第三話・花咲く渓谷(7)
「はにゃにゃにゃ~! なんら~! ふわふわするのぉ~!」
「ひっく……もう、飲めないよぉ……」
完全に酔っぱらったフィトと、寝落ちたリオン。
弟に関しては、こうなることは予測出来ていた。そう、リオンは酒に弱いのだ。
冥界と魔界では、七色の酒癖を持つ厄介者とまで言われていた。
喜怒哀楽が激しくなるのはもちろん、毒舌魔、魔法乱撃魔、寝落ちなど。
時には、微量の酒でも様々な厄介状態を引き起こすのである。
その度に、レオンが面倒を見ている始末。本人は酔うと記憶が曖昧で、酒を好んで飲みたがるので余計にタチが悪い。
それでも許してしまうのは、やはり兄の優しさというか、甘やかしというか。
今回に至っては寝落ちで済んだからいいものの、この状況で、魔法を乱撃していたらどうしていたのだろう。考えただけでおぞましい。
今後はどんな時でも、甘やかさずにコイツをコントロールしないとな……と、レオンは肝に銘じるのであった。
しかし、問題なのはフィトだ。
初めて酒を飲んだとはいえ、まさかこうなるとは。
「つめとぎ~! つめとぎ~! きゃはははは!」
フィトは後ろの壁を引っ掻いて、何やら楽しそうだ。
全くもって理解不能な行動だが。
「あらあら、まあまあ。ちょっと飲ませすぎちゃったかしら」
「ちょっとどころじゃねーだろ! ったく、どーすんだよ……明らかに飲みすぎだろ……」
「しょうがないじゃないの。楽しくなっちゃったんだからぁ」
「まぁ、しゃーないか……。楽しい日だからって、野放しにしておいた俺も悪かったよ……」
しかし、恐ろしいのはそれだけではない。
テーブルの上には、空のワインボトル十本。そして重ねられた料理の空皿の数々。
一体いくらになるんだ、これ……? と、ゾッとするレオン。
そんな地獄の光景を目前に、支払い係? のトロンは絶望していた。
「ん~! いっぱい飲んだわ~! まだまだ飲めるけどっ!」
そう言って立ち上がったラシーヌは、嘘のように気丈だ。
これぞまさに、酒豪である。
「さ、そろそろ戻りましょ! 明日も街を見て回るんでしょ?」
「そうだな。二人もこんなだし……ほら、リオン起きろ。帰るぞ」
「んん~……何らよぉ、ひよ兄めぇ……ぶちかますぞぉ!」
「……てめえ、置いて帰んぞ?」
寝ぼけてまで悪態をつく弟に、レオンは顔をヒクつかせた。
腹が立ったのでリオンは放っておき、今度はフィトに声をかける。
「フィト、そろそろ戻ろう? 宿でしっかり休まないと」
優しく声をかけてくれるレオンの顔を、じーっと見つめるフィト。けっこう近い距離だったので、レオンは思わずドキッとしてしまう。
頬を染めた無防備な顔と、微熱を帯びる吐息。潤んだ碧色の瞳。
酒の火照りに増して、レオンの顔が熱くなる。つい、その柔らかそうな唇に目がいってしまって、レオンは顔をそらした。
――酔ってるフィト、可愛すぎかよ……! と、レオンは思わず、心の中で叫ぶ。
そんな事を思っていると。
自分の身体にぐっと何かがのしかかり、思わず「へ?」と、レオンは声を上げる。
ふと、その方向を見ると、突然の出来事にレオンはパニックに陥った。
いきなりフィトが、もたれかかってきたのだ。
「なっ!? なななななな……!?」
激しく高鳴る鼓動と、ぐるぐると回る視界。パニックになって、頭の中がまっしろだ。
フィトの黒髪からふわふわといい香りがして、胸がきゅうっとしてしまう。
酒には強い方のレオンだが、疲れと緊張からか、多少なりとも酔っているのだ。ここが公衆の面前だとしても、細い小さな身体を抱きしめてしまいたい衝動に駆られた。
しかし、ぐっとその気持ちを抑え、ぶんぶんと首を振る。
「……フィト? なぁ、どうした……って、あれ?」
「くぅ……くぅ……」
そう言って、フィトから軽く身体を離すレオン。
身体の力が抜けたフィトは、寝息を立てていたのだ。
そっとフィトの顔を覗き込み「まさか、寝てる……?」と、レオンがつぶやくと。
「寝てるな」
「寝てるわね」
それを見ていたラシーヌとトロンが、口をそろえてレオンに言った。
二人はわかっていて見ていたらしい。にんまりと笑みを浮かべている。
レオンは何も言えず、口をぱくぱくとさせた。それから恐ろしいほどの恥ずかしさが襲ってきて、顔を両手で覆うのであった。
「支払いは済ませてあるからな、戻るぞ」
トロンはそう言うと、いまだ寝続けるリオンを荒々しく担ぎ、店の入り口に向かって行く。
「若いっていいわねぇ、初々しくって! ほらほら! フィトは、あんたがおぶってやりなさいな!」
ニヤつきながらラシーヌはそう言い残し、トロンに続いて外に出て行ってしまった。
レオンは恥ずかしそうに頭をかくと、無防備なフィトをもう一度見つめる。
可愛い寝顔の少女は、むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠っており、しばらく起きそうな気配はない。
「俺だって、男なんだぞ……」
レオンはそう呟き、フィトの腕を自分の肩に回す。
見送ってくれたラモにお礼を言うと、そのままフィトをおぶって店の外に出るのであった。




