第四話・馬車に揺られて(1)
三人を乗せて出発した寝馬車は、ひづめの音をパッカパッカと響かせて進む。
見送ってくれた友人たちの姿とグラシナの街はすっかり見えなくなり、いよいよ茶褐色の大地を抜けようとしていた。
少し先に広がる雄大な草原が、グラシナから離れていく事をひしひしと感じさせる。
「……もう、見えなくなっちゃったね」
フィトは寂しそうに、ぽつりとつぶやく。
風になびく長い黒髪を手で押さえながら、窓の外をいつまでも少女は見つめている。
「最後まで見送ってくれるなんて、グラシナの人たちは本当にいい人ばっかりだったねぇ」
「そうだな。俺もそう思うよ」
「お金に関しての抜け目はないけどねぇ~。大した経済観念だよ」
「俺たちより鼻が利くんじゃね?」
「あはは! それ、言えてるかも! ある意味ね!」
「レオンとリオンったら、お世話になったのに失礼だよぉ!」
「えぇ~? だって悪徳商法も見ちゃったんだよ? ゴリゴリにがめついって!」
三人はそんな話をしながら、肩を揺らして笑い合った。
今頃、ゴリゴリで悪徳商法な二人は、大きなくしゃみをしているだろう。
冗談話で元気になったフィトを見て、兄弟はそっと声をかける。
「約束を果たす為にも、必ずここに戻って来ような」
「まずは、樹の大精霊の救出だね!」
「うんっ!」
ぐっと拳を握り、三人は頷き合う。
カリストを封印した奴らは、一体どこに身を潜めているのだろうか。
クレーヴェルに着いたら、すぐにでもダフネのいるローレル山脈に向かわなくては。
気合を入れる話をした後。フィトはそうだ! と何か思い出したようで、話題を変える。
「ねぇねぇ! トロンさんがくれたラムレーズン団子、食べようよ!」
「そうだねぇ! 食べよう食べよう!」
「どんな味がするのか怖ぇけど、腹減ったしな……」
レオンはそう言うと、トロンが手土産に、と持たせてくれたラムレーズン団子の包みを開ける。
串に団子が三個刺さった、見慣れた団子の形状。
その団子には、ラムレーズンの入った滑らかなこしあんがたっぷりとのっていた。
団子にもラムレーズンが練り込まれているようで、団子から飛び出すようにラムレーズンが入っている。
「おいしそー! ラムレーズンたっぷり!」
「ほんとだ~! あっ! 二種類味があるみたいだねぇ! ……こっちは蜂蜜みたらし味だって!」
「レオンは蜂蜜好きって言ってたよね! はいっ!」
「お、おう……」
フィトに言われるがまま、蜂蜜みたらし味のラムレーズン団子を受け取るレオン。
蜂蜜は確かに大好物だが、食への恐れは拭われないわけで。
一方のフィトとリオンは、こしあんの団子を手に取ってワクワクとした表情を浮かべている。
「「それじゃあ、いっただっきまーす!」」
フィトとリオンは、ためらいなくラムレーズン団子を口に運ぶ。
レオンはその様子を見て、ゴクッと喉を鳴らした。
人が食べるのを見てから食べようなどと、毒見を考える兄の潔悪さといったら。
本当に美味いのか……? と、怪しげな顔で二人が食すのを伺っている。
「ナニコレ!? おいしいねっ!?」
「うん! これ、すっごく美味しいよ! 以外に合い過ぎな組み合わせかも!」
フィトとリオンは、あまりのおいしさに感動してぱあああっと目を輝かせた。
よほどおいしかったのか、夢中で団子を食べ続けている。
それを見ていたレオンは、二人がそこまで美味しいと言うなら……と、おっかなびっくり団子を食べ始める。
「……はむっ。……むぐむぐ。こ……これはっ……!? 蜂蜜とみたらしの、あまじょっぱい絶妙なハーモニー……! そこにラムレーズンの、ほのかなブランデーの香りと甘みが……!」
レオンの大げさすぎる食レポに、若干引き気味のリオン。
何コイツ。頭悪そー。と言わんばかりの目線を送りつけている。
レオンは冒険心こそなくて進んで手を伸ばさなかったが、かなりの甘党なのだ。
味が心にヒットしすぎて、テンションがブチ上がりしてしまったのだろう。
いつになく高まってしまったレオンは、恥ずかし気に無言でうつむいた。
「蜂蜜みたらし味、そんなにおいしいんだぁ! 私も食べよーっと!」
フィトはそう言うと、無邪気に二本目に手を伸ばす。
何も気にする事無く、レオンの食レポを真摯に受け止めたようだ。
ご満悦に蜂蜜みたらし味を「うまうま!」と、モグモグしている。
それに対し。耳まで真っ赤になる兄の事を見て、ニンマリとするリオン。
弟はゲンキンな兄のことを、つつきまわす気でいるようだ。
動揺している今がさらにチャンス! と、ここぞとばかりに面白がって突撃する。
「なんだよ兄さん~。僕とフィトに毒見させたお団子、そんなに美味しかった~?」
「毒見って! お前、人聞きの悪い事言うなっての!」
「ええ~? だってそうでしょ? 兄さんが様子見してるの、僕が気付かないとでも思った?」
「うぐっ……!」
「まったく、だからヒヨ兄なんだよぉ。あー、お団子おいしっ!」
横目でレオンを見ながら、ペロリと唇を舐めてあざ笑うリオン。
言い負かされて悔しいが、今回ばかりはぐぅの音も出ない。
こんのクソペロリストが! と、反論できないレオンは心の中で吠えた。
兄弟が幼稚なやりとりをしている中。
フィトは「にゅんちゃんも、お団子食べる?」と、リオンの白蛇に話しかけていた。
性格のひん曲がった主人を無視し、白蛇はのほほんと少女と団子を食すのであった。
***
三人がラムレーズン団子を食べ終える頃。
草原に続く長い道を馬車は走り始めていた。
グラスランドの由来となっている、豊かな草原が三人の視界いっぱいに広がる。
寝馬車でくつろぐ三人に、操縦席のフリーダーが声をかける。
「君たちはこの道が、草原の道――グラス・ロードと呼ばれているのを知っているかい?」
「この道、名前がついてたんですか!? ぜんぜん知らなかったです!」
そう答えたフィトに合わせ、ブンブンと首を振る兄弟。
フリーダーはそれを聞いて、草原の道――グラス・ロードについて語ってくれる。
「……では、旅の知識として聞いてくれたまえ。グラス・ロードはね、私たちの先祖――昔の人間がつくったものなんだよ。この道は、古代からの交易路と言われていてね。グラスランドの街や村、すべてを繋ぐルートになっているんだ。この道は歴史的にも重要な役割を果たしていてね、文化交流や商人の運搬路としても利用されているんだ。……今から行くクレーヴェルはローレル山脈という山のふもとに造られた村なんだが、そのローレル山脈の向こう側にもずっと、この道は続いているんだよ」
フリーダーの語りを聞いて、興味深く頷いて見せる三人。
こうして色々な話を聞くと、自分の住んでいる世界なのに知らない事ばっかりだなぁ、とフィトは思うのである。
リオンはふと、首にかかった懐中時計を見た。時計は間もなく十の刻を指そうとしている。
そういえばクレーヴェルには何時に着くんだろう、と考えていたのだ。
「フリーダーさん。グラシナからクレーヴェルまで、だいたいどれ位かかるんですか?」
「だいたい、馬車で丸一日ってところだなぁ。時間で言うと七、八時間はかかるよ。距離が六十キロはあるからね」
「……となると、クレーヴェルに着くのは早くて十七の刻って事かぁ。ラシーヌさんの言う通りだねぇ」
「そうそう。まだまだ先は長いからね、ゆっくりしたまえよ」
フリーダーはにこやかにそう言うと、再び前を向く。
何の障害物もない平坦な道だが、よそ見は禁物である。
「てゆーか、六十キロ!? っていうと……ガルデニアからグラシナまでの、倍の距離ってことになるね!?」
「さすがに六十キロは歩きたくねーな……」
「ウマーンに感謝だねっ!」
それぞれに感想をもらすと、一同は旅の大変さを改めて実感するのであった。
本当にお馬さんは偉大な生き物だ、とも。




