第三話・また会う日まで(1)
「あんたたち! こっちよー!」
手招きするラシーヌの後に続き、一行は通路を歩いて外を目指す。
そんな中。前を歩くラシーヌとトロンに聞こえないように、フィトはこっそり話をする。
(……ねぇねぇ! さっきの、ふきょくせき……だっけ? あれって、やっぱり魔法の力なの?)
フィトがそう口走った途端。ラシーヌがピクッと反応する。
レオンとリオンは、魔法という言葉に過敏に反応したラシーヌを見逃さなかった。
やはり、ラシーヌはどこか怪しい。
にしても、こそこそ話を聞き取ってしまうラシーヌの地獄耳スキルの高さといったら。
ただ、反応はしていても、こちらに干渉しようとする様子はない。
探りを入れるように、あえて兄弟はフィトの話に乗ることにした。
(……フィト。それを言うなら、浮力石でしょ~?)
(……あれっ? そうだっけ? えへへ)
(……もう~可愛いなぁ、フィトは!)
フィトのぬっけぬけの発言に、デレデレのリオン。
恥ずかしそうに頭をかくフィトを見て、レオンもキュンとハートを射貫かれる。
ただし、ストレートな弟と違い、可愛いなんて言葉はとても言えないのだが。
(……さっきの浮力石だけど、あれは間違いなくマジックアイテムだね)
(……やっぱりそうだったんだ!)
(……ああ。しかも、かなり珍しいモンだよな)
(……うん、そうだね。浮力石はね、なかなか手に入らないレアものなんだよ)
(……へえぇ~! そんなレア水晶玉をお目にかかれるなんてっ!)
楽しそうにわくわくと話すフィト。
碧色の瞳はキラキラと、星が瞬くように輝いている。
ひそひそと話しながら歩いていると。
坑道の出口に差し込む陽の光が、眩しく一行を照らし始める。
どうやらここが坑道の出口らしい。
行き来する人とぶつからないように、身を寄せて進んで行く。
ラシーヌは振り返り「さぁ、坑道を抜けるわよ。長い道のりお疲れさまね」と、笑顔で声をかけてくれた。
***
坑道を抜け、太陽が照らす平地に辿り着いた一行。
眩しい光に目を細めながら、胸いっぱいに外の空気を吸い込む。
すると。そこに広がった景色に、三人は目を丸く見開いた。
三人の目に飛び込んできたのは――たくさんの人々が行き交う、グラシナの流通地点だった。
そこには、たくさんのカラフルな馬車や、馬の世話をするための厩舎が見える。
他の街との物資のやりとり――物流だけでなく、旅行者や商人なども多く訪れているようだ。
また、市場が開かれており、お土産やグラシナの特産品、雑貨なども取引されている。
「わぁ!? なにここ!?」
「なんだかおもしれーモンがいっぱいあるなー!」
「可愛い馬車がいっぱい! お馬さん、たくさんいるんだね!」
三人は辺りを見回しながら、口々に感想を漏らす。
レオンとリオンは初めて見る馬車に、かなり興奮しているようだ。
馬車のことは冥界の本で読んで知っていたが、実際に見るのは初めてなのだ。
特に好奇心旺盛なリオンは、今すぐに馬車をいろんな角度から観察したい衝動に駆られていた。
うずうず、そわそわと落ち着きがまるでない。
まるで食べ物を目の前にした飼い犬のようだ。
テンション高らかな三人を見て、ラシーヌとトロンはふっと笑みをこぼす。
「さっそくだけど、予約してきた寝馬車に向かうわよ。駅馬車と辻馬車が出発する時間の兼ね合いもあるし、出来るなら早く出ちゃったほうがいいわ」
ラシーヌはそう言うと、早足で歩き出す。
馬車事情はよくわからないが、いろいろあるようだ。
一行はそのままラシーヌについて行く。
「やっぱり外はいいねぇ~! 地下の坑道もわくわくしたけど、太陽の光と風が気持ちいいやぁ~!」
「んー! 清々しいなー!」
リオンとレオンは両手を広げ、気持ちよさそうにのびをしている。
そんな中。フィトはひとり、物思いにふけっていた。
自分の足で踏み出した、外の世界。
グラシナは、フィトが旅で訪れた最初の街だ。
フィトの中で、だいぶ思い入れが強くなっていたのだろう。
来た方角を振り返り、茶褐色の山岳で見えなくなったグラシナの街に思いを馳せる。
ここで出会った人達のこと。
仲良くなり、世話になったラシーヌ、トロン、アルベロ。
みんな気のいい人たちばかりで、一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。
美しく神秘的だが、明るくおちゃめな土の精霊たちとの出会い。
封印されてしまったカリストを救うため、必ずここに戻って来る約束を交わした。
何としてでも奴らの思惑を突き止め、精霊たちを助け出さなければ。
そして、盗賊や狼に襲われた時。
レオンとリオンが護ってくれたこと。
あの時、ふたりがたくさんの事を教えてくれた。気付かせてくれた。
思えば、誰かに怒られることはたくさんあったが、こんな風に自分の為に感情をまるごとぶつけて叱ってくれる人なんていなかったのだ。
記憶に残っている限り、自分を思って叱ってくれた人物は兄くらいだろう。
フィトの中で、レオンとリオンの存在は大きなものになっていた。
もとより、心の支えとなってくれていたことに変わりはないが、冥界に会いに行っていた時とは違う。
自分を思ってくれる人がいるという事はこんなにも幸せで、嬉しい事だったんだなぁ、とフィトはしみじみと思う。
ふたりと一緒に過ごす時間は、心が弾むくらい楽しくて、あっという間で。
願わくば、こんな時がずっと続けばいいのに……と、思ってしまうのだ。
「……私たち、さっきまでこの山岳の中にいたんだよね。この先には渓谷があって、あんなに綺麗なグラシナの街があって。……こうして振り返ると、全部夢のように感じちゃうの。昨日の出来事も、楽しかった時間も。全部現実にあったことなのに、今でも夢を見てるみたい。本当に不思議。……だって、こんなに楽しかったんだもん。なんだか本当に、あっという間だったから……」
寂しそうに、けれどまっすぐにその先を見つめるフィト。
そんな少女の言葉を聞いて、ラシーヌとトロンは感極まった表情を見せる。
短い間だったが、グラシナの住人である二人にとっても、心に残る出会いだったのだろう。
思えば、最初は営業目的でラシーヌは三人に近付いた。
トロンに関しては、宿屋の代金をぼったくろうと目論んでいたほどだ。
その件について、トロンなりに反省はしているようだが。
きっかけはなんにせよ、今ではすっかり友人として三人を迎え入れてくれているのだ。
少なからず、ラシーヌとトロンも三人を見送ることに寂しさを感じているのかもしれない。
なんだかんだ、情に厚い二人なのだ。
「フィト、またグラシナに来るんでしょ? だから、大丈夫だよ。きっとすぐに会えるさ! 必ずまた三人で、この街に来よう!」
フィトの寂しそうな背中を優しく支えながら、リオンは言葉をかけてくれる。
見上げたリオンの顔は、穏やかに少女を見つめていた。
その顔を見て、安心してフィトは笑顔になる。
「ああ、リオンの言う通りだ。またいつでも来ればいい。……それに、これからもきっと、夢みたいに楽しい時間が目まぐるしくやって来る。……たくさんたくさん、一緒に思い出作るんだろ?」
リオンと違って、レオンは恥ずかしそうにそっぽを向いてそう言った。
けれど、レオンがそう言ってくれた事がとても嬉しかった。
月明かりの夜にフィトがレオンに言った言葉を、こうして覚えていて返してくれたのだ。
照れているレオンを見て、レオンはほんと、照れ屋さん! と、くすっと少女は笑う。
「……えへへ。ちょっと寂しくなっちゃった。でも、もうへーき! ふたりとも、ありがとう!」
そう言って、フィトはとびきりの笑顔を見せる。
まだまだ旅は始まったばかりなのだ。立ち止まってなどいられない。
こんな風に寂しさが込み上げる時もあるけれど、ふたりと一緒なら大丈夫。
フィトは心の中で、そう思うのであった。




