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アルティメット エンド  作者: 齋音寺 里
第一章・光る世界
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第一話・獣兄弟とプルメリアの少女(2)

 フィトは幼い頃、一人冥界にやってきた――。

 しかし――。門をくぐろうとするとなぜか身体が弾かれ、中に入ることが出来なかったのだ。門に拒絶された後、フィトは意識を失いその場に倒れてしまった。


 冥界では『死者名簿(ししゃめいぼ)』というものが存在し、管理されている。地上で死した者の名前が、自然と浮かび上がる仕組みになっているのだ。

 しかしどういう訳か、フィトの名前は名簿のどこにも記されておらず――。

 何かの手違いなのか、死に直面して仮死状態から奇跡的に息を吹き返したか――。どちらにせよ、フィトは〝死んでいない〟という判断が下された。


 ハーデスの力によって人間界に戻されたフィトだったが、あろうことか、その後も時々ふらっと冥界に現れるようになったのだ。

 フィトが現れる度、死者名簿の厳重なチェックが行われた。ところが、その後も名簿にフィトの名前が上がることはなく、少女は冥界の門をくぐることも出来なかった。


 ハーデスは首を(ひね)って「どうやってここに来たのだ」と、フィトに尋ねる。

 その問いに対し「わからないの。ドアを開けたら、ここだったの」と、答える幼い少女。

 何度聞いても真相はわからず、フィトは決まって〝ドア〟の話をしていた。わかった事と言えば、どんな場所からでもどんなドアからでも、冥界に通ずることが出来るらしい――。

 幼いフィトは笑いながら「どこからでもここに来れちゃうんだよ~! きゃはは!」と、楽しそうに話していたのだった――。


 そんなフィトに、ハーデスは何気なく「お父さんとお母さんは?」と、聞く。それは、大人が迷子の子供に対して問いかけるお決まり文句である。

 その問いかけに対し、フィトは「いないよ」と、短く一言。

 意味深な言葉だったが、幼い子供相手にそれ以上を聞くのは気が引けるものだ。少女を傷付けまいと、心優しいハーデスはそれ以上を問いただすことはしなかった。

 その上、幼いフィトには現状を理解することは難しかったようで、謎は解けぬまま――。

 原因がわからない以上、流石(さすが)にハーデスも冥界の者達も頭を抱えた。

 しかし――。特に害があるわけでも、問題が起こる訳でもなかった為に、だんだんとフィトが冥界に現れることが日常的になっていったのである。


 冥界の門番たちはフィトがやってくると「お! フィト、今日も来たのか~!」と、楽しそうに挨拶をする始末。

 いつしかフィトは冥界の者達にとって、愛らしい妹のような、親しい友達のような、そんな存在になっていた。これでは、冥界や人間界の節理(せつり)節度(せつど)もあったもんじゃないのだが――。

 それ以来――。冥界の門番たちとすっかり仲良くなったフィトは、こうして冥界の門前まで遊びに来るようになった。

 フィトが地上と冥界を行ったり来たりできる理由は誰にも分からず、本人であるフィトですら分かっていなかったのだが――。


 そんな中でもフィトは、レオンとリオンの兄弟によく懐いていた。初めて冥界に来た時に出会ったのが彼等だったからか、ふたりには特別心を許しているようだった。

 レオンとリオンも、フィトに懐かれるのがまんざらでもなかった様子。

 ふたりの知り合いにも魅力的な怪物の女性はたくさんいる。しかし、フィトの可愛さは群を抜いて輝いて見えた。

 大人になるにつれ、どんどん綺麗になっていくフィト。気付けば、フィトが冥界に来ることを心待ちにしている自分たちがいた。

 小さな身体に、透き通るような白い肌。大きな碧色(みどりいろ)の瞳は、虚心(きょしん)に見開かれた心そのもののように美しい。ふたりにとってフィトは、冥界に咲く一輪の花のようだった――。




 ***




「そういえば、今日は地上でお祭りっていうのをやってるんだろ? 大事な日、なんだよな。戻らなくていいのか?」

「うん、そうだね。もう少ししたら、戻ろっかなぁ」



 少し寂しそうな表情を見せたが、それを隠すようにフィトはえへへ、と笑う。フィトは冥界から地上に戻る時、いつも寂しそうにしていた。

 フィトの地上での生活の様子は、レオンとリオンは正直よくわからないのだ。いろいろな話をしてくれるのだが、やはり両親の話は聞いたことがなかった。

 今更ということもあるが、やはりその手の話を切り出すタイミングはなかなかないのだ。むしろ、聞いてどうなるのだろう――と、ふたりは思っているのだ。


 もしも――。フィトの過去がこの上なく辛いものだったとしたら――。

 過去に触れて、それを思い出させたら、フィトが傷付くかもしれない。そうなっても、自分たちはフィトに何をしてあげられるわけでもない。

 その笑顔を壊してしまうくらいなら、このまま何も知らずに、深く干渉(かんしょう)しない方がフィトにとって幸せなのではないかと思うのだ。

 ただそれだと、結局はフィトのことを自分たちはあまりよく知らないのかもしれない。地上に戻る事を寂しく思う素振りを見せるフィトに、その理由も聞けないくらいなのだから――。

 それでも――。この可愛い少女には、いつも笑っていてほしかった。それが、兄弟の願いだった――。

 レオンとリオンは込み上げる気持ちをぐっとこらえ、寂しそうに笑うフィトに優しく言葉をかける。



「俺たちが地上に行く事が出来たらよかったんだけどな。地上のお祭りがどんなものか、フィトと一緒に見てみたかったよ」

「いつか僕たちが地上に行くことが出来たらさ、フィトに案内してほしいな!」



 冥界にいるふたりにとって、そんなのは夢のまた夢。夢物語だ。

 それでもいい。叶わないと分かっていても。フィトが笑ってくれるのなら、それでいい――。

 そう――。これはただの(なぐさ)めにしかならない。でも、これがふたりにとっての本心なのだ。



「……もちろんだよ! 疲れて歩けなくなるくらい、案内しちゃう!」



 フィトはとびきりの笑顔を浮かべて言う。ふたりの言葉に感動したのか、フィトは手に持っていたプルメリアの花をきゅっと握り締めた。

 そんな黒髪少女の姿を見て、レオンとリオンも顔を見合わせ微笑む。フィトが笑ってくれてよかった、と嬉しく思うのだ。


 ずっとずっと、こうしてフィトと一緒に過ごすことが出来たらいいのに――。

 思っていても、そんな事は口が裂けても言えない。自分たちとフィトは、違う次元を生きる者同士なのだから。

 フィトと出会えたこと――。こうして時々会えること――。

 それだけで十分だ。そう、兄弟は思っていた。




 ***




「それにしてもさぁ~、ライラ姉さんとラド、本当に遅いよねぇ?」

「そうだな、さすがに遅すぎる。何か起きていないといいんだけどな……」



 首にかかった懐中時計で時間を確認しながら、リオンとレオンは顔をしかめた。

 既に交代の時間から三十分以上経過しているのだ。ふたりの間に何ともいえない不安が(つの)る――。



「もう交代の時間だったんだ! ライラお姉さんとラドが遅刻なんて、珍しいよね?」

「そうなんだよな。二人が遅れてくることなんて今までなかったからなぁ。どうしたんだろう……」



 レオンがそう言ってため息をついたその時――。

 レオンとリオンの犬耳が、ピクッと同時に動いた。



「……おい。何か、変な音がしないか?」

「うん、僕も聞こえる。何だろう、地響き? 地鳴り? みたいな……」

「え? 私、何も聞こえないよ?」



 どうやら、その音は人間のフィトには聞こえていないようだ。

 レオンとリオンは事が起きた時に備え、フィトの側に身を寄せる。言葉に出来ない緊迫感が三人を包む――。

 やがて地鳴りはフィトの耳にも聞こえるような大きな音となり、フィトはその音に大きな不安を覚えた。

 そんな事を感じたのもつかの間――。その場に立っていられない程の地面の揺れが三人を襲ったのだ。



「ひゃあっ!?」



 バランスを崩して後ろに倒れそうになったフィトを、レオンとリオンがすぐに支える。

 地面が激しく揺れる中、身体を寄せ合いながら三人はその場にしゃがみ込んだ。

 フィトは二人の腕に支えられ「……ふたりとも、ありがとう」と、安堵(あんど)した。



「はぁ~びっくりしたね!? それにしても、すごい揺れだなぁ!」

「マジびびったぜ。原因を知りたくても、こんなに激しく揺れてるんじゃ下手に動けねーからな……」



 強い揺れで身動きが取れず、焦燥感(しょうそうかん)を抱えながらもレオンは周囲を警戒する。



「何が起きたのかな……。地上は大丈夫かな……」

「地上と冥界は、同じ世界でも別の次元に存在する場所のはずだ。だから地上では地震は起きてないんじゃないか?」

「僕もそう思うよ! 冥界で何が起きているのかは、わかんないけど……」



 三人がそう話していた矢先――。

 フィトは、自身が大変な状況に置かれていることに気付いたようだ。



「うそ!? ドアが消えかけてる……!」



 フィトは慌てて自分が入ってきたドアを指差して言った。

 突如、ドアが下の方からスーッと実体を消し始めたのだ。この現象は、フィトがドアを通って地上に戻った後に兄弟がいつも目にしていたものだった。

 しかし――。今はフィトが冥界にいるままの状態でドアが消えようとしている。こんな事はいままで一度だってなかったのだ。



「何だって? 何がどうなってんだ?」

「どうしてこんな時にっ……!」



 レオンとリオンは何とかしようと立ち上がろうとした。

 しかし――。揺れが大きく、足元がおぼつかない。


 ドアに向かって「待って! 消えないでっ!」と、フィトは手を伸ばして叫ぶ。

 ところがその叫びも(むな)しく、瞬く間にドアは三人の目の前から消えてしまった――。

 あまりの状況に、身体から力が抜けてしまうフィト。そんな小さい少女を、レオンとリオンは必至で支える。



「ええーっ!? 完全に消えちゃったよ!?」

「くそっ! 一体何が起きてるってんだよ……!」

 


 目の前で起きることに対処出来なかった事に悔しさを感じ、レオンはギリッと歯を噛む。

 フィトはこれまでにない非常事態に不安を隠せない様子。俯いた顔からは普段の明るさは消え、小さくてか細い身体が地面の揺れとは別にかすかに震えている。「私、どうなっちゃうのかなぁ……」と、ぽつりと少女は口にした。




 その時――。




『……た……けて』




 声が聞こえた気がした――。気のせいだろうか――。

 気が動転していてよくわからない――。




『……たすけて……』




 やはり聞こえる――。微かだが、声が聞こえるのだ――。

 フィトは「なに? 誰なの……?」と、声を返す。まだ地面が揺れ動く中、辺りを見渡してみた。

 しかし――。まわりには自分たち以外の人影はまるで見当たらない。では、この声は一体どこから聞こえてくるのだろう――。



「フィト、どうしたの? 顔色良くないよ?」

「声が、聞こえるの。女の子の声が……」

「声? 俺には聞こえなかったけど……」

「僕にも聞こえないよ?」



 レオンとリオンには、いまの声は聞こえていないようだった。

 先ほど地響きに一早く気付いた、野生の勘と獣特有の優れた聴覚を持つふたりには聞こえていない――。

 では、どうして私にだけ? とフィトは思った。




『……たすけて……!』




 その声がより明確に、鮮明にフィトの耳に届いたその時――。

 突如、三人の足元に大きな穴が開いたのだ。暗い冥界よりも、夜の闇よりも深い、黒い空間――。

 その穴に、三人は落ちるように引きずり込まれてしまう――。そのまま兄弟と少女の意識は、身体と共に闇の中へ消えていった――。

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