第二話・フィヨルドの村(6)
ノエルに支払いを済ませた三人は、ロルブーまで案内してくれたノエルを見送った後、外に出て今夜のレストラン探しをしていた。
夕日に照らされたクレーヴェルの村を歩いていると、白詰草の中で遊ぶ子供たちの姿が一行の目に映る。
四人の子供たちは、一生懸命にせっせと何かを編んでいるようだった。フィトはそれが気になったのか、子供たちの方へと歩み寄って行く。
「こんにちは! 何を作っているの?」
「こんにちはぁ! あのね、シロツメクサでお花のかんむりを作っているの!」
「へぇ~! 上手だねぇ!」
「おねぃちゃん、初めて会ったよね? クレーヴェルのひとじゃないでしょ!」
「うん、よくわかったね! 私はガルデニアから来たんだよ」
「やっぱりね! 村で見ない顔だもん!」
子供たちと楽しそうに話すフィトを見て、リオンはほっこりしつつも先ほどの事を引きずってモヤモヤしていた。
確かにフィトは頑固な時があると、旅に出てから理解したリオン。だが、それでもフィトに支払いを持たせることはあまりしたくなかったのだ。
それは、リオンがフィトの事を特別に思っているゆえに、はっきりとした形でその気持ちを表していたかったからだ。フィトの為ならば、自分に出来ることは何だってしてあげたい。力になりたい。それは、兄のレオンも同じはず。
それなのに何故? と、リオンは兄に対して思ってしまっていたのだ。
フィトが離れた所にいる今が問いかけるチャンスだと、リオンは兄に話を切り出した。
「……ねぇ、兄さん」
「ん?」
「どうしてさっきはフィトの提案を素直に聞いたわけ?」
「ああ、お前まだ怒ってんのか? 勝手に返事して悪かったって」
「謝罪なんかいらないよ。なんでフィトに支払いさせる流れにしちゃったのかを聞いてるんだってば」
イラつきながら話すリオンを見て、がしがしと頭をかくレオン。
普段から意見の食い違いはあまりない方なのだが、納得のできない事はとことんぶつかるふたり。
ちゃんと説明してやった方がいいか、とレオンは自分の思っていた事を正直に語った。
「……それはな、フィトが礼儀作法をとても気にする性格だからだよ。フィトが自分の中で大事にしている部分だったり、気にしちまう事だったりを時には尊重してやらないとさ、フィト自身も気が済まなくなっちまうだろ? もちろん、お前の思ってる事も分かるよ。惚れた子の為だったら、何でもしてやりたい。それは俺だって同じだ。……ただ、フィトとの関り方は、そればっかりじゃダメなんじゃないかって……ちょっと考えてたんだ」
子供たちと戯れるフィトを見つめながら、レオンは話を続ける。
「……フィトは、寄りかかるだけの関係は俺たちに望んでないんだよ。これは、グラシナに着く前に出くわした賊とやり合った時に、フィトが言ってた事から感じたことなんだけどさ。……三人で旅をする中で、フィトは自分の立ち位置ってものを物凄く考えて悩んでるんだと思う。戦いに加担できないし、俺たちを冥界に帰すことも出来なくて、自分を深く責めてると思う。フィトはフィトなりに、俺たちに負担をかけないようにと思ってるんだよ。……だからさ、たまにはフィトの気持ちを受け取るのも、必要なんじゃねーか?」
レオンの話を聞いて、しばらく考えた後。
ゆっくりと兄の言葉を飲み込むように目を伏せて「……そっか」と、リオンは小さく答えた。
リオンは兄の言う事を受け止めつつ、そんな風に考えたことなかったなぁ……と、考える。
兄としての目線で物事を見るようにしているレオンは、人を見るという面ではリオンよりもずっと長けているのかもしれない。
フィトの事を誰よりも大事にしようと思っていたけれど、大事にするっていうのは兄さんの言った通り、フィトの気持ちを考えて行動することなのか……と、リオンは思う。
甘やかすという表現ではないにしても、尽くし過ぎるというのは良くないのかもしれない。特に、律儀なフィトにとってはそれが重荷に感じてしまう事もあるという事で。
それに、自分はフィトの前で格好つけたり、いいところを見せようとし過ぎていたと、リオンは恥ずかしくなった。
自分だって兄に負けないように、これからはフィトのことをもっとちゃんと考えようと、リオンはそう心で思うのであった。
黙って何度も頷くリオンを見て、レオンはそれ以上は何も言わなかった。もう言葉は不要だろうと思ったのだろう。
それくらい、リオンは真っ直ぐな目でフィトを見つめていた。
「レオン! リオン! ちょっとこっちに来てー!」
離れた所でフィトと子供たちを見ていたふたりに、黒髪少女から声がかかる。
ゆっくりと歩き出したレオンを追い越し、走ってフィトのもとに向かうリオン。その姿はまるで、自分を勢いよく追い抜いてゆく、追い風のように感じられた。
風をまとった背中から、兄さんには負けないよ! と、啖呵を切るような言葉さえ聞こえてきそうだ。
そんな弟を見てレオンは「……俺だって譲らねーよ」と、強気につぶやいて走り出す。
肩を並べると、犬耳兄弟は互いにふっと笑い合うのだった。
「フィト、どうしたの?」
ちょこんと座り込むフィトと子供たちの前で腰をかがめ、リオンは声をかける。
すると――。あろうことか、やんちゃな男の子がいきなりリオンのフードを取ってしまったのだ。
驚いて「えっ? ええっ!?」と、あわあわするリオンと、ぽかんとそれを見ているレオン。
正体を隠すためのフードを取られて、ふたりは呆気に取られてしまった。
目の前ではフィトが、くすくすと笑っている。これは一体どういう事なのだろう。
「わぁ~! 本当だ! お兄ちゃんたちの頭、犬の耳が生えてるよぉ!」
「これって、本当にホンモノなのか!?」
兄弟の犬耳頭を見て、騒ぎ立てる子供たち。
状況が飲み込めず、犬耳兄弟はポカンとするばかり。フィトが子供たちに何を話したのか、何を考えているのか、全く読むことが出来なかったのだ。
そんな中。リオンのフードを取っ払った男の子が「ちょっとさわらせて!」と、リオンの黒い犬耳を思い切りぐいーっと引っ張った。
「いだっ!? いだだだだだっ!? いきなり何するんだよぉっ!?」
白詰草の上に勢いよくしりもちを着いたリオンは、悲痛な叫びで訴える。
普段、子供と進んで関わることがないリオンは、予想外に繰り出される行動の意味が分からず、ワケがわからないよ!? と、理解に苦しんだ。
しかし。男の子はリオンの喚き声などお構いなしに「スッゲー! ガチでホンモノだっ! ちょーモフモフ!」と、ぎゅうぎゅう犬耳を引っ掴んだまま大興奮で言うのだった。
「だめだめ! そんな風に引っ張ったら、ワンコさんのお耳がかわいそうだよ! こうやって、優しくなでたげるの!」
そう言って一人の女の子が、今度は優しくリオンの頭をなでくり始めた。
女の子に「いーこいーこ!」と、頭を撫でられると、リオンはつい昔の事を思い出す。フィトがまだ小さい頃に、僕と兄さんはこうやって動物扱いされてナデナデされたなぁ~……と。
それから順番に、子供たちはリオンの頭をなでていくのだった。
犬心なのか、決して嫌だとは思えない複雑な気持ちをリオンは感じていたわけなのだが。
怪物のプライドにかけて、なでられて気持ちが良いだなんて事は絶対思わないし! そんなの、認めないんだからね! などと、白蛇の尻尾をぱたぱたさせながら、リオンは気張って思うのであった。




