第一話・帰還会見(2)
「……さてと。話を進めるわね。疲れてるあんたたちを特別に、寝ながらクレーヴェルまで連れて行ってあげるわ」
「はえ?」
ラシーヌの突拍子もない発言に、三人は間の抜けた声を発した。
いま、寝ながらクレーヴェルまで連れて行く、と言わなかっただろうか。
寝ながら移動するなんて、魔法でも使わなければ不可能だ。
目が点になる三人に、ラシーヌは紫色の髪をかき上げながら説明する。
「寝馬車ってものがあってね。その名の通り、寝ながら移動できるのよ。今すぐ出発すれば、夕方にはクレーヴェルに着けると思うわ」
あまりにも浮世離れした話しに、思考が追い付かない面々。
ラシーヌはそのまま話を続ける。
「寝馬車は数少ないし、普通は使う人も滅多にいないから予約制なのよ。でも今回は、あんたたちの為に特別に話をつけてきてあげる! 交渉成功率は百パーセントだから安心してよね! ……そのかわり、報酬は弾んでもらうわよ?」
そう言ってウインクを飛ばすと、ラシーヌはこちらの返事も聞かずに飛び出して行ってしまった。
「ええええー? 大丈夫か? アレ……」
「うーん……。僕もちょっと不安だけど、休みながらクレーヴェルに行けるのはいいよねぇ。てか、寝馬車ってなになに!? めっちゃ興味なんだけど!?」
ハフハフと興奮するリオン。
寝馬車という未知のモノに、リオンの好奇心は掻き立てられてしまったようだ。
そんな中。
フィトは睡魔が襲ってきたようで、ぽけーっと突っ立っていた。
目をこすっては、うつらうつら、眠たそうにしている。
「フィト、大丈夫か?」
「疲れたんだよね。寝てないんだもん……」
レオンとリオンは門番という交代制の不規則な生活をしてきたため、気力と体力には自信があった。
疲れはあるものの、動けないほどではない。
しかしフィトは、いままでずっと規則的な生活を続けてきたはずだ。
昨日散々歩き通し、慣れない土地でいろいろな出来事に見舞われた。
そのうえ休んでいないとなると、限界が来るのも無理はないだろう。
「えへへ。心配かけて、ごめんねぇ。私、もっとたくましくならないと、だねぇ……」
「フィト、気にすんなって。寝馬車ってのに乗ったら少し休めるみたいだし、もうちょっとの辛抱だからな」
「そうそう! 気にすることないよ! それに、寝馬車だよ、寝馬車! 早く見てみたいなあぁ~!」
寝馬車とは一体どんなものなのか、犬耳弟は絶賛妄想中である。
能天気な三人を見て、トロンが忠告をするように声をかけてきた。
「お前ら、覚悟しとけよ? ラシーヌは金の亡者だぞ? いくら取られるか分かったもんじゃねぇからな……。俺のぼったくりなんて非じゃねぇ。とにかく、気を付けるこった……」
トロンの忠告を聞き、ごくりと唾をのむ三人。
自分たちのお金が使える事も分かったし、何とかなるだろうと兄弟は考えた。
それに気を付けろと言われても、時すでに遅し。
もうラシーヌの商売交渉に乗ってしまったのである。
そんな事を考えていると、騒がしく宿屋の扉が開け放たれた。
ラシーヌが息を切らして戻って来たのだ。
「あんたたち、お待たせ! 寝馬車の手配が出来たわよ!」
「なんだ、随分早かったな?」
「まぁね! 私にかかれば、どんな交渉も朝飯前よ!」
そう言って得意気に鼻を鳴らすラシーヌ。
一体どんな手を使ったんだ、とトロンは不穏な表情を浮かべる。
「さ、グズグズしてらんないんでしょ? 行くわよ!」
親指を立て、くいっとドアの後ろを指すラシーヌ。
「あ、ああ。フィト、宿の部屋には荷物はなかったよな?」
「うん、ないよぉ~……」
「僕たちも忘れもの、ないよね」
身の回りを気にする兄弟に、トロンは声をかける。
「部屋には何も置いてなかったぜ。部屋を開け放って出てくなんて物騒すぎるからな。貴重品と忘れ物はないか、確認させてもらったぜ」
「トロン、ありがとな。色々世話になったよ」
「ああ。気ぃ付けて行けよ」
そんな挨拶を交わしていると、ラシーヌはぐいっとトロンの腕を掴む。
「何言ってんのよ。あんたもついて来て見送んのよ、気が利かないわね!」
「あぁ!? 無茶言うなよ! 俺はここで店番すんだよ!」
「いいでしょ、ちょっとくらい! ほら、行くわよ!」
「そんな無茶苦茶な……! 営業妨害だ……!」
ズルズルと引っ張られていくトロン。
いつもなんだかんだラシーヌに付き合う所を見ると、まんざらではないんじゃなかろうか。
兄弟がそんな事を考えながら、うへぇ顔のトロンをぼけっと見ていると。
「あんたたちも! ついて来て!」と、ラシーヌが踵を返して三人に言った。
「フィト、行こう!」
リオンはそう言うとフィトの手を引き、ラシーヌの後に続く。
生意気にも「んべ!」と、振り向きざまに兄に向かって舌を出すリオン。
「兄さん、残念だったね。先手必勝だよ?」
リオンはそう言い残すと、あざ笑うように外に出ていく。
この旅を始めて積極的になって行くレオンを見て、リオンも少なからず焦っているのだ。
冥界にいた時とは違う、目まぐるしいほどの兄の変化。
兄を変えたのは、他でもなくフィトなのだ。
自分だって負けてはいられない。
この先のことなんて分からないけど、いまはまっすぐにフィトを見ていたい。
小さな手のひらをぎゅっと握り、時々振り返りながらリオンは歩いて行く。
弟に先を越されたレオンは、あっけに取られてそれを見つめていた。
ふてぶてしい弟の牽制に、沸々と怒りの感情がこみ上げてくる。
「ぐぬぬぬ……!」と牙を剥きながら、やきもきと後を追うのだった。




