第一話・草色の風景(3)
山と山の谷間を流れる海を渡るため、三人は木橋を渡っていた。
木橋は簡易的な丸太で造られており、横幅は二メートルといったところだろうか。橋と橋の間に小さな島のような陸地があり、その陸地を越えて向こう岸に架かる木橋を渡る。
「のどかなところだねぇ~」
「ね! 空気もおいしいし、緑のにおいがするーっ!」
「緑のにおいもそうなんだけどさ、やっぱり海だからなんだろーな。なんかしょっぱいにおいもするよな」
「すんすん……ほんとだ! 緑のにおいに混ざって、塩の香りがするねぇ!」
「ね! ここ、本当に海なんだぁ……!」
そんな話をしながら、三人はクレーヴェルがあるらしい陸地に辿り着く。フリーダーの話しによれば、山の麓をぐるっと歩いて行けば村が見えてくるはずだ。
湾沿いに造られた細道を言われた通り進んで行く中。フィトがずっと気になっていた事をふと、口にする。
「そういえば、ずっとタイミング逃して話せなかったんだけど……地上と冥界のお金って、同じだったんだよね」
「そうだね! お支払いできることに安心しきって話してなかったけど、あれはびっくりしたよ!」
「そうそう。セントっていきなり言われた時に、お金の事だってすぐに分かんなかったしな。まぁ、話の流れ的にすぐに理解できたんだけどさ」
レオンがそう言うと、犬耳兄弟は得意げに頷き合う。
どうやら察しの良いふたりはフィトが気付いていない所で上手く立ち回りをしていたらしい。これはさすがというべきか。
少女は目を丸くして「そうだったんだ!? そんなの、全然わかんなかったよ!?」と、ぺちぱち拍手を送っている。
「……じゃあ、冥界と魔界のお金は何ていうの?」
「冥界と魔界では、お金の単位をユーロって言ってるんだぜ」
「ユーロ!? ナニソレ!? おもしろーい!」
「僕たちにとっては、セントっていうのが新鮮だったけどねぇ~。最初グラシナで宿代を支払う時、セントって単位だけ聞いたら通貨換算が何枚かわからなかったんだけど、銅貨と銀貨の枚数も丁寧に教えてくれたからすぐに対応できたんだ。通貨単位が違うのに同じお金を使ってたなんて、僕はそっちの方が面白いと思ったよ」
リオンの発言を聞いて、確かに、と頷くレオンとフィト。
どこでどうなって同じ金銭の呼ばれ方が変わったのか不明だが、とにかく今の三人にはお金を共通して使えたことがとても救いだった。そのお陰で、こうして不安なく旅ができるのだから。
わちゃわちゃとそんな話をしながら歩いていると、レオンが難しい顔をしてピタリと足を止めた。
「……なぁ。やっぱり、そろそろ誤魔化せないよなぁ」
「ふぇ?」
レオンの意味深な言葉を聞いて、突拍子もない声を出すフィト。
髪色と同じ栗茶色の耳をモフモフと触りながら、レオンは悩まし気な表情で「これな」と、短く語る。
「あっ! 耳と尻尾のことだね!」と言う少女の返しに、犬耳兄はこくりと頷いた。
「僕もそう思ってた。もうさすがに無理があるよねぇ。お祭りのやってるガルデニアからだいぶ離れたような気がするし、隣町のグラシナですらあの視線の集まりようだったからね」
「ああ。こう、何度も説明すんのも面倒だしな……」
「尻尾はローブから出ないように気を付けるとして、耳を隠すためにフードを被らなきゃね……」
そう言うと、犬耳兄弟はすっぽりとフードをかぶり、自分たちの犬耳を隠した。
リオンは心底嫌そうに「うう~……」と、唸り声を上げている。
「僕、フード被るの本当に嫌いなんだよねぇ~。耳がずっとガサガサするんだもん」
「それは俺も同じだな。窮屈だし暑いし、いい事ねーからなぁ」
「にゅんちゃんもかわいそう……。ずーっとローブの中で折りたたまれてないといけないなんて……」
「フィト? 折りたたむわけじゃないよ? 言い方怖いよ?」
少女の発言にすかさずツッコミを入れるリオン。「正しくは丸めるだな」と、笑いを堪えながらレオンも言う。言い方はともかく、フィトは真面目にリオンの尻尾の白蛇のことを心配しているのだが。
フィトは他にも引っ掛かる事がある様子で、むぅ、と顔をしかめている。どうやら、ふたりのことを差別的な目で見る人間の事を良く思えないようだ。
「みんな心が狭いよ。人と違う見た目だからって、そんなに変な目で見る事ないのに」
「フィト、僕たちの事を思って言ってくれてありがとう。でも大丈夫だよ。問題が起きるより、僕たちが少し我慢すればいいだけの事だからさ」
「ああ。それに、ここに来たばっかりの時も話したけど、やっぱり俺たちの見た目って地上では異端な存在なんだよ。俺たちの事は、フィトが分かってくれていればそれでいい」
フィトは兄弟の話を聞いて「ふたりがいいなら、いいんだけど……」と、言葉を返す。
人間が十人いたら、それぞれ十通りの考え方があるように、レオンとリオンの見た目や存在に対する受容も全然違うのだという事を改めて感じたのだ。もっとも、ふたりが言っていた通り、怪物の事を受容できる自分の方が人間として異端なのかもしれない。
何も出来ない無力さを申し訳なく思うと同時に、自分の感じていることがいつも正しいわけじゃないのは分かってるけど、何だか虚しいなぁ、とフィトは思うのであった。
「ほら、進もうぜ? クレーヴェルの村はもうすぐなんだろ?」
「フィト、元気出してね。僕たちは大丈夫だからさ」
兄弟の言葉を聞いてフィトは「うん、ありがとう!」と笑顔を見せると、ふたりの後について行く。
緑豊かな山の麓をしばらく歩いて行くと、海面の真ん中あたりに釣り船と鳥の群れが現れた。山の麓に点在する家々も見え、なだらかな地形が広がっている。
草色の風景の中、小鳥たちが歌うようにさえずっているのが心地よく聞こえてきて、三人はいよいよクレーヴェルの村に到着するのだった。




