第三話・花咲く渓谷(2)
坂と階段だらけの街は、居住が複雑な階段状に密集して造られていた。
家の屋根が道になっている――といえば想像がつくだろうか。
道にはところどころ煙突が突き出したり、人の家の屋根が庭になっていたり。住人は皆、当たり前のごとく屋根づたいに移動をしている。
復興のためか、人々が忙しそうに街の中を行き来しているのが分かる。
土地勘がない為、周りを見ながらあてもなく街の中を歩いてみる一行。ところが、街に入ってすぐに三人は居心地の悪さを感じ取った。
その正体は――――露骨な視線。行きかう人々がすれ違い際にじろじろとこちらを見ているのだ。
「なんか、私たち、すっごく見られてる……?」
フィトがまわりの視線を気にして、こそこそとふたりに耳打ちする。
「あー、これかもな」
「だね」
そう言って兄弟は、自分たちに付いている耳としっぽを指さす。
それを聞いて初めてフィトは、何かを悟った顔をした。
やはり地上では、レオンとリオンの見た目が異常なものであるらしい。兄弟を見つめる人々の好奇の目が、それを痛いほど物語っていた。
ただし、グラシナはガルデニアの隣町だ。隣町の行事について把握していてもおかしくはないだろう。
犬耳兄弟を見る露骨な視線は、仮装のままこっちに来たの……? というヤバいものを見る目か。
もしくは、被害に遭っている街に、お祭り気分の部外者が来て気分を害してのものなのか。
きっと、このどちらかの可能性が高いだろう。
まさか怪物が地上にいるなんて、人間達は思わないだろうしな……、と兄弟は踏んだのだ。
「ううーん。ガルデニアから隣町っていっても、グラシナで仮装しっぱなしっていうのは、無理があるのかなぁ……?」
「そうかもしれないな。しかし、どうしたもんかなぁ。これ、取ろうと思って取れるもんじゃねーからな……」
「ローブのフードをかぶって隠した方がいいのかな? 僕、フードかぶるの嫌いなんだよねぇ」
レオンとリオンが悩まし気に耳としっぽに手をかけていた時。
一人の中年男性が「やぁ。何かお困りかい?」と、声をかけてきた。
「君たち、見ない顔だね。それに、面白い恰好をしている。もしかして、隣町のガルデニアから来たのかい?」
親切に事情を聞いてくれている辺り、悪い人ではなさそうだ。
三人は警戒心を解き、炭鉱夫のような服装の男性に話を聞いてみることにした。
しかし、まだまだ地上の人と話し慣れていないレオンとリオン。ボロを出さない為にも、ここはフィトに任せようとだんまりを決め込んだ。
「はい、そうなんです。私たち、ガルデニアから来たんです」
「やっぱりそうか! いやぁ、あまりにも奇抜な格好をしていたもんだから、気になってしまってね。あっちでは祭りをやっていると聞いていたから、もしかしてと思ったんだよ!」
炭鉱夫服の男性は、自分の予想が当たったことに誇らしげな顔をした。
そして、そのまま続ける。
「でも、どうしてグラシナに? 知っているとは思うけど、今は地震騒ぎで観光どころじゃなくてなぁ。せっかく来てもらったのに、暗い雰囲気で申し訳ないねぇ」
「いえ! 私たち、観光で来たわけではなくて、グラシナに復興のお手伝いに来たんです!」
フィトがそう告げると、男性は目を丸くして感心した。
「おお、そうなのか! ありがとう! 君たち、まだ若いのに感心するなぁ。でも復興作業は残すところ、街の修復と整備が主にあるくらいだからなぁ」
「えっ? 助けが遅れている人とか、生き埋めになってしまっている人はいないんですか!?」
フィトが驚いてそう言葉を返すと。
男性もまた、フィトの言葉に目を丸くするのだった。そして、いきなりどっと笑い出す。
「はっはっは! そんな大層な事にはなっていないよ! ちまたでは、そんな噂がながれているのかな? 参ったなぁ~。多少、怪我をした人や、重傷でいまも治療を受けている人はたくさんいるけどね。そんな大事になっていたら、今頃は僕も街を駆け回っているだろうよ。こんな風に君たちに声をかける余裕もないだろうからね」
男性の話に、三人は思わず拍子抜けしてしまった。
これは、どういうことだろうか。いまはもう、この街に助けを求める人はいない……ということは、助けを求めていた声の主はグラシナにはいない、という事なのだろうか。
「この街がそんなに被害を受けなくて済んだのは、土の精霊様のおかげなんだよ。この街は、土の精霊様と契約を交わして加護を与えてもらっているからね」
一行がぽかんとしていると、男性はそう得意げにグラシナと土の精霊の関りについて語ってくれる。
上の空になりながらも、なるほど、この土地の被害が最小限で済んだのはガルデニア同様に土の精霊のおかげだったのか――と、三人は思うのであった。
「……おっと。では、僕はそろそろ持ち場に戻るよ。こんな状況だけど、酒場や宿屋は営業を再開しているから、よかったら立ち寄ってみるといい。長旅で疲れただろう? ゆっくりしていっておくれ」
「はい! あの、ご丁寧に、ありがとうございます!」
そう言うと、フィトは男性にぺこっと頭を下げる。
レオンとリオンも、それに合わせてお辞儀をした。
「はっはっは! 好意でやっていることだから、気にしないでくれ。お節介失礼したね。今度来た時には、ぜひ、この街を案内させておくれ。それじゃ!」
気のいい炭鉱夫の男性はそう言って手を振ると、忙しそうに街の中に消えていった。
***
男性を見送った三人は、困ったように、呆然とその場に立ち尽くしていた。
街のことについて色々と聞けたので助かったものの、これからどう行動すればいいのかを見失ってしまっていたのだ。
特にフィトは「んんん、どういうこと?」と、ぐるぐる考え込んでしまう。
ふたりを連れてせっかくここまで来たというのに、どうしたらいいのか分からなくなってしまった様子。長旅が無意味なものになってしまうとあらば、レオンとリオンに申し訳が立たない。
ふたりがそんな事で自分を責めないと容易に想像できてしまうからこそ、その優しさに甘えてしまっているような自分が許せないのだ。
「わからないけど、もう助けを求めてる人はいないってことだよね?」
「グラシナに来たのは、間違いだったってこと……?」
「フィト、まだそうと決まったわけじゃないよ。だけど、今日はもう日が落ちてしまったから、動くのはまた明日にした方がいいんじゃないかな」
「ああ。リオンの言う通りだ。地上では、夜は寝るものなんだろ? それに暗いと物騒なことが多いみたいだからな。明日また情報を集めて、練り直そう」
早くも地上の生活に慣れてきている兄弟は、冷静に分析をした。
それは、獣特有の順応性というのか。はたまた、楽観的な彼等だからこのような思考に辿り着けるのか。
とにもかくにも、冥界で門番を担うレベルには洞察力も分析力も兼ね揃えているのだろう。こういう時、ふたりはとても頼りになる。
フィトは、弱気になるのはまだ早いよね、と自分を奮い立たせると、いつも通り明るくふたりに言葉を返す。
「そうだね。そうしよう! そしたら、さっき炭鉱夫のお兄さんが教えてくれた通り、酒場と宿屋に行ってみよっか。お腹、空いたよね」
「賛成! 今日は朝からリンゴだけだったからねぇ、お腹空いてたんだぁ~」
リオンはお腹を擦りながら、ぱぁっと嬉しそうな顔をした。
「それと、もう見た目の事は一旦置いとこうぜ。しゃーないだろ」
「それもそうだねぇ。僕、フード被るのやだし!」
「リオンったら。よっぽどフード嫌いなんだ?」
「うん、自慢の耳が潰れちゃうからさぁ~。犬耳の毛並みは、モフモフ命だよ!」
そう言ってリオンは、黒いたれ耳をピクピクと動かす。
まわりの目線をいとわないのは、マイペースな兄弟らしい。
いざという時は、被って隠してやり過ごそうと決めているようだが。
「とりあえず、先に宿を決めておいた方が安心じゃね?」
「死ぬほどお腹空いたけど、それもそうかぁ。仕方ない、早いとこ宿を決めちゃおう!」
そう言って、意気揚々と三人は再び街を歩き出す。




