第四話・アーククラウン(1)
大精霊カリストを前に、フィトは石になったその姿をまじまじと見つめた。
そして、語り掛けるように「……お待たせ。来るのが遅くなって、ごめんね」と、声をかける。
カリスト様と呼ばれる、石になってしまった少女。他の精霊たちより装飾品が多めについた、奇抜で派手な衣服に、幼い容姿ながら、大精霊と呼ばれるに相応しい品格と端正な顔立ち――。
全身が灰色の石に変わってしまっても、その神々しさは失われることはなく――、フィトには魔力こそ感じ取れないが、静かな威厳さえ感じさせた。
フィトを追って近くまで来た兄弟と精霊たち。
リオンが大精霊をじっと見つめる黒髪少女に「フィト! あの声、本当にカリスト様で間違いないの!?」と尋ねる。
「うん! 間違いないと思う! いま、話しかけてたところなの!」
『……フィト、お願いよう~! カリスト様を助けてあげて~!』
えぐえぐと泣き喚くロッチャ。同じ気持ちで、ジェムとピエトラも涙を浮かべて頷く。
フィトは「大丈夫! 私に任せて!」と言うと、にっこりと微笑んで見せる。
精霊たちは、祈るようにきゅっと手を組んで、フィトを見守った。
***
フィトはそっと、石になったカリストに触れた。
目を閉じて、精神を集中させる。そしていま一度、耳を澄ませる。
助けを求めていたのは、カリスト様、あなただよね――?
どうか、応えて――!
心の中で、フィトはカリストに語り掛ける。
するとその時――。触れたカリストからじんわりと温かい感覚が流れ込んできて、フィトとカリストの意識が、確かに繋がる――。
カリストに触れて感じたあったかい感覚は、自分をここまで導いた呼ぶ意識と同じものだという事が、フィトにはすぐに分かった。
初めて感じる、不思議な感覚。しかしフィトは、不思議とその感覚に驚かなかった。どこか懐かしいような、心にすっと入ってくるような――。良く分からないが、フィトはすぐにそれを受け止めることが出来た。
そして――温かな意識の波の中。カリストの声が、フィトの耳にだんだんと聞こえてきたのだった。
『……ひっく。えぐっ。たすけて……たすけてぇ……ジェム、ロッチャ、ピエトラぁ……』
フィトの耳に届いたのは――間違いなく、何度も聞いたあの声と同じ、助けを求めていた女の子の声だった。
土の精霊たちの言う通り、カリストは本当に助けを求めて声を上げていたのだ。
フィトはそのまま、自分の声を届けようと声に出して話してみる――。
「カリスト様! 私の声、聞こえる?」
『……ふぇっ!?』
フィトの声は、ようやくカリストに届いたようだ。
カリストの驚いたような、少し裏返った声が返ってきたのだ。そのまま、フィトは続ける――。
「驚かせてごめんね。私、ずっとあなたの……カリスト様の声を聞いていたの!」
『……ふえぇ? 汝は一体……?』
「私は人間のフィト。あなたを助けるために、ここに来たんだよ!」
『……人間に我の声が聞こえるとは!? しかも我、いま石化してるというのに!?』
「信じられないかもしれないけど、聞こえるの。私の能力……といったらいいのかなぁ?」
『……ほぇ~。不思議なこともあるものよのぅ。長く生きてるが、そんな人間初めてじゃ!』
「私、よっぽど珍しい人間みたいだね!」
くすくすとフィトは笑う――。
***
フィトのまわりにいるレオンとリオンにも、精霊たちにもカリストの声は聞こえていなかった。なので聞けるのは、フィトの話し声だけ。
なんとも変な感じだが、フィトが話をしているという事は、無事にカリストと会話が出来ているという事だ。
フィトの声を聞く面々は静かにその様子を見守り、断片的なフィトの話に耳を傾けた――。
***
「ということは、カリスト様が意図的に、私に声を届けていたわけじゃないってこと……?」
『……人間の、フィトといったかの? 我が汝に声を届けたわけではないのじゃ。その……恥ずかしながら、助けを求めて泣き喚いていたものでな……。我があまりに騒ぐものだから、魔力が言霊となって届いてしまったのかもしれん……』
冷静になったカリストは、恥ずかしそうにそう言った。声質の幼さとどこぞの仙人を感じさせる古めかしい口調は、なんともちぐはぐなのだが――。
夢と意識の狭間でカリストの声が聞こえていた時は、断片的な言葉を汲み取る事しか出来なかった。
しかし――。いま聞こえている幼い声質の中に、鈴のような美しい声の響きが凛とした意識として反映されていたのだという事をフィトは感じ取る。
「そんなことってあるんだ!? って、私が言うことでもないか。大精霊様って、すごい力を持ってるんだね!」
『……そうじゃろう、そうじゃろう!? もっと褒めて崇めるがよいぞ!』
ふんす! と偉ぶってカリストはそう言う。
対面して話している訳ではないのに、腰に手を当てて胸を張るようなポーズが容易に目に浮かぶようだ。想像以上に明るいカリストに、思わず少しホッとしてしまうフィト。
「さっき、ジェムたちから話は聞かせてもらったよ。大変だったんだね」
『……そうなんじゃよ! まったく、奴らにはしてやられたわ! 大精霊がついていながら情けない。次に会った時は、土くれにしてくれるわ!』
怒ったり、落ち込んだり、怒ったり――。
カリストは忙しいテンションで話し続ける。
『……ところで、ジェムたちは元気にしとるかの?』
「うん! みんな元気にしてるよ!」
『……そうか! それなら安心じゃな! 少し前は、石になっても目が見えていたんじゃが、今はもう見えなくなってしまってのぅ。弓矢が魔力をだんだん吸い取っているみたいなんじゃ……』
「そうなの!? やっぱり、精霊を封印する弓矢っていうのは本当だったんだ!」
『……うむ。精霊石にも弓矢が刺さっているが、どうやら精霊石には効果はないみたいじゃ。我の魔力だけを吸い取るみたいよの、この忌々しい弓矢は!』
「てことは、やっぱり狙いは大精霊様の力封じってことだよね? どうして奴らはカリスト様を狙ってきたの?」
『……おそらくじゃが、××××××××××××××××××××と思う』
「え!? いま、なんて……?」
なぜだろうか――。話しの肝心な部分が、どうしてか聞き取れなかったのだ。
まるでノイズが走ったような、掻き消されたような、そんな言葉の聞こえ方だった。
フィトは自分が上手く聞き取れなかったのかと思い、カリストに言葉を聞き返す。
『……うーむ。やはり話せないか。フィト、悪いのぅ。いまのはな、聞こえなかったのではなく、聞こえないように細工されているから聞こえなかったんじゃよ』
「それは、どういうこと……?」
「……簡潔に説明すると、我ら精霊には、口封じの魔法がかけられているんじゃ』
「口封じ……? それは、誰が何の目的で……?」
フィトは不思議だった。精霊に口封じの魔法をかけるなど、一体何の為なのだろうか。
何か知られてはいけない事でもあるかのようだ。
『……×××××××××じゃよ』
おそらく、カリストが口封じをしている誰かの名前を発した時――。また言葉にノイズが走る。
術者は、簡単に自身の存在を明かせないようにしているようだ。当然といえば当然だろう、バレてはマズイ事を口封じをするくらいなのだから。
「ううーん、ダメっぽいね。口封じしてる人の名前も、聞き取れなくなってるみたい……」
『……まぁ、そうじゃろうな。まったく、胸糞悪い!』
悔しそうな声で、カリストが言う。
しかし、これはどうしたものか――。
弓矢で射貫かれた理由も、口封じしている誰かの事も聞き出すことが出来ない。
行き詰まりを感じたフィトに、カリストが展望を開く言葉をかける。
『……フィト。汝に、折り入って頼みがあるんじゃが、聞いてくれるかの?』
「もちろん! 私に出来ることなら!」
『……そうか、恩に着るぞ。頼みというのは他でもない、我ら精霊にまつわる事なんじゃが……ここから北に行ったクレーヴェルという村の先に、ローレル山脈という山々があってな。そこに、樹の大精霊ダフネがいるんじゃ』
「樹の大精霊様が……?」
いきなり出てきた樹の大精霊の話しに、頭が追い付かないフィト。
そのまま、カリストの話しに耳を傾ける。
『……実は、次に奴らが狙っているのは、ダフネなのじゃ。しかし、それを他の精霊たちに伝えることも出来なくて困っていたんじゃよ……』
「なるほどね……って、それ早く行かなきゃだよね!? 樹の大精霊様、ピンチだよ!?」
『……うむ。我がそうだったように、いつ襲われるかもわからんからの。……まぁ、他の大精霊は、我が封印された事は気付いておるじゃろ。世界の均衡が崩れる程の出来事だからの。だが、何が原因でそれが起きているのか、犯人が誰なのか、見当もつかないはずじゃ』
「てことは……ダフネ様に、今のお話しを伝えればいいのね!?」
『……ああ、そういうことじゃ。察しが良くて助かるぞ。それに我ら精霊は、自分たちの護っている土地を離れることは出来んからの』
「精霊は、土地を護らないといけないんだもんね。だけど、どうして次にダフネ様が狙われることが分かったの?」
フィトの疑問は最もだった。なぜ奴らが狙う、次のターゲットがわかっているのか。
すると――。フィトの問いかけに対し、よくぞ聞いてくれた! と言わんばかりにカリストは意気揚々と話し出す。
『……それはな! 我を封印しに来た仲間の一人が口を滑らせて、情報を漏らしていったのじゃ! ざまぁないのぅ! マヌケな奴らめ! これは我のだいしょーりじゃあぁっ!』
だーっはっはっは! と笑い声を上げるカリスト。その笑い方は控えめに言って、おやじくさかった。
しかし純粋無垢なフィトは、カリストの炸裂した茶番劇にもノリノリだ。むしろ、カリストがさらに調子に乗るような褒め言葉を投下した。
「情報が掴めたお陰で、ダフネ様を助ける事が出来るかもしれないもんね! カリスト様、お手柄ぁ!」
『……そうじゃろう、そうじゃろう!? もっと褒めぃ! だっはっはぁー!』
この二人は、いわば収集がつかない組み合わせなのだろう。ツッコミ役がいないことが、これほどまでに痛い展開になろうとは――。
蚊帳の外でフィトの声だけを聞く面々は、こいつら何話してんだ状態であろう。
しかし――。この茶番劇が閉幕を迎える時は、刻々と近付いているのだった。その時は、間もなく必然と訪れる――。
カリストがご満悦に笑う中――、二人を繋ぐ意識が唐突に薄れた気がした。カリストはそれが何を意味するのか、すぐに理解する――。
『……フィト。残念ながら、時間がないみたいじゃ』
「えっ!?」
『……魔力を吸い取られているという話を、さっきしたであろ? こうやって汝と意識の中での会話ができるのも、時間の問題のようじゃ』
「そんな……!」
フィトはそれを聞いて、しゅんとする。
しかし――時間がないのであれば、落ち込んでいる暇はないのだ。フィトは暗い気持ちを切り替えなくてはとぶんぶんと首を振り、そのまま言葉を続けた。
「カリストさま、ごめんなさい……」
「おおん? いきなり謝ったりしてどうしたのじゃ?」
「私がもっと早くにここに来ていれば、もう少し力になれたこともあったかもしれないから……」
フィトがそう言うと――、カリストはまるで全てを見通していたかのように心の中で微笑む。
自分が悪いわけではなかろうに、責任感と正義感の強い、優しい子じゃの――と、カリストは感心する。そんなフィトの心を汲むように、土の大精霊は明るく答えた。
『……よいよい。汝がここに来てくれたことで我もだいぶ浮かばれた。汝が謝ることではないぞ? むしろ、感謝している。フィト、礼を言うぞ!』
大精霊の言葉を、フィトは噛み締める。話を聞くだけで何も出来ない自分が不甲斐なくて、悔しくて――。
気持ちが溢れそうなフィトの心を、カリストは感じ取る――。心優しい少女の気持ちを、本当に嬉しく思っているようだ。
フィトは「カリスト様、ありがとう!」と感謝を伝えると、時間がない事を考え、聞きたかった事を口にする。
「それでね、ひとつ相談なんだけど……冥界に行く方法って、ご存じないかなぁ?」
『……冥界とな? 封印される前なら、冥界に空間を繋げることも出来たかもしれんが、こうなってはもう出来んからのぅ……。しかし、どうして冥界なんぞに?』
「私ね、ちょっと前まで冥界に行くことが出来ていたの」
『……なんと! フィト、汝はそんなことも出来るのか!?』
カリストは、心底フィトの不思議な力に驚いているようだ。
フィトの頭に響くカリストの声からも、それは容易に想像できた。
「うん。小さい頃から冥界と地上を、行ったり来たりしててね。実は昨日、冥界に遊びに行った時、怪物のふたりと地上に飛ばされてしまったの。その原因が分からなくて、怪物のふたりも冥界に戻れなくて困ってて……」
『……ふむ、なるほどな。……しかし、ここでも怪物か』
「話は聞いてるよ。本当にカリスト様を射貫いたのは、怪物だったの……?」
『……うむ。おそらく、怪物で間違いない。奴らの顔は見れなかったが、魔力や気配は間違いなく怪物のものじゃったからの』
「そっかぁ……」
大精霊がそう言うということは、間違っていないだろう。
しかし、フィトは希望を捨てないことを決めていた。レオンとリオンにも、そう話したばかりなのだ。
ここはカリストの言葉を受け止め、自分の目で確かめようとフィトは強く思う事にした。




