第一話・声の呼ぶ方へ(3)
「……落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
レオンの声掛けに、笑顔で答えるフィト。
「兄さんに言う事ぜーんぶ言われちゃったからなぁ。とにかく、フィトが無事でなにより! 本当によかったよ」
「リオン、心配かけてごめんね。ふたりが来てくれたのがわかった時、本当に嬉しかった。助けに来てくれてありがとう」
「護るって約束したからね。それに、フィトは僕にとって大事な女の子なんだから」
そう言って、フィトの頭をぽんぽんと撫でるリオン。
弟に負けじと「俺もだし! 俺にとっても超大事だし!」と、レオンは間に入る。
そんな兄の変化に、リオンはすぐに気付いたようだ。盗賊に襲われた時といい、今の発言といい、目まぐるしく変わっていく兄の変化に一番気付いているのは、本人よりも弟のリオンなのだろう。
あのヘタレ兄貴に何があったんだろう……とリオンは気になったようだが、いまは触れないことにした様子。
リオンはフィトの前にかがみ込み、小指を立ててフィトに手を差し出す。
「フィト、もっかい約束して? 僕と兄さんに何も言わずに、一人で何かを抱え込んだりしないって。もう危険なことは絶対にしないって」
「うん、わかった。今度こそ、約束するね」
そう言葉を交わすと、フィトはリオンと指切りをした。
***
「それにしても、ふたりとも、よく私の居場所がわかったね!」
「僕たち、すごく鼻が効くからね。フィトのにおいを辿って来たんだ」
「私のにおい……!? やだ、恥ずかしいよぉ……」
得意げに言うリオンだが、それを聞いてフィトは恥ずかしさで顔を真っ赤に染める。
「フィトはすっごくいいにおいだよ? だからすぐわかるんだぁ」
「……リオン。それ、ヘンタイ発言だよ……?」
ほわん、とした表情を見せるリオンを、引いたような目でフィトは見る。
リオンは「ほんとなのに……」と、変態扱いされてしゅんとした。
そんなふたりのやり取りを見て、弟リオンの言葉に通じていたレオンは、冷や汗を流す。
危なく自分もフィトのヘンタイ認定を受けるところだった、と胸をなでおろしたのである。
というのも、昨夜、至近距離でフィトのにおいをスンスンしたのをひとりで思い出していたのだ。とにかく、このことは伏せておこう、とヘンタイ二号認定を避けるため、犬耳兄はそう密かに思うのであった。
「……ね。そういえば、どうやって狼の群れを止めたの?」
大人しくおすわりを続ける狼たちを見て、フィトは首をかしげる。
「ああ、こいつらに命令したんだよ」
「命令……?」
フィトは頭の上にクエスチョンマークを浮かべて聞き返す。
「簡単に言うと、僕たちこいつらの親分になったんだよ」
「親分!?」
簡単どころか、ますますわからない。
フィトの頭上には、クエスチョンマークに加えてビックリマークも飛び出す。
一体、どういうことなのだろう。
「僕たち、犬だからねぇ。こいつらと話せるんだ。犬語っていうのかな……テレパシーっていった方が近いかもしれないけど」
「えっ!? ええええええーっ!?」
フィトは驚いて思わず大きな声を上げる。
その声は、夜のリリー・オブ・ザ・バレーにこだまして響き渡り、フィトの耳にも自分の声が返って聞こえてきた。
「こいつらがフィトに襲い掛かろうとしたのが見えたから、声を送るのと同時に強い殺気を放ったんだ。狼ってのは諦めやすい性格でさ。狩りが成功しないことがわかったら、瞬時に獲物を追うのをやめて諦めることが多いんだよ」
「へ、へぇ~……」
目を丸くして話を聞くフィト。
なぜふたりは、こんなにも狼の生態系に詳しいのだろうか。
狼はイヌ科と呼ばれる生き物だからなのか。とことん謎である。
「あぁ、放置してゴメンな。お前ら、楽にしていいぞー」
レオンがそう言うと緊張の糸が解けたのか、狼たちはぐったりと地面に伏せった。
「なんか……スゴイね。狼を手懐けるなんて、初めて見たよ」
「狼は凶暴って思われがちなんだけど、本当は警戒心が強くて臆病なんだよ。だから本来、自分たちから人間に危害を加えるよう事は滅多にしないはずなんだけどなぁ……」
リオンはあごに手を当てて言う。
それを聞いたレオンも「確かにな」と、同意を示す。
「一応聞いてみるか。……なぁ、お前たち。どうしてフィトを……人間を襲ったりしたんだ?」
レオンが狼たちに語り掛けると、狼たちは互いに顔を見合わせてそわそわとした。
「えっと……。先に手を出してきたのは人間……俺たちの大事な子供をすべて焼き払って行った……産まれたばかりで目も見えなかったのに……だから報復してやろうと思った……大事な大事な、子供の仇……。なるほどな」
「どうして? そんな酷い事、一体誰が、何のために……?」
フィトはレオンの通訳を聞いて、ぎゅっと胸元を握りしめた。
「お前たちの気持ちはわかるけど、誰彼構わず攻撃するものじゃない。それこそ、負の連鎖になっちまうからな。それで、犯人はどうしたんだ?」
レオンの問いかけに、一頭の雌狼が首を横に振る。
「わからない、どこかに行っちゃった……って言ってるね。それにしても、酷いね。自然界は弱肉強食って言うけど、こんなやり方どうかしてるよ。それに、生態系が脅かされちゃうじゃないか」
「その通りだな。……ってお前、怪我してんじゃねーか! ちょっと見せてみろ!」
レオンはそう言うと雌狼の側に近寄り、怪我の確認をする。
雌狼の肢体は、前足から腹にかけて毛が焼け焦げていた。患部はただれ、水泡ができ、皮膚の表面が剥がれてしまっている。
「これ……火傷か。それもかなりの重症だ。お前、かなり無理してたんだろ? 普通は痛みで動けるような状態じゃねーぞ……」
レオンはそう言うと、雌狼の火傷に治癒魔法をかけてやる。
雌狼はその感覚に驚いて飛び跳ねたが、そのうち安心してレオンに身体を預けてきた。淡い緑色の光が、徐々に火傷の傷跡を癒していく。
これだけの傷を負っても、どうすることも出来ずにいたのだろう。野生に生きる狼は、人間と違って薬などで治療や処置をすることはまずない。その痛々しい傷跡に、レオンは顔を歪める。
「大丈夫だ、すぐに良くなるからな。……そうか。お前、子供を守ろうとしてやられたのか。立派だったな」
そう言うと、レオンは雌狼を優しく撫でてやる。
レオンは治療をしている際、気がかりなことがあった。微かだが、雌狼の火傷から魔力を感じ取ったのだ。
この火傷は、魔法でやられたもの――?
地上に魔法の使える人間が、存在するってことなのか――?
それとも、魔法を使える誰かがここに来た――? いやいや、まさかな――。
すべては証拠もなく、憶測でしかないのだ。信憑性もないのに、フィトやリオンを不安にさせるのは良くない。
そう思って、レオンは口に出すのを止めておいた。
「ここ、お前たちの縄張りなんだよね。勝手に入り込んで、儀式もせずに順位交代して悪かったよ。僕たちは用が終わったらすぐにここを離れるから、いままで通りお前がリーダーを務めるといい。力で脅すようなことをして、ごめんよ」
リオンがそう言うと、まわりに狼たちが集まってくる。
狼たちは尻尾を振りながらリオンにすり寄ったり、口のまわりをペロペロと舐めた。
リオンが「お前たち、くすぐったいよ! あはは! ほら、やめろってば!」と、狼たちとコミュニケーションを取っていると。
フィトの所にも、三匹の狼が近寄って来る。
「なぁに? どうしたの?」
フィトがそう問いかけると、狼は短く「クゥーン」と鳴いた。
「フィト、そいつらはね。さっきは襲い掛かってごめんって言ってるよ」
「そうなの!? そんな、謝らなくてもいいよ! あなたたちにも理由があったんだし……。人間が酷いことして、ごめんね」
三匹の狼は、フィトの言葉を聞くと嬉しそうな表情を見せる。
そして、仲直りのしるしと称して、ダンスを披露してくれのだ。初めて見る狼ダンスに、とても楽しそうに笑顔を浮かべるフィト。
楽しそうに笑う少女を見て、リオンはフィトが笑ってくれてよかった、と安心して顔を綻ばせるのであった。
***
「……よし! これでもう動けるぞ! 傷は癒せても、毛並みまでは戻せねーからなぁ。生えるまでは辛抱してくれな」
レオンは雌狼の火傷を治療し終えると、よしよしと頭を撫でてやる。雌狼はレオンにすっかり懐いてしまったようで、スリスリと身体を寄せていた。
焼けて剥げてしまった箇所が目立ってしまうが、しばらくしたら綺麗な毛並みに戻るだろう。
雌狼の治療を終え、三人は仲良くなった狼たちとお別れをする。
「お前たち、元気でな。もう悪い奴にやられるなよ!」
「ばいばい! またどこかで会えるといいね!」
「次に会えた時は、僕にも狼ダンス教えてねー!」
狼たちは名残惜しそうに遠吠えをすると、走って去って行く。
その姿は、すぐに夜の闇に紛れて見えなくなった。




