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アルティメット エンド  作者: 齋音寺 里
第三章・大地の息吹く場所
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第一話・声の呼ぶ方へ(2)

 さらに歩いて行くと、グラシナに来る途中にあった分かれ道にぶつかる。



「こっち……?」



 フィトが進んだのは、来た道とは違う方向。慣れない地形に戸惑いながら、フィトは歩いたことのない分かれ道へと進んで行く。

 ふと、月に叢雲(むらくも)がかかり、辺りが一気に暗くなる。

 さっきグラシナを出た時は、雲一つない星空が広がっていたのになぁ、とフィトは夜空を見上げる。

 風が吹いているせいで、雲の流れが速くなっているようだ。谷風(こくふう)に押さえた、長いまっすぐな黒髪が指に絡む。

 リリーの花が、灯りの役目をしてくれているおかげで、かろうじて進める程の明るさはある。

 夜の闇に物怖じしてはいられない。歩くペースを緩めることなく、フィトは先へと向かう。


 その時――。

 暗闇の中に怪しく光る()()が見えた。不気味に光るその真紅の光は、だんだんこちらに近付いてくる。

 なんだろう、と目を凝らして見てみるも、暗い上に岩陰が邪魔してよくわからない。

 真紅の光を放つものと、距離が三メートル程に縮まったその時。

 リリーの花と、雲から顔を出した月明かりに照らされて、()()が姿を現す。


 夜の漆黒に溶け込むような黒い毛並みに、真紅の瞳。四つ足で俊敏(しゅんびん)に動き、牙を剥く生き物。

 その正体は、狼の群れだった。真紅に光っていたのは、狼の瞳だったのだ。



「グルルルル……!」

 狼は鋭い牙の間から唾液を垂らして低く唸っている。



 逃げようと後ろを振り向くも、フィトはすでに取り囲まれていた。台地の上にも、こちらを見下ろす狼の姿がある。

 狼の群れは、ざっと見ただけでも八頭はいるだろう。じりじりと距離を詰めてくる。



「うそ……! どうしよう……!」



 どこを見ても、逃げ道が見つからない。絶体絶命の恐怖に、フィトは身体をすくませた。

 今更ながら、少女はレオンとリオンとの約束を破ったことを後悔した。こんな事になるなら、さっき素直に声をかければよかった、と。

 目的地は、きっともう少しのはずなのに。



 私、ここで死んじゃうの――?

 もう、ふたりと会えないの? それに、お兄ちゃんにもまだ――。



 ひと際肢体(したい)の大きなリーダー格の狼が、力強く遠吠えするのが聞こえてきた。

 狼の遠吠えは、狩の前触(まえぶ)れを意味する。狼たちは、完全にフィトを獲物として狩るつもりのようだ。

 遠吠えが終わると、リーダー格の狼が吠え声で仲間に合図をする。そして、狙いを定めた狼たちが一斉にフィトに飛び掛かってきた。

 フィトはぎゅっと目を閉じて、死を覚悟する。



 ――もう、ダメ……!



 フィトがそう思った直後。

 活路を完全に断たれ、助かることを諦めかけていた小さな少女は、異変に気付く。



「あれ……?」



 たったさっき、狼は自分に飛び掛かってきたはず。

 それなのに、身体に痛みが走ることもなく、スプラッタな展開にもなっていないのだ。



「どういうこと……?」



 なにが起きたのだろう。飛び掛かってきたはずの狼が、フィトを襲うことをピタリと止めたのだ。

 狼たちは、怯えたような様子でうろうろと辺りを彷徨(さまよ)っている。そして、あろうことか狼たちはその場に座り込んでしまったのだ。



「何が起きてるの……?」



 死を覚悟していたフィトは、そっと周りを見渡す。

 すると、フィトが歩いてきた方角から聞き慣れた声が響く。



「おいお前ら、待てだ、待て! そのまま動くんじゃねーぞ!」

「そうそう! お前たち、おすわり! だよっ!」



 声の方向を振り返ると――。

 月明かりに照らされた人影が、遠くにふたつ見えた。

 リリー・オブ・ザ・バレーに吹く風に茶色いローブをなびかせ、その見覚えのある人影が走ってこっちに向かって来る。



「レオン……! リオン……!」

 ふたりを見つけた途端、フィトの顔がふにゃっと崩れた。



「フィト、大丈夫!? 怪我はない?」



 息を切らせながらフィトに駆け寄る兄弟。

 リオンが心配そうにがばっと肩を掴み、尋ねてくる。



「……うん、大丈夫だよ。何ともないよ」

「そっか、よかった。もう、心配したよ! どうして……」



 そう言いかけるリオンを、レオンがぐいっと強引に押しのける。

 リオンは横暴(おうぼう)な兄の行動に文句を言おうとしたが、レオンの表情を見て口をつぐんだ。

 その様子を見て、いつものレオンじゃない、とフィトもすぐに悟った。

 物凄く怒っているのだろう。拳を震えるほど握りしめているのが見て取れる。(うつむ)くレオンの顔は、月明かりが逆光になってよく見えない。

 フィトの前で腰をかがめ、レオンはゆっくりと口を開く。



「この、バカっ!」



 開口一番に出た言葉がこれだった。

 突然、バカ! と怒鳴りつけられてフィトはびっくりして目を見開く。



「なんで一人で勝手に出てったんだよ! 俺たちになんの相談もなしで! こんな夜中に! 今は何事もなく助けられたからよかったものの、もう少し遅れてたら命落としてたかもしれねーんだぞ!?」



 物凄い剣幕(けんまく)でフィトを叱るレオン。

 弟のリオンも、喧嘩以外でこんな風に怒るレオンを見たのは久しぶりだった。

 最後に、こんな風に兄さんが怒ったのはいつだったっけ、とふと考える。



「バカ! バカバカバカ! 大バカだ、フィトは!」



 立て続けにバカを連呼するレオン。

 その気迫に、フィトもリオンも思わず黙り込む。



「理由があってここまで来たんだろ? それはわかってるよ。だけど! どんな理由があるにせよ、死んでからじゃ遅いんだよ……!」



 レオンは、ぎゅっと握った拳にさらに力を込める。

 その拳から血が(にじ)んで、ぽたぽたと地面に(したた)った。



「人間は、弱い生き物だ。俺たち怪物と違って傷の治癒力も低くて、魔法も使えない。一度だって致命傷を受けたらすぐに命を落としかねない。……長い年月、冥界の門番やってるからさ、わかるんだよ。死んだらもう、その魂は甦ることは出来ない。二度と生き返ることはない。魔法を使ったって、何したって、死んだら終わりなんだ! もう、話すことも笑うことも出来ない。泣いたり怒ったりも出来ない。フィトがそんな風になるのは……そんなのは、嫌だ!」



 怒りに身体を震わせながら、レオンは声を絞り出して言う。



「……なぁ。頼むから、勝手にいなくなったりしないでくれ。俺たちの知らない所で命を危険に晒すような真似はしないでくれ。俺たちは……俺は、フィトがいなくなるなんて、絶対に嫌なんだよ……!」



 話し終えると、レオンは力なく項垂(うなだ)れる。

 そして「フィトが無事で、本当によかった……!」と、最後にこう言った。



「ご、ごめ……ごめんなさいぃ……! うわあああああん!」



 レオンの魂の叫びともいえる言葉を聞いて、フィトは感極まってボロボロと泣き出した。

 死に直面した怖さと、ふたりが来てくれた嬉しさと安心と。いろいろなものが溢れて止まらなかったのだろう。

 レオンとリオンは、泣きじゃくるフィトを黙って見守る。少女が落ち着くまで、ただ、側にいてくれるのだった。

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