第二話・琥珀の祭壇(1)
三人は、川に囲まれた中央の巨大岩石――島になっているところに向かう。
川にかかる岩石のアーチ――天然橋を渡り、その陸地に辿り着く。
正面に、岩石を削って造られた祭壇への入り口はあった。
入り口は遺跡のような造りになっており、上には植物のモチーフが彫刻されていた。そのまわりにはプルメリアの花が生い茂り、神聖な雰囲気を強調させている。
「ここ、物凄い魔力を感じるよ! 中に何があるのかな!?」
「確かに強い力だな。こりゃー本当に精霊がいるかもしれねーぞ」
「本当にいたら、会えたらいいよね!」
三人はハフハフと興奮しながら声を上げる。
「……それにしても、本当に神聖な場所。プルメリアの花、すごく綺麗に咲いてるね」
「そうだねぇ。こんな所で助けを求めてる人、本当にいるのかなぁ~」
「うん、間違いないよ。ここから呼ばれてる感じ、するもん!」
リオンの言葉に、フィトは断言して答える。
「……よし、入ろ!」と言うフィトの後に続き、兄弟は祭壇の内部へ進んで行った。
***
狭くて薄暗い回廊を一列になって歩く三人。
夜の暗さが加わって、少し不気味だ。
「暗いけど、出口はすぐみたいだね! ほら、灯りが見えるよ!」
「ほんとだ! 奥に何があるのかなぁ~」
フィトとリオンがそんな会話をする中。
兄レオンは弟にぴったりと張り付き、前を見ずに歩いていた。
「何だか、ゾッとしないな……」
「なんだよ兄さん。歩きづらいから、もう少し離れてくれない?」
「う、うるせーな! 暗くて見えないんだから仕方ねーだろ!」
「見えないじゃなくて、見てないんだろ! 暗くて怖いだけのクセに」
「べ、別に怖くねぇよっ! こう、もう少しさぁ、灯りに配慮してくれても……わぶ!」
前を歩くリオンがいきなり立ち止まったので、レオンはリオンの背中に顔を追突させた。
鼻の頭を痛そうに擦るレオン。「おい。いきなり止まるなよ……」と、思わず弟の肩をぺしっと叩く。
前を見ると、いつの間にか広間のようなところに出たようだ。自分の前で立ち止まるリオンが邪魔でよく先が見えない。レオンは弟の背中を押し、自分も広間に踏み込む。
「おーい? ふたりとも、どうした?」
「……兄さん。あれ、見て」
「んあ?」
レオンは弟の指さす方を見て、目を見開いた。
先を歩いて立ち止まったフィトとリオンは、あまりの出来事に足が止まってしまったようだ。
三人が見たもの――それは、目を疑う様な光景だった。
茶褐色の岩石を削って造られた正方形の広間の中央。弓で射貫かれて石化した人間が、巨大な琥珀色のクリスタルに磔にされていたのだ。
レオンは驚きのあまり「なんだ、こりゃ……!?」と、顔をしかめて声をもらした。
すると。
『……人間、人間が来た』
『……今はそれどころじゃないのに!』
『……このクソ忙しいときに、何しにきたのよう~!』
ぼそぼそと、話し声のような会話が聞こえた。
誰の声なのかはわからないが、何人かの話し声が聞こえるのだ。三人の耳に、その声は入ってきた。
「これ、誰の声……?」
「ここに、僕たち以外の誰かがいるってこと……?」
「まさか……幽霊じゃないよな……?」
三人は辺りを見回す。しかし、人影のようなものはどこにも見えない。
「……ねえ、誰かいるの? いるなら返事して!」
フィトは思い切って声の主たちに呼びかける。
物陰に隠れていた三人の声の主は、琥珀色に光る身を寄せ合いながら話しをしている。
三人を警戒してか、ヒソヒソ話に声を切り替えた。
『……なんか私達、幽霊扱いされてる』
『……失礼しちゃうわね! 私達、幽霊じゃなくて精霊よっ!』
『……ほんと! あったまきちゃうわよう~!』
レオンが幽霊扱いしたことに対し、腹を立てる面々。なんと、声の主は精霊だというのだ。
精霊たちは興奮しながらヒソヒソ話を続ける。
『……ねぇ。あの人達、私達の声、聞こえてるみたい?』
『……まさか。だって人間よ? 私たちの声は聞こえないし、姿も見えない筈よ?』
『……ジェム、でもあの人間たち、現に話し声を聞いてたような会話してた』
精霊たちは、無言で互いに顔を見合わせる。
胡桃色のお団子頭の、お姉さんポジションの精霊――ジェム。
茶髪ツインテールの、おちゃめな精霊――ロッチャ。
灰色ボブヘアで片目隠れの、物静かな精霊――ピエトラ。
この三人の精霊たちは、とんだトラブルメーカーなのが特徴だ。
今までも、祭壇に来た人間たちを幾度となく驚かせてきた。
例えば――祭壇にお団子がお供え物で置かれた時。目の前でそれを食べ尽くしてしまい、驚きで人間を失神させてしまうなどなど――。
とんだお騒がせ者なのだが、これでも偉大な精霊たちなのだ。
『……奴らの仲間ならともかく、人間でしょ? そんな能力ないわよ』
『……なら確かめたらいいじゃない。どうせ見えないわよぅ~!』
『……あ! こらロッチャ! 待ちなさいっ!』
ジェムは飛び出していくロッチャを怒って止めた。
しかし、ロッチャはそれを聞かずに飛んで行ってしまう。
『……もぉー! 勝手な事するんじゃないわよぉー……!』
ハラハラしながらロッチャを見守るジェム。
それに対し『……あーあ』と、ピエトラは危機感なくつぶやくのであった。
***
ロッチャは興味本位でフィトたちに近付き、ひらりと目の前に舞い降りる。
見えるわけないわよう~、と試しに来たようだ。
しかし。フィトたちは、不思議な事にその琥珀色の光が見えているようだった。その光の粒は、土の祭壇の外――大地の息吹く場所で見た光と似ていたからなのか。詳しい事は分からないが、とにかく三人にはその光が見えるのだ。
フィトたちは互いに顔を見合わせ、近付いてきたその光るもの――ロッチャを凝視する。
見えないと高を括るロッチャは身に纏う光を弱め、フィトの顔を見つめてきた。
「……あっ!?」
『……えっ!?』
視線が合った途端。フィトとロッチャは同時に声を上げた。
口をあんぐりと開け、目を白黒させてお互いに指さし合う。
『……うううそでしょ!? あなたまさか、私たちが見えるの……!?』
「う、うん! 見えるよ!」
『……ひっ!? てゆーか声も、筒抜け……!?』
「う、うん? 声も、聞こえるよ……?」
フィトがそう言うと、ロッチャは目にも止まらぬ速さで飛んで行ってしまった。
「あ! ちょっと待って!」と、フィトが手を伸ばして呼び止めるも、ロッチャは素早く物陰に逃げ込んでしまう。
「……ねぇ! いまの見た!?」
「うん! 見たよ!」
「ばっちり見たぜ!」
飛んで行った光を纏う生き物に大興奮する一同。
そして、同時にこう叫んだ。
「「まさか、あれって精霊!?」」
「まさか、あれって精霊様!?」
目を輝かせた三人は、互いに顔を見合わせ頷き合った。
「ねぇ、すごくない!? 私たち、精霊様見ちゃったよ~!」
「あの姿、絶対そうだよね! わぁぁ~まさか見られるなんて!」
「すげー! 本当にここにいたんだな!」
わーわーきゃーきゃーと騒ぎ立てる一同。まるで、ツアー中に幻の生物に遭遇した旅行客のようだ。
しかし三人は、重要なことを見落としていた。怪物のレオンとリオンに精霊の姿が見えたのはともかく、なぜ人間のフィトに見えない筈の精霊の姿が見えたのか、という事を。
精霊を見て大興奮する今の三人の頭の中には、そんな事は微塵も浮かばないようだが。
***
一方、精霊の面々は大混乱だった。
興味本位で偵察に行ったロッチャが、血相を変えて仲間のもとへ戻って来る。
『……いやああああ~! どうして見えるのよう~!?』
『……だから待てって言ったじゃないの! このおバカ!』
ジェムがそう言ってポカッとロッチャを殴る。
ロッチャは半狂乱でジェムの肩を掴み、がくがくと揺する。
『……ねぇ! ねぇねぇねぇねぇ! どうしてなのよう~!?』
『……し、知らないわよそんなの! カリスト様はあんな状態だし! こうなった以上、とにかく私達でなんとかするしかないでしょ!?』
精霊たちも、三人に引けを取らないほどてんやわんやしている。
訳が分からなくなり過ぎて、手をいーとー巻き巻きしている。相当なパニック状態だ。
『……それに! あの男ふたり、人間じゃないのよう! あの気配、昨日の奴らと同じなのよう~!』
『……ええっ!? それって、怪物ってこと……!?』
『……たぶん、そうよう~。あの見た目からしても間違いないわぁ~』
精霊たちは、同じく興奮している三人組を凝視する。
『……よく見ればそうね。あれは怪物だわ』
『……でもあの女の子は、人間だったのよう~。どうして一緒にいるのかしらぁ?』
『……私たちの声、聞こえてる? なら、ここでの話、聞かれたらマズイんじゃ……』
『……そうね。ピエトラの言う通りだわ。静かに話しましょ』
精霊たちは唇に指を立て、小声で話しを続ける。
『……あの三人、私たちが精霊だって事も気付いてた。そう話してるの、聞こえた』
『……そうよう。気付かれてるのよう。怪物ってことは……まさか、奴らの仲間ってことぉ!?』
『……あり得るわね。おいうちをかけに来たってところかしら』
早とちりな精霊たちは、被害妄想でどんどん話を膨らませていく。
精霊たちの話から、何かの被害にあったという事は汲み取れる。
しかし。三人からしてみれば、とんだとばっちりだ。目的地に来て早々、よからぬ疑いをかけられているなどとは、知るよしもないのだが。
怪物兄弟御一行は、いまだ能天気にきゃっきゃわいわいを繰り広げている
そんな中。冷静なピエトラが、被害妄想を打ち破る救いとなるような一言を発する。
『……まだ、わからない。少し様子を見るべき』
『……確かにそうよね。ここでもうちょっと様子を見ましょ』
精霊たちは顔を引き締め、三人をじっと見つめた。
果たして、精霊たちは大いなる被害妄想から覚めることが出来るのだろうか。




