり、ローレル山脈に隠れたオレンジ色が僅かな輝きを放っている。
薄暗くなった辺りを照らすため、民家に取り付けられたランタンに蝋燭を灯す住人たちをちらほら見かけた。
家々のランタンだけではなく、色とりどりのガラスに入った蝋燭――キャンドルポットが村の灯りとしてそこら中に置かれており、人の手で一つずつ灯された炎が、温かく美しくクレーヴェルの村を照らす。
「ロウソクの灯りって、これだけたくさん集まるとこんなに明るくなるんだね……! すっごくキレイ……!」
「うんうん! 色のついたガラスに蝋燭が入ってるから、灯りが色鮮やかになるんだねぇ! こいつはすごいや!」
「この蝋燭は、毎日こうやって住民が灯りを灯しているのか?」
蝋燭の灯りに見とれる三人に男の子は「うん! クレーヴェルでは、これが当たり前だかんね!」と、得意気になる。
「オレの名前はウォール! ねーちゃんとにーちゃんは? お名前なんてーの?」
抜けた前歯を見せてニカッと笑う、やんちゃで元気っ子なウォール。
先ほどは、帽子を白詰草の上に忘れてしまって取りに来たらしい。大切にしているという深緑色のつば付きキャスケットを頭にかぶっている。
「私はフィトだよ! よろしくね! それで、茶色い髪の毛のお兄さんがレオン、白い髪の毛のお兄さんがリオンだよ」
フィトに紹介されて「よろしくな」と笑顔で言うレオンと、ぺこりと会釈をするリオン。
どうやらリオンは、フィトに懐くウォールにヤキモチを妬いている様子。相手は子供だが、フィトに馴れ馴れしくしているのが気に食わないらしい。
フードの上に花冠を被った見た目は怪しくもファンシーだが、その山吹色の瞳はとても穏やかには見えない。不機嫌そうに口をとがらせている。
レオンはピリピリした弟に気付きつつも、何も言わず放って置くことにしているようだ。
いつも冷静そうに振る舞ってるけど、こういう所は子供っぽいんだよなぁ……と、苦笑いをしつつ、弟の動向を見守るのであった。
***
ウォールは少し歩いた所で「ここがオレんちだよ!」と、足を止める。
そう言って指さす先には、レモンイエローの外観をしたレストランがあった。
屋根が草屋根になっており、レモンイエローの壁との取り合わせがナチュラルでとても可愛らしい造りだ。
まわりの民家と同様にキャンドルポットが所々に設置されており『サングリア』と書かれた看板を照らしている。
看板はお洒落な木製のイーゼルスタンドに掛けられて、白詰草の花冠が飾られている。きっと、これもウォールと子供たちが作ったものだろう。
ウォールは「ただいまー!」と、元気に扉を開けて中に入って行く。
腕を掴まれていたフィトと後ろを歩くレオンとリオンは、そのままウォールの後に続き店の中に足を踏み入れた。
「ウォール、おかえり!」
「おう、飯は出来てんぞ! ……って、お? 客か?」
「うん! さっきそこで会ったんだ! 一緒にご飯食ってもいい!?」
「こらウォール! 食うだなんて、汚い言葉使うんじゃないの!」
「まァ、いいじゃねぇか! おう、もちろんだ! 一緒に食ってけ!」
「やったぁ! フィトねーちゃんたち、こっちで一緒に食べよ!」
そう言ってウォールは、ウキウキと三人をテーブルに案内してくれた。
頭を抱えながら「あなたがそう言うからウォールが真似するのよ! まったくもう~……」と、三角巾をつけた女性はため息をついている。
サングリアの客たちは、ウォールが近くを通りかかるなり「おぉ、ぼっちゃん! いま帰りか!」「今日は手伝いは休みかぁ~? また試作メニュー食わしてくれよなぁ!」「なんだウォール、またお客ハンターして来たのかよ! さすがは看板息子!」などと、親し気に声をかけてきた。
ウォールは店の看板娘ならぬ、看板息子らしい。手を振って一人一人に挨拶を返し、楽しそうにお客たちと会話を交わしている。
明るい外観とは打って変わって、サングリアの店内は落ち着いた雰囲気に包まれていた。
様々な古材をランダムに使用したミックスウッドの壁に、濃いフローリングの床。
二十席ほど並んだテーブルにもミックスウッドが使われており、所々に緑などの差し色が入って独特のこだわりを感じさせる。
ピノノワール・ファーム雑貨店のノエルが造ったであろうダーラヘストなども飾られており、その小物たちと並んだキャンドルが空間を柔く、アットホームに演出していた。
「いらっしゃい! 入って来るなり騒がしい上に、子守りまでさせてごめんなさいね。ウォールの母です」
ウォールの母と名乗る三角巾の女性は、テーブルにつく四人にグラスに注いだお冷を出してくれた。
そんな母に対し「子守じゃねーし! オレたち友達だし!」と、ウォールは威張っている。どうやら子供扱いされるのが嫌な様子。
手書きで書かれたメニュー表を置くと「旅の方よね。どうぞ、ごゆっくり。……ウォール、皆さんの注文を受けて頂戴ね」と、帽子をかぶったままの息子の頭をコツンとして忙しく厨房に戻って行った。
「うちのかーちゃん、せわしなくってごめんよ。村のじょーれんが毎日たくさん来るから、けっこう忙しくてさぁ」
「謝ることはねーよ。繁盛してるのはいいことだからな。でも、ちゃんと気遣ってくれて、ウォールは偉いな」
「へへへ! オレも大きくなったら、この店を手伝うって決めてんだ! とーちゃんみたいに、皆がウマいウマいって喜ぶ料理を作るのが、オレの夢!」
「そうなんだぁ! さっきの試食メニューって、そういうことだったんだね! それは、お父さんとお母さんも嬉しいね!」
「オレ、おやこーこーになりたいからさー! フィトねーちゃん、うちにオヨメに来てくれてもいいんだかんな!」
ウォールがニコニコと笑ってそう言った途端、リオンは口に含んでいた水で盛大にむせ込んだ。
隣に座るレオンが「おいおい、大丈夫かよ?」と、背中をさする。
「あはは! ありがとう!」
「フィトねーちゃんは美人だし、きっといいオヨメさんになるよ! 料理は得意なの?」
「うん! お料理は得意だよ!」
「へー! うちのかーちゃん、料理へったくそでさぁ。普通、とーちゃんよりかーちゃんの方が料理上手だと……いでっ!?」
ウォールの頭に、今度はコツンではなく、ゴツンのげんこつが落っこちた。
拳を握りしめたウォールの母親は「……へったくそで悪かったね! くだらないこと言ってないで、さっさと注文お伺いしなさい!」と、息子を叱りつけてズンズン厨房へ戻って行く。
それを見たリオンは「ぷくくく……!」と笑い、ざまぁ! と心の中で叫ぶのであった。




