第三話・花咲く渓谷(5)
「ラシーヌさん、助けてくれてありがとうございました! 私、世間知らずだから、とラシーヌさんが教えてくれてなかったら、あのまま騙されていたところでした」
フィトは笑顔を見せるとラシーヌにぺこっとお辞儀し、感謝を伝える。
「気にしなくていいわよ、そんなの。でもね、あんたたち、そんなんじゃすぐに騙されちゃうわよ? やっぱり旅をするんだったら、交渉術と通貨価値、金銭感覚をきちんを勉強して、目を養わないと!」
ラシーヌはそう言うと、丁寧に買い物や宿泊の金銭交渉術を伝授してくれた。
最初はケバくて軽そうで信用できない印象だったが、ラシーヌは本当は気のいいお姉さんタイプのようだ。気分屋なところもありそうだが、決して悪い人ではないのだろう。
「ラシーヌさん、ありがとうございます! 素晴らしき技の伝授でした! 私、頑張って最高の交渉術士になってみせます!」
そう言って、フィトは謎の闘志を燃やし始めた。
ラシーヌは、この子に話したのは失敗だったかしら、と後悔したがもう遅い。少女は交渉術士への道を歩み始めようと、意気揚々としているのだ。
ため息をつきながら、ラシーヌは「あんた、何事にも一生懸命なのは良いことだけど、迷走しすぎないようにね……?」と、空回りしそうなフィトに軽く釘をさしておくのであった。
***
「あの。ちょっと、話す時間もらえますか?」
フィトは店主トロンとラシーヌに、マネージェスチャーをしながら言う。
「あぁ、支払いの相談か? いいぜ」
「相談なんてケチくさいわね。あんたたち、男なら黙って出してあげなさいよ」
ラシーヌのその言葉は、文無し兄弟のハートにグサッと刺さった。
レオンとリオンは鋭い精神攻撃に瀕死寸前のダメージを受けた。ぐおおおお……と、胸を抱えている。
「ラシーヌ、世の中不景気なんだからよ……」
「何か言った?」
「いや、なんでも……」
そんな兄弟に助け舟を出したトロンは、一言で返り討ちにされてしまった。
何か私情も入っていそうな意味合いにも取れたのだが、それは二人の間柄によるものなのだろう。自分たちの事でいっぱいいっぱいな三人には、今はそんな事を考えている余裕はない。
一行は互いに向かい合い、小声で話をし始める。
(……ごめんな、フィト。女の子に支払いさせるなんて情けないにも程があるんだけど……)
(……僕たち、冥界の通貨しか持ってないからなぁ……ごめんね)
(……そんなこと、気にしなくていーよっ! だいじょーぶ!)
(……フィト、ありがとう。このお礼は必ずするからね)
(……こういう時はお互い様だから、いいのに)
(……そういう訳にはいかないよ。何か考えておくね)
(……ああ。リオンの言う通りだ。何かで返させてくれよな)
そう言ってくれるレオンとリオンの厚意を、フィトは素直に受け取ることにした。
笑顔で「楽しみにしてるね」と、口にする。
(……ね、お支払いしなきゃ。何とか見られないように、ポシェット出せないかな?)
(……フィトとリオンで、店主とラシーヌさんの気を引けるか? そしたらその隙に、俺がポケットブックからポシェットを出すよ)
(……オーケー。じゃあ、いっちょやりますか!)
三人は相談を終えると、互いに頷き合う。
「今回はレオンが出してくれることになりましたぁ~!」
「あの馬鹿兄が、どこにお金しまったか忘れて探してるみたいなんでしばしお待ちを!」
ぱんぱかぱーん! というようなフィトのテンション。やや不自然だったが、その明るさがフィトらしい。
弟リオンに関しては自然な文句だが、悪意が感じられる酷い言い回しである。
フィトとリオンは、店主トロンとラシーヌにそう切り出すと、そのまま雑談を始めた。何も気にする事無く、トロンとラシーヌは二人の会話に乗ってくる。
そのまま注意を引き付け、リオンが繰り出す巧みな話術にフィトが会話を合わせて時間を稼ぐ。
二人の一芝居のお陰で、レオンは無事にポケットブックからポシェットを取り出すことに成功した。
あの野郎、好き勝手言いやがって……と、弟の発言にだいぶイラッとしていたが。
レオンはカウンターの方に戻って来ると、フィトとアイコンタクトを取り、ポシェットから通貨の入っている袋を取り出す。
そして、適当に袋の通貨をカウンターに並べ置いた。すると――。
「……んんっ?」
レオンとリオンは、取り出した通貨を凝視する。
「これ、俺たちの使ってる通貨と同じじゃね……?」
「ほんとだ……!」
「えっ! そうなの!?」
あまりの驚きに、ふたりは懐からがまぐちを取り出した。
そして、冥界の通貨をカウンターに並べてみる。
「わぉ。まるっと同じだ……」
「食べ物だけじゃなくて、お金も一緒なの……?」
「同じ世界だから、なのか……?」
銅貨、銀貨、金貨をまじまじと見つめ、三人は顔を見合わせる。
並べられたそれは、全く同じものだったのだ。
そんな三人を見て、ラシーヌとトロンは何の話をしてるんだ? といった視線を向ける。
にわかには信じがたい事実を確認するため、レオンは遠回しにトロンで試してみる事にした。
「店主さん。つかぬ事を聞くんだが……この硬貨、どう思う?」
「あぁ? どうって……」
そう言われ、レオンとリオンのがまぐちから出した硬貨をじっと見つめるトロン。
その様子をドキドキしながら、三人は見守る。
「どっからどう見ても、普通の硬貨だろ? これがどうしたってんだよ?」
「いや、分かんねーならいいんだ」
「分からないって、何をだ? なんだよ、俺をからかってんのか?」
レオンの言うことが腑に落ちず、顔をしかめる店主トロン。
意味もなくトロンを不機嫌にさせてしまったが、トロンの機嫌と引き換えに、三人は硬貨が同じものであることを証明できたのだ。安いもんだろう。
リオンは話を逸らすように「店主さん、そういうわけじゃないんだよ。じゃあこれ、銅貨六枚!」と言って、自分のがまぐちから銅貨を六枚トロンに渡した。
「はいよ、確かに。部屋は階段上がって一番右の部屋な」
「お世話になりまぁーす」
何食わぬ顔で支払いを済ませるリオン。
予想外にスマートな支払いをしたリオンに、フィトはペコペコと頭を下げてお礼を言う。
レオンは自分が切り出した作戦だったのにも関わらず、おいしいところを弟に持って行かれたので畜生と思っているのだろう。
そのやり取りをまたもやニヤニヤとした顔で見ていたラシーヌは、お兄ちゃんが払うつもりだったのに、弟クンに持ってかれちゃったのね~と、笑いを堪えている。
「ったく、なんだかなぁ……調子狂うぜ……」と、ぶつくさ言うトロン。
宿屋の店主は何の疑問も抱かず、手渡された銅貨をさっと売上箱にしまうのであった。
***
「……さてと。話は終わったかしら? それじゃ、行くわよ」
「え? 行くってどこに……」
「行きつけの酒場に案内してあげるっ! あんたたち、この辺の人間じゃないんでしょ? 土地勘がないと、この街は少し歩いただけですぐに迷っちゃうわよ。飯食いがてら、酒に付き合いなさいな」
そう言うと、ラシーヌはくいっと親指でドアの方を指した。
どこまでも強引な彼女だが、正直その申し出はとても有難い。確かにグラシナの街は、何層もの居住が同じように立ち並んでいる。多くの階段と坂道は、まるで迷路のようだ。
ラシーヌの言う通り、土地勘がなければどこを通ったかすぐにわからなくなってしまうだろう。
それに、自分に付き合えと言ってはいるが、こちらに気を遣わせないようにそう言ってくれているのであろう。先程、店主トロンの悪質なぼったくりから助けてくれた事もあり、信頼しても良さそうだ。
「ふたりとも、せっかくだから、案内してもらお?」
「うん、そうだね。かなり複雑な道だったから、もう来た道もわからないよ……」
「ほんとにな。下手に出歩けばここに戻ることも困難だろうからな」
「それじゃ、決まりだね! ラシーヌさん、ありがとうございます!」
フィトが微笑んでそう言うと、ラシーヌも嬉しそうに笑って見せた。
「アタシ、堅っ苦しいの苦手だからさ。敬語はナシね」と、ラシーヌは笑顔で言う。
ポニーテールにまとめた長い紫色の髪を揺らし、店の扉を開けて三人を案内する。
「いってら」と言う店主トロンに向かって、「は? あんたも行くのよ!」と踵を返すラシーヌ。
トロンは「そんな滅茶苦茶な……」などと文句を言いながらも、『本日受付終了』の札を店先に掲げ、ラシーヌについて来るのであった。




