第二話・琥珀の祭壇(3)
三人が石にされた少女の石――カリストの前で話し込んでいた時。
突如、鋭い岩石の塊が三人に襲い掛かった。
それにいち早く気付いたレオンが咄嗟に同じ岩石の塊を飛ばし、それを相殺する。
粉砕した岩石が舞う土煙の中、フィトは全く状況が分からず「何が起きてるの……!?」と、怯えた声を上げた。
そんなフィトの肩をぐっと抱き寄せ、リオンは周囲に警戒する。
「来るぞ!」
レオンがそう叫ぶと、今度は頭上から巨大な岩石が降ってきた。槍を手に構え、レオンは降ってきた岩石を粉々に叩き砕く。
土煙で視界が悪い上に、相手の姿どころか気配すら掴めない。
せっかちな弟は、攻撃を仕掛けてもなお、姿を見せない相手に対し苛立ちを感じていた様子。
「……鬱陶しいなぁ」
リオンはボソッとつぶやくと、すっと目の前に手をかざした手を勢いよく振り払う。
瞬間、激しい風が巻き起こり、三人の視界を遮る土煙を吹き飛ばした。
視界が開けた一同の目の前。琥珀色の光を纏う者――精霊が姿を現した。
身体から放つ琥珀色の光。背中についた薄い羽根に尖った耳。褐色の肌に、小さい人間のような姿。
精霊たちは、腰に布を巻き付けたような民族衣装に身を包んでいる。足腰や肩が露出したデザインの服には、琥珀色と茶色を基調とした民族柄が施されていた。
精霊たちは、無言で自分たちのまわりに魔力を集め始める。
精霊たちが激しい光を発した直後――。小さかった精霊たちの身体は、三人と同等の人間の等身に値する大きさになる。
それを見て「おっきくなった!?」と、びっくりして目をぱちくりさせるフィト。
神々しいほどの美貌を放つ三人の精霊。敵意を向ける魔力を全身から滲ませるほどに、厳格なオーラを漂わせている。
「攻撃を仕掛けてきたのは、お前たちだな」
「土魔法を使ってるから、そうじゃないかと思ったんだよねぇ」
レオンとリオンの言葉に、精霊たちは答えない。
それどころか、険しい顔つきでキッと三人を睨みつける。
『……あんたたち、怪物ね。どうして人間が混ざっているのかは知らないけど……今はそんな事どうでもいいわ。追い打ちをかけに来るなんて、許せないんだから!』
『……如何なる理由があろうとも、カリスト様には指一本触れさせないのよう!』
『……立ち去らないというのなら、潰すまで……!』
精霊たちは、ビシッと三人に指を突きつけた。
一方的な精霊たちの話しに、理解が追い付かない三人。これはどうしたもんかと、レオンとリオンは困ったように頭をかく。
いつも祈りを捧げてきた精霊に敵意を向けられたフィトは、とても悲しい気持ちでいっぱいだった。どうしてこんな所で、理由も分からずに争わなきゃならないの? よく、わからないよ……と、悲しそうな顔をする。
「何のことだかさっぱりだし、いきなり敵意を向けられてもなぁ?」
「君たち、何か誤解してない? 話せばわかることもあると思うよ?」
「そうだよ! 話せばわかること、あると思う! お互いによく事情も分からないまま、争う事はしたくないよ……!」
三人の説得も虚しく、精霊たちの魔力は怒りで高まっていく。この様子からして、フィトの気持ちや思いも、精霊たちに伝わってはいないだろう。
それに、どうやら話し合える雰囲気ではなさそうだ。
『……問答無用! カリスト様の仇! 覚悟ッ!』
精霊たちの身に纏う光――精霊光が徐々に強くなっていく。
精神を集中させ、精霊三人組は呪文を唱え始める。
「はぁ。何で話が通じないんだかなぁ……」
レオンは頭を抱えてため息をつく。
「兄さん。あいつら精霊魔法を使う気だ。厄介だよ」
「そうだな。……しゃーない、ちと黙らせるか」
「フィト、ちょっと下がっててね! 大丈夫、すぐに終わるから」
リオンがそう言うと、ふたりのまわりを魔力のオーラが包み込む。
フィトは静かに頷くと、言われた通り素早くその場から離れる。少女は広間の端にある支柱の後ろから、両手をきゅっと結んでふたりを見守った。
【……我らが授かりし古の力。大地讃頌の誓いのもとに、我らが敵をこの地から滅せよ――クリスタル・ブレイク!】
精霊たちが、呪文を唱え終えた時。
地面から無数の巨大なクリスタルが突き出し、レオンとリオンのまわりを取り囲んだ。
「魔法対決ってやつ? ちょっとワクワクしちゃう!」
「おいおい、遊びじゃないんだぜ? さっさとカタをつけんぞ!」
「わかってるよ」と言いつつ、楽しそうなリオン。冥界の門番を担う二人は、ざわざわと血をたぎらせる。
朱色の眼光と山吹色の眼光が、精霊たちをじっと見据える。ローブが宙に舞い上がると、ふたりは呪文の詠唱を始めた。
『……魔法対決? ワクワク? ふざけた事を!』
真ん中にいたお団子頭の精霊――ジェムが、眉間にしわを寄せて唸る。
その直後『……果てなさい!』と、パチンと指を鳴らした。
――すると。
ふたりを取り囲んでいたクリスタルの柱が、一斉に砕け散った。鋭いクリスタルの破片が、ふたりを突き刺そうと勢いよく向かって来る。
リオンはクリスタルの破片をちらりと一瞥すると、ピタッと詠唱を中断する。
そして、即座に自分と兄のまわりに風のシールドを張り、その攻撃をいとも簡単に防いでみせた。
『……んなっ!? 防いだ……!? どーなってるのよう~!?』
『……ま、まだよ! 精霊の力は、こんなもんじゃないんだから!』
『……ジェムの、言う通り……!』
精霊たちは攻撃の手を緩める気はないようだ。さらに魔力を練り上げ、ひと際巨大なクリスタルの刃を作り上げる。
ふたりを心配して見守るフィトが、「レオン! リオン……!」と、きゅっと握りしめた両手を胸に押し当てる。
『……今度こそ! 果てなさいッ……!』
巨大なクリスタルの刃がふたりを目掛けて飛ぶ直前。
レオンの詠唱が完成する。
【悠久の時を眠りし鉱石の欠片よ。我を仇す者を打ち砕け――ディアマンディ・クラスターレイド!】
レオンの手から、研ぎ澄まされた無数のダイヤの槍が放たれた。
次の瞬間。ダイヤの槍が飛んで来る巨大リスタルを打ち砕き、精霊たちの攻撃を見事に相殺する。
砕け散った巨大クリスタルの破片と、ヒビどころか傷一つ付かないダイヤモンドの槍が、音を立てて地面に落下した。
『……うっ、嘘でしょ!? 三人で唱えた精霊魔法を打ち砕くなんて!?』
『……いま唱えたの、私たちの最強クラスの魔法なのよう!?』
『……これじゃ、勝ち目、ない』
立て続けに攻撃を防がれ、驚いて声を上げる精霊たち。精霊たちは、歴然とする力の差を感じ、わなわなと震え上がっていた。
戦意喪失した精霊たちに追い打ちをかけるように、渦巻く力がもうひとつ。
そう、初手に中断された、リオンの詠唱が続いていたのだ。その膨れ上がる魔力に、精霊たちは恐れおののく。
「……手加減しとけよ?」
苦笑いを浮かべるレオンに対し「わかってるよ」と、つぶやくリオン。
絶望する精霊たちに畳みかけるように、詠唱を終えたリオンが魔法をぶちかます。
【吹き荒れる風よ。我が刃となりて敵を殲滅せよ――フォール・ウィンド!】
大きな鎌のような風の刃が、四方八方から吹き飛んでくる。
吹き荒れる風がさらにその刃の威力を上げ、凄まじい風の力が精霊たちを襲った。
『『『……きゃああああああああッ!』』』
悲鳴を上げて吹き飛ぶ精霊たち。リオンは精霊たちが傷を負わないよう、先ほど、自分たちを護った時と同様の風のシールドでそっと包んでやる。リオンのシールドに守られながら、精霊たちは壁に叩きつけられた。
しかし、叩きつけられた衝撃がよほどの威力だったのだろう。シールドが守っていたにも関わらず、精霊達はぐるぐると目を回し、地面に落っこちる。
広間の壁に風鎌が衝突し、ガラガラと音を立てて壁が崩れ落ちた。リオンが手加減していなければ、壁は突き破られていただろう。
壁を破らない程度の攻撃、というのも、リオンの計算の内なのだが。
「ふぃーっ。ま、こんなもんだろ」
「フィト! もう大丈夫! 出てきていいよ~!」
余裕の態度と表情で伸びをするふたり。
フィトは例のごとく心配して、ふたりのもとへ駆けよって来る。
「ふたりとも、大丈夫!?」
「ああ。俺たちは何ともないぜ」
「もちろん! 余裕、余裕!」
心配するフィトに、リオンは笑ってブイサインで答える。
「ふたりに怪我がなくてよかった。……それで、精霊様は? どうなったの?」
「大丈夫だよ。傷付けないようにしたからね」
「まぁ、のびちまってるとは思うけどな。きっと、もう歯向かって来ることもねーだろ」
「そっかぁ。……ふたりとも、ありがとう」
ふたりの言葉を聞き、フィトはホッと胸をなでおろす。そして、笑顔でお礼を言った。
レオンとリオンは好戦的だが、やはり優しい。傷付けなくてもいいと判断した相手には、危害を加えないようにしているのだろう。
もちろん、精霊を敬うフィトを思って、というのもあるのだが。フィトはそんなふたりの事を、とても尊敬した。
「……さてと。それじゃ、事情を聞きに行くか」
レオンの言葉に、リオンとフィトはこくりと頷く。
三人は広間の奥に転がっている、精霊たちのもとへと向かうのであった。




