第二話・琥珀の祭壇(2)
「精霊様、出てこなくなっちゃったね……」
「ね。声も聞こえなくなっちゃった」
「驚いた反応をしてたもんなぁ……」
監視されている事もつゆ知らず、三人は残念そうに声をもらす。
リオンは兄の尻尾を掴み「精霊さーん、出ておいで―っと」と、ブンブンと猫じゃらしのごとく振り回した。
「おま、俺の尻尾で何してんだコラ! アホリオン!」
「しょーがないじゃないかぁ。僕の尻尾は可愛い白蛇ちゃんなんだから、そんなぞんざいに扱えないんですぅー!」
「あぁ? そのブッサイクな白蛇のどこが? 俺のカッコいい竜の尻尾が羨ましいからって、醜い嫉妬晒してんなよな!」
「はぁ―!? 意志を持って動く上に、噛み付きで毒攻撃してくれる、僕の優秀なホワイト・トルネード・スネイクを馬鹿にしないでくれるかなぁ!?」
「うわ、なんだよその名前! クソだせーな!」
初めて聞いた弟の白蛇の名前に、レオンはゲラゲラと大笑いした。
緊張感のない兄弟は、こんなところでも兄弟ケンカを開幕させる。
フィトはというと、リオンの後ろに回り込み、にこにこ白蛇と見つめ合いっこをしている。リオンの白蛇をまじまじと見たことがなかったなぁ、と思ったようだ。
そんな自由奔放な怪物兄弟御一行を監視する精霊たちは、ぽかんとしている。何やってるのかしら、こいつら……といった顔つきで。
「んな……!? ダサいだって!? こんなにカッコいい名前なのに!?」
「いやいや、ダサすぎだろ! お前、センスなさすぎ!」
「じゃあ、兄さんだったらなんて名前つけるんだよ!」
「はぁ? 言い負かされて悔しいからって、無茶ぶりすんなっての!」
「えぇ~? さては言えないんだ? 自分のネーミングセンスに自信がなくて答えられないんだぁ~?」
「くそったれ、舐めやがって……! 待ってろ、最ッ高にカッコいい名前で、吠え面かかせてやるよ……!」
「へえぇ~! それは楽しみだなぁ! さぞかしカッコいい名前なんだろうねぇ!? ほら、早く言ってみなよ! その足りない頭で考えてさぁ! ほら早く! さっさと言ってみろよ馬鹿兄がぁーっ!」
兄を試すように、暴言を吐き散らすリオン。
マヌケな兄の事だ、最高にダサい名前を言うに決まってる、とリオンは見通した。
兄の思考パターンを読み、知り尽くした弟は、レオンの頭に血を登らせて冷静さを欠かせた。これにて、珍解答の下ごしらえは万端だ。
馬鹿兄のナンセンス炸裂な珍解答が楽しみだよぉ、と不敵な笑みを浮かべていると。
「にゅーん」
この場にどう考えてもそぐわない、可愛い発語が聞こえてきたのだ。
そう、言葉を発したのは、ニコニコと笑顔で白蛇を見つめる、可愛い黒髪少女だった。
騒々しくケンカをしていたレオンとリオンは「「えっ?」」と、首を傾げながらフィト見た。
フィトのまわりには、花がほわんほわんと浮かんでいる。
「だってこのコ、にゅーんっていつも鳴いてるんだもん。だから、にゅんちゃん!」
フィトがそう言うと、白蛇も嬉しそうに「にゅーん!」と鳴く。
「そんなぁ……ホワイト・トルネード・スネイク……」
そう呼ばれた白蛇は、チラッとリオンを見たが、すぐにフィトの方に向き直る。
どうやら、ホワイト・トルネード・スネイクよりも、にゅんちゃんがお気に召した様子。
リオンは簡単に自分を裏切る相棒を見て、ガックリと項垂れる。リオン差し置いてフィトを気に入る辺り、リオンの相棒らしいのだが。
兄はそんな弟を見て、少しばかり同情するのであった。
***
精霊に気を取られ、蛇の名付け親決定戦に熱を上げ、すっかり本来の目的を見失っていた三人。
レオンは石化した人間を見て、ようやくそれを思い出す。
「なぁ。そういえば、あれは何なんだ? 人間なのか?」
「あ! そうだ! 私たち、あの石にびっくりしたんだった!」
「わからないけど……近くまで行ってみよう!」
そう言って、広間の中央にまでやってきた三人。
一行は、磔にされた人をじっと見つめる。磔にされていたのは、まだ年端も行かない少女だった。石化していてわかりづらいが、フィトよりも小さく、ずっと幼い。
レオンとリオンは石に近付くと、すぐにその異変に気付いたようだ。目を見張るような事実に、ふたりはなぜか胸騒ぎを感じる。
「……これ、魔法だな」
「うん。間違いないね」
ふたりはその事実を確かめるように語る。
それを聞いたフィトは、夢にも思わなかったふたりの言葉に絶句してしまう。
魔法で石にされてしまったという事実を聞いて驚いた。しかし、それよりもフィトは悲しい気持ちになったのだ。どんな経緯があるにせよ、こんな幼い少女が弓で射貫かれ石にされるなんて、と。
それにしても、この少女は一体何者なのか? そんな事を考えながら、三人は石化した少女を見つめる。
すると。少女の見た目が人間とは異なることに、三人は気付く。
「あれ? この子、耳が尖ってるよ!」
「ほんとだ! もしかして、さっき現れた精霊の仲間だったりするんじゃないかな?」
「確かに。言われてみれば、見た目の雰囲気が似ているもんな」
三人は少女の不思議な見た目から、その考えに至った。
しかし、その少女精霊? に対して、いくつかの疑問が浮かぶ。
「でもこの子、さっき見た精霊様よりずいぶん大きくなーい?」
「確かに! さっきの精霊は小人サイズだったもんねぇ」
「それに、おかしいんだよなぁ……」
「え? レオン、どういうこと?」
「精霊にしては、全く魔力を感じられねーんだ……。石化してるからなのか?」
「そうなんだよねぇ。僕も全然、この子から魔力感じないもん。さっきの精霊からは、ちゃんと魔力を感じたからねぇ」
そう話し合いながら、考え込む三人。
するとその時。ようやくフィトは、自分が気付かなければならない重要な事実に気付いてはっとする。
「ね。ちょっと気になったんだけど……」
「うん? フィト、どうしたの?」
「私、精霊様のこと、見えてた、よね……?」
「「あ……!」」
フィトの言葉を聞いて、同じくはっとする犬耳兄弟。
このまぬけな三人組は、またしても大事な事を見落としていたのだ。
「そういえば、僕たちにも精霊は見えてたよね?」
「ああ。……ってことは、怪物には普通に見えるって事だよな。それよりも、なんで人間のフィトに、精霊の姿が見えたんだ……?」
「私にも、わからないけど……。これも、私の持っている不思議な力に関係しているのかなぁ……?」
***
兄弟とフィトが推測をし合う中。
一方、精霊たちは三人の様子を見て、互いに顔を見合わせていた。
『……ヤバいわよう! あいつら、カリスト様に近付いてるわぁ!? 絶対何かする気よぅ!?』
『……もうこうなったら、返り討ちにするしかないわっ!』
どうやら、磔にされている精霊少女は、カリスト様というらしい。
フィト達がカリスト様とやらに近付いたことで、彼女たちの被害妄想はさらに大きくなってしまったようだ。殴り込みに行くところまで話が発展してしまった模様。
『……でも、あいつらの力量、未知数。奴らと同等の力を持っていたら……?』
『……そんなこと言ってる場合!? カリスト様、壊されちゃうわよぅ~!』
『……そうよ。ここは先手必勝! 精霊の力、思い知らせてやりましょ!』
精霊たちはそう言い、手を取り合って頷くと、そこからすっと姿を消す。
人間のフィトと怪物兄弟は、いまだ石になったカリストの前でわちゃわちゃと話し込んでいる。
そこに、精霊たちが奇襲を仕掛けようと近づく事も知らずに――。




