第一話・声の呼ぶ方へ(6)
「でも、一体どうしてここに……?」
いつの間にか、リオンの会心の一撃から立ち直ったレオンが尋ねる。
「散歩よ、散歩。日課なのよね。仕事してるから、この時間じゃないと来れないのよ。……で。あんたたちは、こんな時間にここで何してるのかしら?」
「それは……」
逆にラシーヌに問いただされ、口ごもる三人。
まさか、助けを求める声が聞こえたから、とは話せない。それに、話したところで信じてもらえないだろう。
上手い言い訳が見つからず黙り込む三人に、ふう、と息を吐きだすラシーヌ。ウェーブがかかった髪を揺らしながら「まぁいいわ。あんたたちの事だから、やましい理由があってここに来たわけじゃないと思うしね」と、ラシーヌは言った。
「ここって……?」
ラシーヌの言う事に対してきょとんとするフィト。
レオンとリオンももちろん知るはずがないので、少女と共に首を傾げている。
そんな一行を見て、ラシーヌは目を白黒させた。
「え、ちょっと待って? あんたたち、まさか、ここが何なのか知らないで来たの!?」
「イエス、マム……」
いたたまれなくなり冗談を飛ばすリオン。
その言葉が耳に入るなり「誰がマムよ、誰が」と、ギッとリオンを睨みつけるラシーヌ。
それに対して「ノリ悪だなぁ~」とリオンがつぶやくと、さらに険しい目つきでラシーヌがガンを飛ばしてきたため、リオンはそれ以上は口をつぐんだ。
「はぁ~……。あんたたちって、ほんとワケわかんないわね。ここはね、大地の息吹く場所――大地の渓谷よ」
「「「大地の渓谷……?」」」
聞き慣れないラシーヌの言葉に、首をかしげる三人。
ラシーヌの口ぶりから、知らないのが不思議、といったような感じだ。もしかしたら、この辺ではよく知られた場所なのかも知れない。
冥界から来たレオンとリオン、外の世界をあまり知らずに育ったフィト。初めて知ることばかりで、驚くことだらけだ。
「そう。土の精霊を祀る祭壇――土の祭壇がある場所なの」
「ここが、祭壇……!?」
祭壇という言葉を聞いて、目を大きく見開くフィト。
祭壇の事はよく知っている。それはこの世界――アスタルジアの常識といっても過言ではない話だからだ。
「そうよ。まぁ、この辺に詳しくなかったら、ここにある事を知らなくても無理はないか。ほら、あそこに大きな岩石の島が見えるでしょ? あの中に、土の祭壇があるのよ」
ラシーヌはそう言って、渓谷の中央にある巨大な岩石を指さす。
岩石のまわりは急流の川で囲まれており、確かに岩石が島のようになっている。
「なーんだ、ここを知ってて来てるのかと思ったわ。私の早とちり。引き留めて悪かったわね」
「「「早とちり……?」」」
ラシーヌの言葉が気がかりな三人は、疑問を持ちながら互いに顔を見合わせた。
しかし「あぁ、いいのいいの。こっちの話だから気にしないでね」と、ラシーヌはぶんぶんと手を振ってみせる。
そう言われちゃうと、深くは聞けそうにないなぁ~、と根掘り葉掘り聞くのが好きなリオンは残念そうに鼻から息をつく。
もっとも、全く緊張感なく大きなあくびをするラシーヌを見て、きっと大したことじゃないのだろうと、その場にいる誰もがそう感じたのだが。
「んじゃ。夜遊びは程々にして早く帰りなさいよ。私は先に街に戻るわねぇ~」
眠たそうに三人にそう告げると、ひらひらと手を振るラシーヌ。
女一人だというのに夜道を颯爽と歩き、グラシナの街へと帰って行くのであった。
***
「びっくりしたぁ……いきなり現れるんだもん」
「そうだね。ラシーヌさん、何だかちょっと怖かったな……」
「ああ。それに、なぜか全く気配を感じ取れなかった」
「……それは兄さんが僕のハッタリにビビッてたからでしょ」
「あ? やかましいわっ」
何とか切り抜けたと胸をなでおろす三人。
はぁ、オバケじゃなくてよかった……と、別の安堵もあったようだが。
「……ここ、土の祭壇がある場所だったんだ」
「なるほどな! どうりで力がみなぎる気がすると思った! 魔力の源……マナが豊富なのかぁ」
「精霊を祀ってる祭壇ってことは、ここに精霊がいるってことだもんね」
「うん! おそらくね。でも、人間は精霊様の姿、見えないからなぁ……」
精霊が見えない事を、心底残念そうにつぶやくフィト。
素朴な疑問だが、怪物の自分たちには精霊は見えるのだろうか? リオンは、兄にその疑問を投げかけてみた。
「兄さん。怪物の僕たちにも、精霊の姿は見えないのかな?」
「どうだろうな? 実際見る機会なんて今までなかったから、わかんねーよなぁ」
「そうだよねぇ。きっと、僕たちの姿は見えるんだろうけどさ。それと、精霊は地上を好んで住んでるって聞いたことがあるよ。人間の真似をして、同じように暮らしているんだって」
「そうなの!? 全然知らなかった!」
フィトは目を丸くして、リオンの話を聞いている。
人間が崇める存在の精霊が、なぜ人間の真似をして暮らしているのだろうか。
謎は深まるばかりだが、案外、精霊は物好きな変わり者だったりするのかもしれない。
そんな想像を膨らませて、フィトは楽しそうに「ふふふ」と、笑う。
「ところで、祭壇ってのは魔力の源……いわばこの世界のエネルギーであるマナが生み出される場所なんだよな?」
「あ! そっか! レオン、それは冥界と魔界にとっての祭壇の解釈かも!」
「どういうことだ?」
レオンはフィトの言葉に、不思議そうに首をひねる。
「人間は魔法を使えないし、マナの存在も知らないからね。冥界と魔界とは、祭壇の存在意義が全然違うんだよ」
なるほど、とレオンとリオンは頷く。
するとフィトは、地上にある祭壇の存在意義について教えてくれた。
「地上ではね、祭壇は精霊様を祀る神聖な場所なの。災害とかから身を護ってもらうために、信仰したり、お参りに来たりするんだぁ。祭壇の近くにだいたい街や村が造られていて、定期的にお供え物をすることで、加護をしてもらうの。地上ではね、昔からそう教えられて皆育つんだよ」
フィトがそう語り終えると、レオンとリオンは感心して大きく頷く。
魔法という概念が存在しなくても、その不思議な力を加護として崇めている地上。
神に対しても精霊に対しても、怪物の自分たちとは考え方や関わり方、とらえ方、存在の大きさがここまで違うんだな、という事を改めて兄弟は思い知る。
見えないものを崇めて感謝する気持ちは、己の信念に従って生きる兄弟にとって無縁のものだ。
ただ、どんな力を信じようと、自分自身が強くあれればそれでいいのだろうと、兄弟は思うのであった。
「そうなのかぁ。地上では精霊は神様みたいなモンなんだなー」
「昨日の地震も精霊様の加護があったから、被害が少なくて済んだってみんな言ってたもんね!」
「うん、そうだね。……もしかして、助けを求める人は、精霊様の加護を求めてここまできたのかなぁ?」
「そしたらフィトに助けを求める必要ないんじゃねーか?」
「うーん。それもそっか。とにかく確かめる為に、祭壇に行ってみよう!」
少女の言葉に、レオンとリオンは静かに頷いた。




