第四話・馬車に揺られて(3)
皆さま、あけましておめでとうございます。
今年最初の投稿になります。
2019年も頑張っていきますので、どうぞよろしくお願い致します。
「いってぇ……!?」
寝相の悪いリオンの裏拳を顔面に喰らい、レオンは最悪な目覚めを迎えた。
不可抗力にも思い切り潰された鼻っ柱をさすり、レオンはがばっと飛び起きる。
自らの暴挙を知らずに、隣で気持ちよさそうにスヤスヤと眠るリオン。
呑気に寝やがってこの野郎。その黒いたれ耳、引きちぎってくれようか。と、レオンはイラッとこぶしを握り締めた。
それにしても、一体どれくらい眠ってしまっていたのだろう。太陽はだいぶ傾き、西日が馬車の窓から差し込んでいる。リオン同様、フィトもまだよく眠っている。しかし、この憎たらしい弟に比べ、フィトの可愛さときたら。
奥で眠る麗しい少女の寝姿に、頂点に達していた怒りゲージは急降下していた。フィトの可愛い寝顔を見つめていると、どんな負の感情からも解き放たれるような気さえするのだ。
そんな事を考えながら、じーっとフィトの事を見つめていると。フィトが「うう~……」と、むにゃむにゃ言い出したので慌ててレオンは顔を背けた。
少女が寝ていることにホッとした犬耳兄は、寝顔を見つめていたことがバレなくてよかった、と胸をなでおろす。
そんな中。また懲りずに寝姿を見ようとする自分に気付き、はっと我に返るレオン。
うわ。俺、変態かよ……と、気恥ずかしさでフィトを直視できなくなったレオンは、ぱっと少女から目をそらした。
しかし、あれである。この込み上げてくる衝動は、どうにもこうにも静めようとして静まるものではないのだ。好意を持っている女の子が、こんなにも無防備にスヤスヤしている顔を見ないようにするだなんて、そんなのは理性が止めてくれないのである。
極端な話、呼吸を止めろと頭で命令しても、身体の呼吸への欲求を止めることは出来ない。それと一緒なのだ。わかっちゃいるけどやめられない、ということだ。
そんな頭のタガが外れたレオンは、チラッと少女の寝顔を盗み見ては照れてそらすその動きを繰り返す。そのうち、何やってんだかなぁ、と赤面した顔面を両手で覆うのであった。
***
ひとりで悶えていたレオンは、一呼吸おいて冷静さを取り戻す。
「くあー……」と、レオンが大きなあくびをしていると。
「やぁ、起きたのかい」と、操縦士のフリーダーが声をかけてきた。
フリーダーはちらっとこちらを見ると、微笑みながら前を向く。
「君たち、相当疲れていたんだね? もうそろそろクレーヴェルに到着するよ」
「えっ? もうそんなに進んだのか?」
レオンは驚きのあまり、弟が首から下げている懐中時計を引っ掴んで見た。
「ぐぇっ……!?」 という声を上げ、兄同様に最悪な目覚めを迎えたリオン。
無理矢理引き上げられた身体がのけぞり、息苦しい意味不明な感覚にいきなり襲われる。
わけがわからないよ!? という思考から一転、視線の先を見てすぐに怒りが込み上げた。
「なっ……にすんだよバカ兄っ! 苦しいから離せっての!」
「あ? あぁ。わりーわりー。……今は十六の刻か」
そう言うとレオンは、ぱっと掴んでいた時計から手を放す。
そのままドサッと寝床に弟をリリースすると、レオンは気にせずフリーダーと会話を続けた。
「だいぶ寝ちまってたんだなー」
「少しはゆっくり休めたかい?」
「おかげさまでな。こんなに快適な移動手段があるなんて、本当に助かったよ」
「はっはっは! それは良かった!」
「……兄さんのせいで目覚めはサイテーだけどね」
嫌味たっぷりに両手を上げて言うリオンに「どの口が言うんだっての!」とレオンはすかさず反撃する。
ただし、自覚がない弟は「は? 何のこと?」と、心底不機嫌そうに言うのだが。
兄弟がまたもやケンカしそうな雰囲気をチラつかせていると。
その声で、少女がぱちっと目を覚ます。
「ふたりとも、起きてたんだぁ? おはよぉ~……」
むくっとフィトが起き上がると、兄弟は互いに怒っていた事も忘れて少女の方に振り向く。フィトはまだ眠たそうに片目をこすっている。
そんな黒髪少女の寝起き姿に、兄弟はきゅんとしてしまう。
「「お、おはよう……」」と、どもりながらも声をそろえて言った。ドキドキしている事を知られないように、精一杯平静を装っているようだ。
そんな心配をしなくても、フィトはその事に全くもって気付かない。分かりやすいふたりの好意に気付かない時点で、フィトの鈍感さは折り紙付きといえよう。
もっとも、愛だの恋だのという色恋沙汰とは縁のない暮らしをしてきたので、仕方ないといえばそうなのだが。
「三人とも、目が覚めたようだね。レオン君に話したが、もうそろそろクレーヴェルに到着するよ」
「いつの間にかそんなに進んでたんだね!?」
「ね! よく寝ちゃってたから、あっという間だったよぉ」
馬車の窓からまわりを見渡してリオンとフィトはそう言う。
クレーヴェルはどんなところなんだろう、とわくわくしている三人に「……ごらん。もうローレル山脈が見えているよ」と、フリーダーは先の景色を指さした。
三人は、初めて見る壮大な山々に息をのむ。山の麓には川が流れており、なんとも清々しく雄大な景観だ。
「……到着まであと二十分といったところだろう。忘れ物をしないように、気を付けておくれ。あぁ、お団子の包みは置いていっていいからね」
最後まで紳士なフリーダーの気遣いに、三人は「ありがとうございます!」と、声をそろえて言った。
間もなく到着する新しい土地への期待を乗せ、蹄の音を響かせて馬車は一行を運んでいくのであった。




