第二話・フィヨルドの村(7)
子供たちからナデナデの洗礼を受け終わった後。
始終くすくすと笑っていた黒髪少女に対し「フィト……? これは、どういう事なのかなぁ……?」と、リオンは少しぶすっとした表情で言った。
フィトが説明しようとすると「おねぃちゃんを怒らないであげて!」と、女の子の一人が声を上げた。
怒ってるわけじゃないんだけどさぁ~……と、リオンが思っていると。横からレオンが会話に参加する。
「何か、理由があるのか?」
「うん! これをね、おにぃちゃんと、おねぃちゃんにあげたかったの!」
そう言って、女の子はレオンのフードをそっと取ると、白詰草の花冠をぽふっとレオンにかぶせてくれた。
レオンはかぶせられた頭の冠に触れると、感心して目を丸くする。
「ほぉー! ここに咲いてる花で作ったのか! 器用なモンだなぁ」
「うんっ! みんなで一緒に作ったんだよ!」
レオンは笑顔を浮かべて「ありがとう。上手に作れたな」と、女の子の頭をくしゃくしゃとなでてやる。
ご機嫌斜めなリオンの頭にも、耳を引っ張った男の子が「お耳痛くして、ごめんよ……」と、花冠をかぶせてくれた。
リオンは「あ、ありがと……」と、照れくさそうにお礼を言う。
仕方なく、先ほど耳を引っ張った恨みは頭の片隅に追いやるも、不慣れな子供との関りにだいぶドギマギしている様子。
これ以上はどうしたものかとふと、前を見ると、いつの間にかフィトの頭にも花冠がかぶせられているのが目に映った。
「クレーヴェルに来てくれたから、プレゼントだよ! お花のかんむりを、ぞーていしますっ!」
「みんな、かんげいのはくしゅー!」
子供たちはそう言って、ぺちぱちと三人に拍手を送ってくれた。
白詰草の冠贈呈会を終えると、子供たちは自分たちの家に帰って行った。そろそろ暗くなるので、帰る時間なのだとか。
子供たちを見送ってから、フィトは兄弟に改めて事情を説明するのであった。
***
「びっくりさせて、ごめんね! 実は、子供たちがシロツメクサの花冠を歓迎のしるしにプレゼントしてくれるっていうから、フードを取らなきゃって思って話しちゃったんだぁ……」
「なるほどな。子供の気持ちを無下には出来ないもんな」
「……でも、大丈夫かなぁ? 僕たちのこと、バラされちゃわない……?」
リオンが心配そうに言うと「それなら大丈夫だよ!」と、フィトは答える。
「耳の事は秘密にするって約束したの! そのかわり、さわってもいいよって言っちゃったんだけどね……あはは……」
「あはは、じゃないよ~! さっきのアレ、本当に痛かったんだからね!」
リオンはまだ、先ほどの事をネチネチと言っている。
いつもなら、フィトの行動を何でも笑って許すリオンなのに珍しいな……と、レオンは弟を見ていた。
リオンも少しずつだが、フィトに対して綺麗に固めた自分を見せるのではなく、素の自分を見せ始めているのかもしれない。リオン自身、それは気にしてやっている事ではないのだろうけれども。
「……私、嬉しかったんだぁ。子供たちがふたりを受け入れてくれたことがね、すっごく嬉しかったの。……ふたりの事を変な目で見たり、怖がられちゃうかなって不安だったんだけど、子供って純粋なんだよね。心を込めて話すと、ちゃんと伝わるの。自分の目で見たこと、自分の耳で聞いて感じたこと……誰の意見も関係なしに、そのままを受け止めてくれて、自分が信じられると思った事を信じてくれるの」
フィトは「……この世界にはね。子供みたいに心が綺麗で優しい人も、絶対いると思うんだ」と、切なる思いが届くことを予感しながら、胸を膨らませてそう語った。
フィトの話を聞いて「……うん。そうだねぇ」と、先ほどまで意地になっていた事を恥じるリオンは、笑顔で言葉を返す。
「……それにしても、この花冠は本当によく出来てるよねぇ!」
「ああ。植物でこんな風に冠を作るなんて、とても想像出来ねーよな」
犬耳兄弟はもらった白詰草の花冠を手に取ると、改めて感心する。
昔を思い出し「私も小さい頃は、お兄ちゃんとよく一緒に作ったんだよね。だから、すごく懐かしいんだぁ……」と、目を細めるフィト。
「そうなのか。白詰草ってのは、フィトにとっては思い出深いんモンなんだな」
「うん! でもね……どこで花かんむりを作ったのか、よく覚えてないんだよね。小さかったからかなぁ……?」
「昔の記憶って、そういうものだと思うよ。ぼんやりしてて、曖昧でさ。特に、物心がつくまでは色んな事を判断することが出来ないから、記憶として思い出せるまとまった情報になってないんだと思うよ」
リオンの言葉を聞いて「……そっかぁ。大事にしたいのに、覚えてなかったり忘れちゃうって、何だか寂しいね」と、フィトは残念そうに笑って見せる。
「脳の中には潜在意識ってものがあってね。産まれた時から記憶はずっと保存されていて、何かのきっかけで突然思い出すこともあるらしいよ。……それにさ。そういうのって、心は覚えてるものなんじゃないかなぁ? フィトがこんなに大事に思う気持ちがあるんだから、お兄さんとの思い出は、フィトの心の中にずっと残ってるよ」
「リオンの言う通りだ。俺たちだって、昔の事はそんなに鮮明に思い出せないからな。特に俺たちの小さい頃なんて、もう何十年も前の話だもんなぁ?」
レオンの言葉を聞いて、三人は肩を揺らして笑い合う。
兄弟の言葉はゆっくりとフィトの心に染みわたり、あたたかい気持ちに変わっていく。
寂しそうに笑っていた少女の笑顔が穏やかな微笑みになるのを、レオンとリオンも感じたようだ。
やっぱりフィトには、いつもこうして楽しそうに笑っていてほしいな、と兄弟は思うのであった。
三人がそんな風に話し込んでいると――。
ぱたぱたと慌ただしく、先ほどの男の子がこちらに駆け寄って来た。
「あれっ? ねーちゃんたち、まだいたの?」
「あ。僕の耳を引っ張った子……」
「それはガチでごめんってば! それよりさぁ、ここで何してんの?」
男の子の言葉に、顔を見合わせる三人。
そういえば、自分たちはレストラン探しの途中だったのだ。もう辺りは薄暗くなってきているため、早く今夜の食事処を決めなくては。
「私たちね、レストラン探しをしていたの。お店を見て回る途中だったんだぁ」
「へー! オレんち、とーちゃんとかーちゃんがレストランやってるよ! ねーちゃんたち、一緒にオレんち来る?」
「えっ!? いいの!?」
「うん! とーちゃんとかーちゃんも、お客が来たら喜ぶしさ! 一緒に行こーよ!」
フィトの返事も聞かずに、男の子はぐいぐいとフィトを引っ張って歩いて行ってしまう。
それを見ていた兄弟は「腹減ってたし、丁度良かったよな」「そうだねぇ」などと話しながら、その後について行くのだった。
***
そんな能天気な三人組を、ずっと草むらから見ていた影があった。
三人と子供たちが関った一部始終を見ていたその者は、これは大事件だと言わんばかりに、一目散に走り去って行く。
しかし。これが波乱の幕開けになるという事を、三人はまだ知らない――。




