第四話・馬車に揺られて(2)
「またしばらく、このだだっ広い草原を見ながら進んで行くんだな」
「そうだね! リリー・オブ・ザ・バレーやグラシナの景色もすごく綺麗だったけど、やっぱり私はこの草原を見てると一番落ち着くなぁ」
感慨深く、そう言葉をもらすフィト。
フィトは、自分が生まれ育ったこの景色が本当に大好きなようだ。
「見慣れた景色って、やっぱりそう思うものだよな。俺たちも冥界と魔界に帰ったら、こんな風に感じるんかなー?」
「どうだろうねぇ? 帰って来たなぁ~とは思うかもしれないけど……こう、僕たちの故郷ってさぁ、地上と違って感動するような美しさはないからねぇ……」
「それもそうなんだよなぁ。……んんー。俺たちの故郷に対する心持ちって、こんなモンってことかぁ?」
自分たちの故郷である冥界と魔界。
狭く変化のない世界は、いま思えば酷く退屈なものだ。
暗い空間で毎日毎日、同じことを繰り返して数日前まで生きてきた。
それに比べて、地上のなんと美しい事か。
冥界と魔界に愛着がないわけではない。
あまり考えないようにはしているが、故郷の仲間たちの事が気がかりでならないのだ。何か起きてやしないか、無事でいてくれているのか。
ただ、フィトのように思いを馳せた事はないなぁ、と兄弟は思うのである。
思い入れがないわけではないのだが、これは感性の違いなのだろうか。
そんな風に考え込む兄弟に、明るく少女は言う。
「そんなことないんじゃないかなぁ? きっと帰ったら、やっぱり落ち着くかもー! って思うと思うよ! いまは懐かしさの実感が湧かないだけだよ!」
「そう、なのかなぁ~?」
「うん! きっとそうだよ! ……だって、レオンとリオンが冥界と魔界の仲間のこと、すごく大事に思っているの、私は知ってるもん!」
笑顔でそう話してくれるフィト。
フィトが言うことは、なんとなくだが分かるのだ。
今は地上にいることが楽しすぎて、本当に実感が湧かないだけなのかもしれない。
それに、自分たちの事をフィトがこうして見てくれているのを兄弟は嬉しく思う。
「そうかもね! 今が楽しすぎるから、なのかな!」
「ああ、そうだな」
フィトの言葉に頷く兄弟。
この兄弟の良い所は、楽観的で深く悩まない所なのだ。
ウジウジ悩むくらいなら行動する! と師範からもケツを叩かれて育ってきた。
冥界の門番たるもの思慮深くあれ、という教えを受けた二面性も持ち合わせている。
ただし、能天気な性格は根っからのものなのだが。
***
満腹で話し込んでいると、フィトはふわぁ……と、大きなあくびをした。
寝馬車のフカフカベッドと心地よい揺れに、うとうとし始めたようだ。
「とりあえず、少し休むか。クレーヴェルに着いたらすぐに動かないといけないからな」
「うん……私、眠たくなってきちゃったぁ……おやすみなさーい……」
「ああ。おやすみ、フィト」
「フィト、おやすみ~!」
ごろんと寝転ぶと、フィトはそのまま深い眠りの世界へと落ちていった。
よほど疲れていたのだろう。おやすみ三秒。すぅすぅと寝息を立てている。
可愛らしいフィトの寝顔を見て、犬耳兄弟はきゅぅぅーっとする胸を抑えつけた。
無防備に安心しきっている寝顔の、なんとかわいいことか。
少女の寝顔にこっそり癒された兄弟は、脳内フォルダにその姿を保存した。
脳内盗撮兄弟は、ほっこりと顔を緩ませながら横になる。
そのまま目を閉じて眠ろうとする兄に、リオンは何か思う事があるようで小声で話しかけた。
「……この草原を見てると、どこかノスタルジックな気持ちになるんだよねぇ。何だか不思議なんだけどさ、兄さんもそう思わない?」
「ああ。なんとなく、わかるよ」
「やっぱり? なんて言ったらいいのかはわかんないんだけどさぁ。こういうの、田舎っぽさっていうの? 田舎っぽい雰囲気? どこか懐かしくなっちゃう感じ」
「俺も上手く言えないけど、そういうのってあるよな。ここに来たばっかりの時はそんな事思いもしなかったんだけどなー。さっきのフィトの話を聞いて、ちょっと考えさせられたよ。風のにおいとか、草木のにおいとか……謎の懐かしさを感じるんだよなぁ……」
リオンの話に同意を示しつつ、レオンはこういう風に感じるのって何なんだ? と頭を捻る。
少し考えた末。レオンは閃いたように、ピンと指を鳴らした。
「そうだ! アレだよ、アレ! 風情っていうんじゃないか? 地上の風情!」
「地上の風情かぁ……なるほどね! それはなかなかしっくりくるかも! 兄さんも、たまにはいい事言うじゃないか!」
「あぁ!? やかましいわ!」
レオンは弟を睨みつけると、額にビシッとデコピンを喰らわす。
「乱暴なバカ兄め……!」と、涙目で歯を噛みながら、フィトが起きないようにリオンは声を抑えて痛みにもがいた。
そんな弟を無視し、レオンはずっと気になっていたことを口にする。
「なぁ。そういえばさ……ラシーヌさんってちょっと変じゃなかったか?」
「僕も思った。あの人、どこか怪しかったよねぇ」
「やっぱそうだよな? 勘が鋭すぎるっていうか、タイミング良すぎるっていうか……」
「うん。僕たちの正体を知ってるかのような口ぶりの時もあったしさぁ。言動もそうだし、僕たちの行動を常に見てるというか……考えたくはないけど、監視されてたんじゃないかと思ったりしてたんだよねぇ」
思えば、いつもいつもラシーヌはタイミングが良すぎるほど神出鬼没だった。
土の祭壇でばったり鉢合わせた事や、グラシナに戻った朝の出来事。
そして、自分たちの正体を知っているかのような口ぶりや、魔法という言葉に対しての過剰反応。
一旦怪しいと思ってしまうと、どこまでも深読みしてしまうものだ。それこそ、上げれば上げるほどキリがない。
「でもそれだと、ラシーヌさんの目的って一体何なんだ? そんな事を知って何になるってんだよ?」
「それは僕もわからないよ。奴らの仲間って線も考えたりしてたんだけどさ……」
「その可能性、なくはないかもな……」
「でも、あの人どっからどう見ても人間なんだよねぇ」
「ああ。魔力も感じなければ、ちゃんと人間の気配もするしな。そう考えると、含むところがあっても不審に思うのは見当違いなのか……」
ラシーヌは自分たちに「一体何者なのか」と、問うてきた。
では逆に、ラシーヌこそ一体何者なのか。
兄弟は考えを巡らせたが、どうにもこうにも分からないことだらけだ。
またいつもの分からないコースに辿り着いてしまったので、レオンはぽりぽりと頭をかいて天を仰ぐ。
「……まぁ、よくわかんねーのに疑い過ぎるのも良くないよな。せっかく良くしてくれたんだしさ」
「兄さんは人が好過ぎる時があるからなぁ~。優しいのはいい事だけど、そんなんじゃいつか後ろから刺されるよ?」
「俺だって、疑いの心はいつも持ち合わせてるっての。……それに、師匠も言ってただろ? 信念を持てって。疑ってかかるのは大切な予防線だ。疑ってかかるから初めて見える真実だってある。だけど、疑ってばかりじゃ自分ってモンを見失うんだぞ。そしたらいつか、疑心的な自分しかいなくなっちまう。疑うことを裏付ける証拠も今はないわけだし、今はグラシナ楽しかった! みんないい人だった! でいいんじゃね?」
そう言って、ふっと笑う兄。
何かを言おうとしたリオンの言葉を遮るように、レオンはこう続ける。
「……まぁ、俺の背後には必ずお前がいてくれるんだから、刺される心配なんてねーけどな」
「ま、またそんな甘いこと言って! お団子の糖分で脳みそ溶けちゃったんじゃないの!?」
「あぁ? ほんっとに可愛くねーな!」
「別に兄さんに可愛がってもらわなくていいし! 僕はもう寝るよ、おやすみっ!」
兄に背を向けて頭まですっぽりと毛布をかぶるリオン。
いきなり調子狂うこと言うなよな、バカ兄! とぼやきつつも、本当はレオンに言われたことを嬉しく思っているのだ。
ひねくれた面と素直な面を持ち合わせた弟は、昔から思ったことはズバズバと言う正直者だ。
褒め言葉や人の厚意は素直に受け取っても、相手を冷静に見極める。自分の感情に素直に行動しつつ、相手を図る事と計算を常に欠かさないのである。
ただし、兄のレオンに対してだけは違った。
小言や憎まれ口は叩いても、リオンはレオンの事は絶対的に信頼している。
言いたい放題けなしていても、心の底では兄として一目置いているのだ。
そんなことは絶対に言わない所が、兄に対して素直じゃないリオンなのだが。
「……まったく、素直じゃねーなぁ」と、いつの日か弟が言っていたセリフをボソッとつぶやくレオン。
対照的に見えて似た者兄弟なふたりは、互いに背を向けつつ静かに眠りにつくのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
グラシナ編も終わり、次は三つめの村・クレーヴェル編に突入です。
おかげさまで、小説の総文字数が20万文字を突破致しました!
ブクマも2桁になり、評価ポイントも付き始めて本当に嬉しい限りです!
いつも応援してくださる皆様! 読者の皆様! 本当にありがとうございます!
そして、今回が2018年最後の投稿になります!
数ある物語の中からアルティメット エンドを見つけて下さり、本当にありがとうございます!
来年も頑張っていきますので、よろしくお願い致します!(ぺこり)




