第二話・フィヨルドの村(4)
「あなたがフィトちゃんね。そちらの兄弟が、レオンくんとリオンくん。……改めまして。クレーヴェルの村と、ピノノワール・ファームにようこそ! 私がこの雑貨店の店主、ノエルよ。どうぞよろしく」
ノエルの丁寧な歓迎に、三人も「よろしくお願いします」と、声をそろえて挨拶する。
ぺこりとお辞儀をする面々に、ノエルは「ウフフ。そんなにかしこまらなくてもいいのよ」と、笑顔を浮かべて言葉を返してくれた。
「ノエルさんって、店長さんなんですね! 自分のお店を持つなんてすごいなぁ~!」
店長を務めると話すノエルに、感心して言葉を送るリオン。
それを聞いたノエルは「ウフフ、ありがとう」と、にっこりして見せた。
「ピノノワール・ファームはね、家族で経営をしているお店なのよ。この雑貨店は私が切り盛りを担当しているけど、私の父と母が農園全体の管理をしていてね。両親が果物の出荷から加工まで、幅広く手掛けているのよ」
「へぇ! 一家で家業をやってるのか!」
「そういうの、なんかいいよね! 楽しそう!」
レオンとフィトの言葉に「そうかしら?」と、笑顔を見せるノエル。きっとこの環境が当たり前の彼女にとっては、家業の事をそんな風に捉えていないのかもしれない。
ノエルは「立ち話もなんでしょうから」と、椅子が用意されたカウンターに一行を案内してくれた。
***
カウンターのまわりには、鮮やかに色付けされた木彫りの馬がいくつも飾られていた。
ずんぐりした木彫りの馬には、馬具や花模様が美しく彩色されており、カラフルで可愛らしい造りをしている。
フィトはその木彫りの馬がとても気に入ったようで「ナニコレ!? 可愛い!」と、碧の瞳を輝かせてじーっとそれらを見つめた。
「その木彫りの馬はね、私が作っているのよ」
「ほぁっ!? これを、ノエルさんが!?」
「ええ。この馬は、ダーラヘストって言ってね。クレーヴェルの伝統工芸品なのよ。子供の玩具としても人気のあるものなの。ナイフ一本で作れるのよ」
「へぇ~! ノエルさんって、手先が器用なんですねぇ!」
「これを作るのは、私の趣味みたいなものだから」
フィトが「ウマーンみたいで可愛い!」と、ダーラヘストを見て楽しそうにはしゃぐのを見て、ノエルの表情も明るくなる。
自分が作ったものを気に入ってもらえたのが嬉しかったようで、目を細めながら楽し気に雑貨店の売り物について話しをしてくれた。
「ここに置いてある雑貨は、ほとんどが私の手作りなのよ。ダーラヘストの他にも、ファブリックって呼ばれている織物や編物も作っているの。食器やコップとかの陶器も、私が土練りからデザイン、焼き入れまで全て行っているのよ」
大きな経営をしている家業を手伝うのは、なかなかの重荷なのかもしれないが、ノエルはこのお店をとても気に入っているようだ。職人気質なノエルにとって、物づくりと店の経営を同時に行えるのは天職なのかもしれない。
それにしても、ノエルの両親やご先祖の経営力と経営センスは大したものだ。さらに言うなれば、そんなノエルを紹介できるラシーヌの権力はいかほどか。
ラシーヌさんって、どこまでも未知の存在だなぁ……などと、犬耳兄弟は考える。
「ノエルさんって、すごいなぁぁ! こんなに可愛いものを自分の手で全部作れちゃうなんて!」
「ウフフ。ありがとう。可愛いものに囲まれて暮らすのって、とっても素敵よね。よかったら雑貨、あとでゆっくり見ていってね」
ニコニコとノエルがそう言うと「わーい!」と、嬉しそうにフィトはバンザイをするのであった。
そんなフィトを微笑ましく見つめ、コーヒーを沸かしながら「……さてさて。じゃあさっそく、今夜のお宿の手配をしようかしら」と、ノエルが提案する。
ところが、ノエルの言葉に思わず顔を見合わせる三人。
そんな三人を見て「あ、実はね。私は雑貨屋を経営しながら、クレーヴェルの観光案内人も受け持っているのよ。ラシーヌが私を紹介したのは、友人って理由だけじゃないのよ」と、説明をしてくれるノエル。
なるほど、と三人は思ったが、そうじゃないのだ。一行が気にしていたのは、そこではない。
クレーヴェルに立ち寄ったのは、樹の祭壇に向かうための情報収集と準備が目的であり、宿泊をすることは考えていなかったのだ。
もっとも、先を急がなくてはならない三人にとって、悠長に観光に浸っている時間はないわけで。
こうしている間にも、樹の大精霊・ダフネに危険が迫っているのだ。奴らの動向が全く探れない以上、一刻を争うかもしれないのである。
せっかく案内をしてくれようとしているノエルに「悪いんだけどさ……」と、レオンが話を切り出す。
「俺たち、先を急いでいるんだ。だから、クレーヴェルに一泊する予定はなくて」
「あら? そうなの? そんなに急いでどこに行く予定なのか、聞いてもいいのかしら?」
レオンの話を聞いて、不思議そうに言葉を返すノエル。
今度は兄レオンに代わり、リオンが「僕たち、樹の祭壇に行きたいんだ」と、ノエルに旅の目的を伝える。
「僕たちはもともと、ガルデニアの出身なんだけどねぇ。先日のグラシナの地震をきっかけに、祭壇巡りをしようと思っていて」
「祭壇巡り……なるほどね。時々、旅の方から同じ話を聞くわ。樹の祭壇にお祈りに行くために、この村に来る旅行者は珍しくないものね」
「そうそう。僕たちも、その祭壇巡りの途中ってわけなんだけど……ノエルさん、グラシナの地震の被害の事はご存知ですよね?」
リオンはノエルを自分の話に引き込もうと、身振り手振りを交えて話題を振る。
それに対しノエルは「ええ。もちろん知っているわ」と、リオンの期待通りの相槌を返す。
「……あの被害の事を知って、僕たちは祭壇巡りをしようと思ったんだ。今回の地震も精霊様の加護があったから、グラシナで重大な被害も、死者も出なかったんだよね。……そこで、精霊様に感謝の気持ちを捧げるのと、これからも地上をお護りしてもらえるように、全ての祭壇を巡ってお祈りをしようと決めたんだよ」
「まぁ。そうだったのね。とても熱心で、素晴らしい行いだわ。……でも、祭壇巡りをするだけなら、急ぐ必要はないんじゃないかしら?」
ノエルの鋭い発言を聞いて、ギクッとするフィト。
傍らでリオンの出まかせ話を聞いて、心底ハラハラしているようだ。話をしているリオン本人よりもずっと、ドキドキして会話を聞いている様子。
そんなフィトの心配もよそに、リオンは涼しい顔をしてヘラヘラと答える。それらしく、敬語を交えて。
「……実は、僕もガルデニアで家業に携わっているんです。街の入り口に立つ、門番の仕事を任されているんですよ。今はその仕事を休んで、兄さんと幼馴染のフィトと旅に出て来ている所なんですけど、無理を言って旅に出させてもらったから、なるべく早く旅を終えて帰らないとならないんです」
それを聞いたノエルは「あらー!」と、何度も大きく頷く。人間というのは、自分と同じ境遇の人間に共感を覚える生き物なのだ。
ノエルは、自分と同じ家業に携わっているというリオンの話を聞いて、嬉しく思うところがあったのだろう。「お仕事も大変なのに、快く旅に出させてくれた、あなたたちのご家族に感謝ね」と笑顔を見せる。
リオンの話に、まんまと乗せられたわけなのだが。
嘘も方便だよなぁ、と思いながら、リオンを見ていたレオン。祭壇巡りの話をリオンがどこから仕入れてきたのかは知らないが。
とにかく、その策士っぷりにはレオンも毎度救われているのだ。
昔、ふざけ合っていた時に、冥界でハーデスの大事な壺を割ってしまったことがあった。その時もリオンが上手く立ち回ってくれたおかげで、ふたりとも怒られずに済んだのである。
あの時は本当に助かったなーと、レオンはしみじみと思う。
ただし。悪戯をした時に上手く罪をなすり付けて、リオンが怒られずに自分が怒られることも山のようにあったな……と、続けて思い出す。
よくよく考えたら救われるよりも、陥れられる方が多かったか……と、思い出してイライラが募るレオンなのであった。
一方。純粋なフィトは単純に、リオンはお話が上手だなぁ~! などと、感心していた。
どこまでも心が清らかなフィトは、ノエルの事を騙してしまったようで、申し訳ない気持ちが芽生えてしまっていたりするわけなのだが。
ノエルを上手く乗せる事が出来たと感じたリオンは、ここで本題を切り出す。
「……そこで。樹の祭壇に行くには、どう行けばいいのか教えてもらいたいんだよねぇ」
リオンの話を聞いて、ノエルは少し考える素振りを見せる。
一息着くと、青色の瞳で三人を見つめながらノエルは口を開いた。
「……先を急ぎたい気持ちは分かるんだけどね。今日はもう、樹の祭壇に向かうのは止めておいた方がいいわ」
真剣な眼差しで言うノエルに、黙っていたレオンが「何か、理由があるのか?」と、言葉を返す。
ノエルは無言で頷くと、その理由を語り始める。
「樹の祭壇に向かうには、まず船で奥地に進まなければならないの。そこから、辿り着いた陸地で山の頂上を目指すのよ。祭壇までのルートは確保されているし、そこまで大変な山登りではないけれどね。……でも、慣れない夜の山道を歩くのは、はっきり言って危険よ。登山をした事がないのなら、尚更行かせられないわ。知識も経験も準備もなしに山を登るのは、無謀だと思うもの。野生の熊なんかもいるしね。……登山を甘く見たら、命を落とすこともあるのよ?」
ノエルの話を聞いて、沈黙になる三人。
山登りがそこまで大変な事だとは、想像もしていなかったのだ。
確かに、土地勘もない夜の山道がどんなものなのか、三人はよく分かっていなかった。そのため、道に迷う危険は高いといえよう。
ただし、熊が出るくらいでは、犬耳兄弟にとってはなんの弊害にもならない。怪物が熊なんぞに力負けする事はないからだ。
だが、問題はフィトだ。フィトに怖い思いをさせるのは、出来れば避けたい。そう思った兄弟は、今日の所はクレーヴェルに滞在した方が良さそうだな、と判断した。
そんな矢先。にっこりと笑みを浮かべたノエルから、末恐ろしい押しの一言が入る。
「……そんな訳だから、今夜はクレーヴェルに滞在したらどうかしら? それでも行くって言うのなら止めないけど……あなたたちの骨は、拾いには行かないわよ?」
ウフフフ、と笑顔で怖い事を言うノエル。
その威圧感に、三人はゾッとする。迷わず首を横に振り、「今日は止めときます……」と、声をそろえて言うのだった。




