第二話・フィヨルドの村(2)
「な、なんだぁ!? 今度は婆さんの登場かよ!?」と、レオンがドン引いていると。
「なんだとはなんぢゃ! 最近の若いのは、挨拶もロクに出来んのかいな! ……そんなことより! おいこらメロ爺! アンタ、アタシの造るリンゴがクレーヴェルで一番ウマいと何度言ったら分かるんぢゃ!? 鳥につつかれてからっぽになっちまったようなその馬鹿ハゲ頭でよぉく考えてからモノを言いな!」
いきなり会話に割って入って来たかと思えば、婆さんはメロ爺と呼ぶ人物に暴言を叩きつけて喧嘩をふっかけた。さしずめ、どちらの果樹園のリンゴがウマいのかを競い合っているライバル同士とみえる。
すると。みるみるうちにメロ爺の顔はリンゴのように真っ赤に染まり、その怒りを噴火させた。
「出たなマル婆! いつもいつもワシのリンゴ試食会を邪魔しおってからに! また怒り過ぎて、しわしわの顔にしわが増えとるぞ! これで、より一層しわしわの化け物ババアになったようじゃな! ワシの艶やかで美しいリンゴを少しは見習ったらどうじゃ! レッドアロマは、若い娘の肌のようにツヤツヤ! しかし、オマエの果樹園でとれたお粗末リンゴはゴツゴツで、オマエの顔面そっくりクリソツじゃろうが!」
「んなぁ~!? しわしわの顔は、アンタも一緒ぢゃろうが! なるほどそのハゲ頭は、オマエのツヤツヤでテカテカのリンゴそっくりで、見事に禿げ上がっておるのぅ! うおおぅ……! これはこれは……! ハゲのご来光で、まぶしくて前が見えんのぢゃぁ~!? 恐ろしいのぅ、恐ろしいのぅ、あのツヤツヤテカテカリンゴには、ハゲ成分が入っておるのかのぅ~!?」
不毛な争いを繰り広げるジイバアを見て、三人はポカンとしていた。犬耳兄弟に負けないくらい低レベルな言い争いである。
しかし巻き込むだけ巻き込んでおいて、完全に置いてきぼりにされているのだ。これはどうしたもんか……と、三人は苦笑いをして顔を見合わせた。
そんな風に一行が困り果てていると。通りすがりの青年が「気にしなくていいよ。いつもの事だから、放っておくといいさ」と、同情しながら声をかけてくれた。
なるほど、村の人々にとって二人の喧嘩は日常茶飯事のようだ。呆れ顔でそれを見ている人と、近くで「やれやれ! もっとやれ!」と、ヤジを飛ばす人が集まり始めている。
それを見ていよいよ蚊帳の外だと感じた三人は、言われた通りリンゴの上位争いをするジイバアを放置しておくことに決めた。
「人間のご老人って、あんなに俊敏に動けるものなの……? これじゃあ怪物と変わらないよ……」
「ほんとだよな。これじゃ、どっちが怪物か分かんねーって」
「この村の人は、すこぶる元気なんだねっ!?」
「こんな時まで、フィトは優しいなぁ~。あんなに、やばばばばーな人達なのにぃ」
怪物じみた元気すぎる老人を見て、三人はしみじみと本心を語った。
引き気味の兄弟に対し、フィトは「リンゴのお礼、もうちょっとちゃんとしたかったなぁ……」と、もらったリンゴをかじりながら残念そうにつぶやく。
「それにしても、レオンとリオンったら。こんなにおいしいリンゴなのに、どうして毒リンゴだなんて思ったの? 真っ赤でツヤツヤで、こーんなにキレイなのに!」
「それは~! フィト、知らない人に食べ物もらっちゃダメだって教わらなかったの? 世の中はいい人ばっかりじゃないんだよ?」
「ええー? そんなの初めて聞いたよ? だって、お兄ちゃんが食べ物は大事にしろって言ってたもん!」
フィトが自信たっぷりにそう言うので、リオンはやや押され気味になる。
兄が大好きなフィトにとって、兄の教えは絶対だ。いつも素直な印象のフィトだが、決めた事には芯が強く頑固なのだ。
それを聞いていたレオンは、これはフィト兄の教えから来るモンだったのか、とやや頭を抱えた。しかしダメなものはダメと、ハッキリ伝えることも大切だ。
今回は自分たちが空まわってとんだ茶番になってしまったが、この先何が自分たちを待ち受けているのか分からない。そう考えると、フィトにはもう少し慎重に行動してもらわなければ。
「フィト。確かに、フィトの兄貴が言ってることはとても大事なことだ。間違ってないよ。……でもな、リオンもラシーヌさんも言ってただろ? 世の中はいい人ばっかりじゃないんだ。危ない事だってたくさん潜んでる。盗賊みたいな悪いこと考える奴とか、誰彼構わず傷付ける奴だっているんだ。……だから知らない人からもらったものは、そのまま口にしないこと! わかったか?」
優しく諭すようなレオンの話し口調に、フィトはぐっときてしまった。そして一瞬だが、レオンに自分の兄を重ねて見てしまったのだ。
考えてみれば、自分の兄とレオンはちょっと似ているのかもしれないなぁ、とフィトは思った。それは、レオンがいつも兄としての立ち振る舞いをリオンの前でしているせいでもあるのだろう。
いつも一歩引いた所で自分とリオンの事を見てくれているレオン。グラシナの酒場で自分が酔ってしまった時も、きっとレオンが面倒を見てくれたのだろう。記憶はないが、なんとなく、そんな気がした。
一緒にいて安心するのは、そういう事なのかなぁ、とフィトは思う。それが何故かくすぐったくて、嬉しくて。胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。
しかし。それと同時に、兄の面影がよぎり少し寂しさが込み上げてきてしまう。普段は考えないようにしているが、ふとした時に感情の波に飲まれてしまいそうになるのだ。フィトはそんな思いを抑えつけ、いつものように笑顔でふたりに向き合う。
「わかりましたっ! えへへ!」
「こらフィト! なにヘラヘラしてんだ!」
「あははっ! ごめんなさぁーい!」
「何かおかしかったの~? 兄さんのセリフがクサかった、とか?」
「あんだと!? フィト、そんな風にヘラヘラしてると、アホリオンみたいになっちまうぞ!」
「はぁ!? それ、どーいう意味だよ!?」
相変わらず牙を剥き出しにしていがみ合う兄弟に、フィトはおかしくなってこっそり笑いをこぼす。
レオンと同じように、リオンも自分の事を想って叱ってくれたのだ。リオンはお兄ちゃんというか、思ったことを言い合える大切な友達かなぁ、とフィトは思う。
いままで地上の生活では、友達はいたこともなく、作る機会もなかったフィト。冥界の住人は、今思えばみんな友達って事になるのかなぁ、と少女は嬉しくなる。その中でも、一番の友達は迷わずリオンになるのかなぁ~と、フィトはリオンを見つめる。
いつまでも言い争いを続ける兄弟に「ほらほら、ふたりとも! さっきのリンゴおじぃさんとおばぁさんみたいに目立っちゃってるよ?」と、人だかりが出来始めている事を伝え、ケンカを止めるフィト。
自分たちの扱いに日々慣れてきているフィトに対し、兄弟は恥ずかしそうに頭をかき、だんまりするのであった。




