第一話・声の呼ぶ方へ(5)
坂を下って行くと、すっかり左右が岩石の壁に囲まれていた。
リリーの花灯りと月明かりが当たりを照らしているが、だいぶ足元が悪い。
「ふたりとも、暗いし足場も悪いから気を付けろよ」
「あ。なんかこの感じ、デジャヴ……」
「お前なぁ。こんな視界も足場も悪いところで昼間と同じことしてみろ! 怪我すんぞ!」
「ハイハーイ。気を付けるって。ほんと兄さんは、小言が多い姑みたいなんだからぁ」
両手を上にあげ、小馬鹿にするようにリオンは首を振る。こういう時、兄の言う事を素直に聞かない所も、リオンらしいのだが。
おちゃらけた弟をレオンはやれやれ、という風にジト目で見るのであった。
***
見渡す限りの岩山の先に、巨大な割れ目が現れた。
その光景に、三人は瞬きすることも忘れてしまう。劇的な大渓谷と、蛇行した激しい急流。
川が大地をえぐって創り出した馬蹄型の絶景は、まさに自然の造形美といえよう。
しかし。その景色に圧倒される以上に、目を疑う様な光景がそこにはあった。たくさんの小さな琥珀色の光が、渓谷を飛び交っているのだ。
「わぁ~……! きれいだね~……!」
「地上でいろんな景色を見たけど、間違いなくここがナンバーワンワン! かも……!」
「すっげーな! この光は、何なんだ……!?」
飛び交う琥珀色の光と、渓谷に生える琥珀色のクリスタル。不思議な琥珀色の光たちに囲まれる一同。
三人はその景色に圧倒されながらも、ゆっくりとその場所に足を踏み入れた。
不思議な光に包まれながら歩いていると、レオンはある事を思い出す。
――この光の粒、フィトの部屋から見たやつに似てないか? と、レオンはフィトの部屋から見た、海上を舞う青い光の粒を思い出していたのだ。
ただ、近くで見ると思ったよりも光の粒は大きく感じられる。粒と呼ぶには、些かそぐわない大きさかもしれない。
もっとも、海上の光の粒と、この琥珀色の光の粒は、全くの別物なのかもしれないのだが。レオンはその疑問を、直接フィトに投げかける。
「なぁ、フィト。この光、フィトの部屋から見た不思議な青い光とは別物なのか?」
「それ、私も気になってたの! 似てるよね! そもそも、この光が何なのかわからないからなぁ……」
「それもそうか。しっかし、不思議だよなぁー。生き物なのか? ありゃ」
二人の会話を聞いて、リオンはぽかんとしている。
それを見て、とレオンはマズイという顔をした。そう、リオンはあの月明かりの思い出を知らないのだ。
しかし、気付いた時にはもう遅い。
「何それ! そんな話し、僕知らないよー!?」
「あー……。そうだ、お前寝てたんだっけな」
「まさか兄さん、抜け駆け!? ずるいっ! 僕が寝てる隙になんて!」
ガルルルル! と悔しがるリオン。
よほど悔しかったのか、尻尾の白蛇も「キシャー!」と、レオンを威嚇している。
白々しく後頭部に手のひらをつけ、あさっての方を見るレオン。自分とフィトだけの秘密にしておこうと思ってたのになー、と口走ったことを後悔する。
そんなリオンを気にかけ、フィトはその時の事を説明し始めた。
「リオン、そんなんじゃないんだよ? あの夜、レオンが腫れたほっぺた治してくれたって言ったでしょ? その時ね、たまたまこれと似た光を一緒に見たんだ」
「そうなの? それ、僕も見たかったなぁ。うう~……寝ちゃった自分を殴りたいよ……」
フィトの言葉を聞いて、リオンはしゅんとする。
自分だけ見れなかったことが余ほど歯がゆいのだろう。口をとがらせている。
昨日の酒場の事といい、知らない所で兄にリードを許してしまったとは。負け犬感でいじけた心を隠すように、リオンはもふもふと自分の犬耳をさわった。
そんな弟の心理を知ってか知らずか、「弟よ、誠に残念だったな!」と、レオンは珍しく勝ち誇ったように、ふん! と鼻を鳴らす。
こちらは、フィトと俺だけの秘密☆ を自ら暴露した腹いせのつもりか。
兄の挑発するような態度が癪に障り、リオンは悔しさと怒りを増幅させた。
山吹色の瞳が、凍り付くような眼光を放つ。そしてここで、弟の復習が巻き起こる。
「あ! 兄さん、後ろ! オバケ!」
リオンはそう叫んで兄の背後を指さし、会心の一撃をお見舞いする。
それを聞いたレオンは「んな……!? ひっ……ぎゃあぁあぁぁあぁっ!?」と叫び声を上げ、情けなく地面に這いつくばり、耳を塞いでガタガタと震え出した。
そんな兄の事を見たリオンは、ぷっと吹き出す。
「あーっはっはっはっは! バァーカ! オバケなんているわけないだろぉ!? 抜け駆けした上に、僕を挑発した報いだよ! ざまぁないね! だっさ!」
散々に罵倒しながら、兄のマヌケな反応にリオンは腹を抱えて大笑いする。
その様子を見かねて、フィトが止めに入ろうとした時――。
リオンの肩に、ぽんっと誰かの手が置かれた。
何気なく、後ろを振り返ると――そこには髪の長い、見知らぬ女が立っていたのだ。
「うっわああぁあぁああぁぁ!?」
リオンはあまりの恐怖と驚きに、その場に尻もちをつく。
「な、なになに……!?」
フィトは驚いたリオンに驚き、かなり動揺しているようだ。
リオンが震える手で、必死に少女の後ろを指さしたので、フィトは恐る恐る、その方向を振り向く。
果たして、その目線の先にいたのは――。
「アタシよ、アタシ! ラシーヌよ! そんなに驚かなくたっていいじゃないの!」
「ほぇ……?」
「ラシーヌさんっ!?」
「まったく、失礼しちゃうわ。何と見間違えてるのよ!」
マヌケな声を上げ、ラシーヌを見上げるフィトとリオン。
そんな二人に向かって、ラシーヌはぷんすかと腕組みをする。
長いウェーブがかった薄紫色の髪をかき上げ、月光に輝く大人の女性がそこには立っていたのだ。
しかし、誰だかわからなかったのも無理はないだろう。
ラシーヌはポニーテールだった髪を下ろしていたのだ。それに髪色と同じ薄紫色のワンピースを着ており、先程とは雰囲気が全然違っていたのである。ただし、相変わらずの露出の多さは変わらないのだが。




