第三話・また会う日まで(4)
そんな時。用事を終えたラシーヌが「待たせたわね!」と、ひょっこり現れた。
「ほらほら! ぼーっと突っ立ってないで早く乗りなさいな! 急ぐんでしょう! それに、駅馬車と辻馬車が混雑しちゃうわよ!」
ラシーヌの声で我に返った能天気三人組は、やっとこさ寝馬車に乗り込んだ。
いよいよ出発の時。操縦席にフリーダーが座ると、ラシーヌは寝馬車の窓から顔を出す三人に声をかける。
「あんたたち。くれぐれも旅先では気を付けなさいよ。ここみたいに、いい人ばっかりじゃない所だってあるんだからね」
「うんっ! ラシーヌさんに教えてもらった交渉術で、私、やってみせるよ!」
「フィト。あんたは、またそんな変な意気込みしちゃって。少しは肩の力を抜いて、楽にいきなさいね」
「えへへ。……うん、ありがとう!」
ラシーヌはフィトを妹のようになでなですると、ふっと笑顔を浮かべた。
姉妹のような微笑ましいやり取りの後、リオンもラシーヌにお礼を言う。
「ラシーヌさん、いろいろありがとう! 案内してくれて、ほんとに助かったよぉ!」
「リオン。あんたが素直にそう言うと、まーた何か企んでるんじゃないかと思っちゃうわね」
「えぇ~? やだなぁ、僕はいつだって素直だよ?」
ヘラヘラと笑顔を浮かべるリオンに、はぁ、と苦笑いするラシーヌ。
まぁ、ひねくれてるような事言ったりするけど、フィトに対しては真っ直ぐなのよね、この子は。……と、ラシーヌは思う。
リオン自身が自覚してやっているのか、それとも無自覚に毒が抜かれているのか。
どちらにせよ、愛の力は偉大ねーなどと、ラシーヌはまたニヤニヤとした。
そんな中。レオンは戻って来ないトロンを気にかけていた。
出発間近になっても姿が見えないので、さすがに心配になってきたようだ。
「なぁ、トロンはどこ行っちまったんだ?」
「そういえば、トロンさんまだ戻って来ないね? どうしちゃったの?」
「腹痛が重症なのかなぁ~?」
キョロキョロと辺りを見回す三人に、ラシーヌはフフッと笑顔を見せる。
そして「……ほら、噂をすればなんとやらーってね」と、クイっと顎でその方角を指した。
のそのそと、歩いて戻って来たトロン。
「あんた、少しは急ぎなさいよ!」と最後までラシーヌにどつかれ、トロンは大いにダメージを受けた。
「いてぇな! 並んでたんだから、しょーがねぇだろ!」
「走って戻ってくればよかったじゃないの。あんたは今日からノロンよ、ノ・ロ・ン!」
悪態をつきながら、ラシーヌはまたもや変なあだ名をつけ始める。
やっていることが犬耳兄弟の弟とまるっきり同じだ。
両者は自覚がないようで、全くもって気にしていない様子なのだが。
どつかれた腹を擦りながら、トロンは手に持っていたものを三人に差し出す。
「ん!」と、ぶっきらぼうに片手でそれを押し付ける。
「これって……」
トロンが差し出したのは――グラシナ名物・ラムレーズン団子だった。
三人が足を止めて見ていたことに気付いていたのだろう。気を利かせて買ってきてくれたらしい。
レオンはふっと笑って、トロンの手から贈り物を受け取る。
「……トロン、ありがとな。わざわざ買って来てくれたのか」
「あぁー、なんだ、その……物珍しそうに見てたからよ。……お前ら、朝メシもまだだったろ? 手土産に、それでも食っとけ!」
気恥ずかしそうに、がしがしと頭をかくトロン。
本当はガラじゃねぇんだよ、こういうのはよ……と、ぶつくさ呟いている。
「わぁーっ! ラムレーズン団子! トロンさん、どうもありがとうっ!」
「めっちゃ気になってたから超嬉しいやぁ! 遠慮なく頂くよ! ありがと~!」
「団子もそうだけど、いろいろ世話になったよ。トロン、サンキューな」
レオンはそう言うと、右手を差し出す。
その手をがしっと掴み、トロンは照れくさそうに言葉を返す。
「よせよ。またグラシナに来たら、いつでも部屋は用意するぜ。もちろん、タダじゃねぇけどな」
「最後までガメついなぁ、お前ってやつは!」
そう言って笑い合い、レオンとトロンは互いに手を離した。
この二人はどこかウマが合うようで、一番打ち解けていたように感じられる。きっと、何か通ずるものがあるのだろう。自覚があるのかは分からないが。
ラシーヌもそんなやり取りを見て、楽しそうに笑顔を見せるのだった。
「あんたたち、クレーヴェルに着いたら『ピノ・ノワール・ファーム』っていう所を尋ねるといいわ。そこにいるノエルって子に、これを渡してね。紹介状をしたためておいたから、クレーヴェルの事をいろいろ教えてくれると思うわ」
ラシーヌはそう言うと、紹介状の入ったリリーの花柄の封筒を三人に手渡してくれた。
三人組は、ふおおお……と、受け取った封筒を見て感心する。
「さすがはグラシナ一番の案内人だな! ラシーヌさん、ありがとう! 助かるよ!」
「フフフ。これくらいは当然よ。……ああ、そうそう。寝馬車の代金は、フリーダーに直接渡してね!」
「……ラシーヌは、フリーダーとクレーヴェルのノエルからも、しっかり紹介金を取る気だからな。……まぁ、ちゃっかり商売してんだ。気にすんな」
「それこそ当然よ! 報酬はちゃーんと! 頂くわよ!」
情に厚いが、金にガメつい街――グラシナ。
三人の心の中には、最後の最後に、こうキャッチフレーズがつくのであった。
***
「それじゃ! あんたたち、元気でね! また一緒にお酒飲みましょ!」
「またな! 風邪ひくなよ!」
ラシーヌとトロンに見送られ、三人は笑顔で手を振る。
「ラシーヌさん、トロンさんっ! ありがとうっ!」
「二人もお元気でー!」
「じゃーな! 今度ここに来た時は、ゆっくりグラシナを案内してくれよな!」
寂しさを感じながらも、それぞれ笑顔で言葉を交わし合った。
フリーダーは優しくその様子を見届けると「それじゃあ、出発するよ!」と声をかけ、ウマーンに合図をした。
ひときわ大きな声でウマーンが鳴き声を上げ、三人の乗った寝馬車はクレーヴェルに向かって走り出す。
別れた両者は、ずっとその姿を見つめていた。
互いの姿が、見えなくなるまで。




