第三話・花咲く渓谷(8)
「……はぁ。まったく、世話の焼ける弟だよ。悪いな、トロンさん」
「ガキのおもりは御免だって言っただろ? 次はねぇからな」
酔いつぶれてトロンに担がれる弟を、さけずんだ目つきで見るレオン。
おおきなあくびをしているトロンの目を盗み、「口ではこう言ってるけどね。本当は面倒見がいいんだよ。悪く思わないでやってね」と、ラシーヌはヒソヒソと、レオンに教えてくれた。
「それにしても、あんたたち。兄弟で女の子の取り合いなんてなかなかやるじゃないの」
このこの、とレオンを右腕でつつくラシーヌ。
「べっ、別に! そんなんじゃねぇよ!」
「あらあら、素直じゃないのね? あまり意地張ってると、弟クンに先越されちゃうわよ?」
「うっ……」
「その様子だと、図星なのね。アプローチ、苦手なんだ?」
「俺、口下手だから、どうしたらいいのかわかんねーし……」
ラシーヌのゴリ押しに観念したのか、レオンは気恥ずかしそうに胸の内をさらけ出した。
大人の女性のアドバイスは、なかなか説得力があるのだろう。
「理屈こねくり回すより、たまには思ったこと言ってみたら? フィトに対しては、ド直球すぎるほどストレートな方がいいと思うけどねぇ」
「うーん……」
「ま、きっとまだしばらくは心配いらないわよ。だってこの子、恋だの愛だのにだいぶ疎いみたいだし? 少なくとも、あんたら兄弟の事もぜんぜん意識してないと思うしね」
「そんなハッキリ言わなくても……」
ラシーヌの言葉を聞いて、レオンはあからさまにガックリとした表情を見せる。
分かっているとはいえ、第三者に現実を突きつけられると、だいぶ刺さるものがあるのだ。
紫色の髪をかき上げ、「ふふふ、悪かったわ。若い子見てるとつい、構いたくなっちゃうのよねぇ」と、楽しそうにラシーヌは笑う。
「ま、今日のところはあんたが一歩リードって感じ? フィトは覚えてないかもしれないけどね。あんたのことも、リオンのことも応援してるから、悩んだらいつでもお姉さんに相談しなさいな!」
ラシーヌはそう言うと、バシバシとレオンの肩を叩いた。その、なんと凄まじい力か。本当にこの人は女なのか? と、疑うレベルの力の強さだ。
フィトをおぶっているレオンは、何とかよろけるのを耐えたのであった。
***
「……さてと。リースリングに着いたわね。グラシナに滞在中、また困ったことがあれば何でも言いなさいね! 大抵、昼間はその辺で客引き、夜はさっきの酒場で飲んでるから!」
「ラシーヌさん、ありがとな。ほんと、いろいろ助かったよ」
レオンはぺこっとラシーヌに頭を下げる。
「いいのよ、そんなかしこまらずに! 私も楽しかったわ! ありがとう」
「ラシーヌ、気を付けてな」
「トロン、ありがとね。また近いうちに来るわ。……じゃあ、明日も気を付けてよい旅を! おやすみねー!」
最後まで面倒見のいいラシーヌは、宿屋の前まで付き添ってくれた。
すっかり世話になっちまったなぁ、とレオンはラシーヌを見送って宿の中に入る。
トロンはというと、なんだかんだ部屋までリオンを送ってくれた。雑にベッドに放り投げはしたが、まぁ男の介抱なんてそんなもんだろう。
ラシーヌの言う通り、口は悪いが仲良くなると情に厚いようだ。
「ほんじゃ、鍵閉めて寝ろよ」
「トロンさん、ありがとな。弟が世話になったよ。それに酒代まで出してもらっちまって、悪かったな」
「まぁ、気にすんな。あと、ずっと思ってたんだが、トロンさんはやめろ。ガラじゃねぇ」
トロンは気怠そうにそう言うと、手で払う仕草をした。
「じゃあ、なんて呼べば……?」
「あん? 普通にトロンでいい。酒酌み交わした仲だろ? この街は、仲良くなったら年の差なんて気にしない所だからな。気楽にしてろ」
「お、おう。わかった。トロン、サンキューな!」
いきなり友達口調もおかしかったかな、と省みるレオン。
しかし、そこには嬉しそうに口元を緩めるトロンがいた。
トロンのそんな顔を見たのは、それが初めてだったので、レオンも嬉しくなって笑顔を浮かべる。
「それでいい。じゃ、ゆっくり休めよ。また明日な」
そう言ってパタン、とドアを閉めてトロンは去って行くのであった。
***
レオンは自分の背中で熟睡するフィトを、ベッドにそっと寝かせてやる。
気持ちよさそうに眠るフィトに優しく掛布をした後。フィトの寝顔を見て、レオンはふっと顔をほころばせた。
それから、隣のベッドで寝ている弟リオンにも、仕方なく掛布をしてやったのであった。
部屋の雰囲気はフロントの造りと同様、ネイティブ柄のラグと木の家具が置かれていた。部屋は三人用ということもあり、まずまずの広さだ。
トイレ、風呂、キッチンがあり、家具や調理器具なども一式置かれている。必要なものが揃った、不自由なくくつろげる空間だ。
自分も休んでおこう、とレオンも空いている左端のベッドに横になる。
部屋に掛かった時計を見ると、指針は二十三の刻を指していた。もうすぐ今日が終わろうとしている中、今日一日の出来事を思い返す。
「今日も一日、いろんなことがあったな……」
朝早くフィトの集落を出て、みんなで初めての旅をして。
たくさん初めてのものを見て、いろんな人に出会って。
相談事をしたり、酒まで酌み交わす仲になれた。それは、本当に楽しい時間だった。
グラシナまで辿り着くことは出来たが、まだ目的はひとつも達成できていない。
実際の所、冥界に戻る方法など見当もつかないのだ。冥界に戻れるのは、一体いつになるのだろう。そんな思いが、レオンの脳裏をかすめる。
地上で過ごす時間は、とても新鮮で楽しいものだ。可愛いフィトともずっと一緒にいられる。
しかし、やはり冥界の事が気がかりなのだ。冥界がいまどんな状況なのか、何か起きてやしないか、不安は募るばかり。
ただ、こればかりはどう足掻いてもどうにもならないのだ。何とか戻る方法を見つけなければ、とレオンは少々気持ちを焦らせる。
「でも明日はフィトが話していた、声の主を探し出さないとな……」
そんなつぶやきをしながらベッドで横になっていると、だんだんと瞼が重たくなってくる。
レオンもいつの間にか酔いとともに、心地よい眠りに落ちていった。
これにて第二章終了です。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
グラシナまでの旅路、少々ほのぼのが長めに続いてしまいましたが!
やっと初バトルシーンが出てきましたね!
第三章からは、物語の核心に少しずつですが近付いて行きます。
第三章も毎日投稿でいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!




