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アルティメット エンド  作者: 齋音寺 里
第二章・旅立ち
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第二話・トラブルトラベル(5)

「レオン、リオン……!」



 岩陰に隠れていたフィトがこちらに駆け寄ってきて、ふたりの無事に安堵(あんど)した表情を見せる。

 賊に襲われたというのに何一つ乱れることなく、敵を返り討ちにしたふたりは笑顔でフィトに向かって手を振った。

 ふたりのもとに駆け寄るも、フィトは唇をきゅっと結んで俯いたまま言葉を発する様子はない。考えてみれば無理もないだろう。いままで生きてきて、こんな風に突然襲い掛かられたことも、命の危機を感じたことも、乱闘を目の前にしたのも初めてだったのだ。

 よほど怖い思いをしていたんだな、と兄弟はフィトの姿を見てそう感じ取った。顔をこわばらせるフィトを励まそうと、レオンとリオンは優しく少女に声をかけてやる。



「フィト、怖い思いをさせてごめんな。怪我はないか?」

「突然のことだったから、びっくりしたよね。大丈夫?」



 ふたりの問いかけに、ぶんぶんと首を横に振るフィト。

 フィトが何かを伝えようと、薄く唇が開かれているのが見て取れる。なかなか声を出すことが出来ないのか、言葉がうまく出てこないのかは兄弟にはわからない。

 それでもそのまま、ふたりはフィトの言葉を黙って待つ。

 すると。少女は小さな手でレオンとリオンの手を取り、きゅっと握りしめた。



「私は大丈夫、何ともないよ。それより……レオンとリオンは……? 怪我はしてない……? どこか、痛いところは?……」



 フィトは途切れ途切れの言葉を、声を震わせながら発した。

 恐怖心と不安と心配で、押しつぶされそうだったのだろう。

 レオンとリオンはフィトの小さな手を優しく包み込むと、少女の不安や恐怖心を取り除くように、力強く言葉を返した。



「僕たちは大丈夫だよ。どこも怪我してないし、何ともないよ」

「心配かけてごめんな。フィト、もう大丈夫だ」



 ふたりの言葉と、包んでくれたあったかい手に、にフィトは心から安心したようだ。ふたりの手から伝わるぬくもりが、フィトの心を癒してくれる。

 すると、張り詰めていた緊張の糸が切れたように、フィトの顔がふにゃっと崩れた。

 大粒の透明(とうめい)なしずくが、フィトの頬を伝って流れ落ちる。それは、レオンとリオンが初めて見るフィトの涙だった。



「フィト、どうしたの!? もしかして、どこか痛いところでもあった!?」

「そんなに怖かったのか!? 気付いてやれなくてごめんな!?」



 レオンとリオンは、突然泣き出してしまうフィトに動揺して慌てふためく。

 こんな時、どうしたらいいのかわからなかったのだ。



「……ごめんね、泣くつもりじゃなかったんだけど……。ふたりが無事で、本当によかったなって……」




 泣きじゃくるフィトの言葉を聞いて、レオンとリオンはやっと理解した。それ程までに、フィトが自分たちを思ってくれていたんだという事を。

 その事に気付いたふたりは、胸がいっぱいになる。それと同時に、ふたりのなかに確かにあったフィトへの淡い感情が、より深いものへ変わっていくのを感じた。

 レオンとリオンは、大切に思うフィトの手を、ぎゅっと強く握り返す。



「……フィト、大丈夫だ。この先何があっても、俺が……俺たちが、フィトを護るから」

「うん。何があっても必ず、フィトを護ると誓うよ」



 その言葉を聞いて、フィトは穏やかに微笑んだ。

 涙を拭うと、フィトはまっすぐにふたりを見つめて言う。



「……レオン、リオン、ありがとう。護るなんて、お兄ちゃん以外の男の人に初めて言われたよ。そんな風に思ってくれて、嬉しい」



 そのセリフに、照れ笑いするふたり。

 フィトの兄と重ねられたことに、若干複雑な感情を抱いたのだが、今は言うまい。

 黒髪少女はそのまま、笑顔で言葉を続ける。



「それに、ふたりがこんなに強かったなんて知らなかったよ! すっごく頼もしかった! 私もふたりみたいに、手から魔法をばびゅーんって出したり、怪我をぽわわわーって治せたらなぁ……!」



 目をキラキラと輝かせ、フィトは身振り手振りで魔法を表現して見せた。

 その様子を、ぽかんと見つめるレオンとリオン。

 魔法が使えない人間のフィトは、自分たちのことを羨ましく思うのだろうか。憧れにも似た眼差しで、フィトはふたりを見つめ直す。

 そして、思いも寄らない言葉をフィトが続けて言う。



「……だって、足手まといは、嫌だよ。私も、側で力になりたいもの」



 フィトはそう言って寂しげに笑い、目線を落とす。

 俯いたその顔に髪がはらりとかかると、荒野に吹く風が顔にかかったフィトの黒髪をさらさらとなぶっていった。

 その表情からは、寂しさのような、哀しさのような、悔しさとも取れるような、そんな感情が伺えた。その言葉は果たして、フィトの本心であるとともに、何かを思って言っているかのようにも聞こえた。

 レオンとリオンは、やっぱりまだまだ自分たちの知らないフィトがいるんだろうな、と心の中で思う。これから一緒に過ごしていく中で、いろんなフィトのいろんな顔を、いろんな姿を、見ていきたい。そしていつか、心の深いところまで見せてくれる日が来てほしい。――そう、強く思うのだ。

 たとえ、共に過ごせる時間に限りがあろうとも。



「……馬鹿だなぁ。フィトはそのままでいいんだよ」



 レオンはフィトに向かってまっすぐに言った。

 その言葉を聞き「え……?」と、驚いて顔を上げるフィト。



「無理に力や強さを求めなくたっていいんだ。そりゃ、時には必要な事があるかもしれない。でも、フィトにはフィトの護り方がある。フィトにしか出来ないことがある。それを見つけたらいいんだ」



 レオンは少しためらいながらも、ぎこちない手つきでフィトの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 そして、そのまま言葉を続ける。



「……もし、フィトがピンチになったら、その時は俺が必ず護る。女の子ひとり護れないんじゃ、門番なんて務まらないからな」



 そう言って、レオンはふっと笑う。

 珍しく本心をさらけ出し、フィトに触れるレオン。

 旅の途中でリオンが言った言葉が、レオンの導火線に火をつけたのか。初めてフィトの涙を見て、心が突き動かされたのか。レオンの中で少しずつ何かが変わりつつあるのかもしれない。

 その事に関して、レオン自身は少しも意識している様子はないのだが。


 そんな兄を見て、衝撃を受けるリオン。

 レオンの変化に、いつも一番近くにいたリオンが気付かないはずがない。一緒に大きくなって、成長してきた兄弟なのだから。

 いつも余裕ぶって兄をいたぶっていた弟は、少なからず焦りを感じる。



「あーあ。何か、兄さんにいいとこ全部持ってかれちゃったような気がするけどっ。……フィトを護るのは、僕だって同じ。冥界の番人お墨付(すみつ)きの腕っぷしだよ? 手出しする輩がいたって、フィトには指一本触れさせやしないんだからね!」



 それでも、いままで通り自分だって譲る気はない。

 リオンは挑むような強いまなざしでそう言うと、兄と同様に笑顔を見せる。



 ――フィトは思う。


 どうして、レオンとリオンはこんなにも強いのだろう。

 ふたりの言葉は、こんなにも心に響くのだろう。

 こんなにも、こんなにも、あたたかいのだろう。


 レオンの言う通りかもしれない。

 私は私らしく、ありのままでいい。

 そしていつか、大切な人を護れるように――。



「レオン、リオン、ありがとう……。本当に、ありがとう……」



 またこみ上げてくるものを必死に堪えて、フィトはふたりに気持ちを伝える。

 その表情に曇りはなく、どこか突き抜けたように明るさを感じさせた。

 兄弟はフィトの言葉に、ゆっくりと頷いて見せる。



「……さてと。とんだ邪魔が入ったおかげで、だいぶタイムロスだ。急いでグラシナに向かおうぜ」

「そうだね! やばいよ、もうすぐ日が沈みそうだ!」

「うんっ! 進も!」




 ***




 一行は、再びグラシナへの道を歩む。

 夕日が茶褐色の大地を染め上げ、眩しいくらい岩が真っ赤に輝いて見える。刻一刻と空気感と景色が変わっていくのを、三人は肌で感じていた。


 三人が急いで歩みを進めていると――。

 その先に、予想していたであろう景色が目に飛び込んできた。

 むしろ、いままで()()()()()()()()()()ことが不思議なのだ。


 ――そう、地震で崩れた岩石と、ひび割れた大地の景色。

 何故、ここに至るまでに被害が見て取れなかったのかは不明だが。

 


「足元が悪くなっている所があるな。ふたりとも、気をつけろよ……ってうわあああ!」

 そう言っている側から、段差に足を引っ掛けてよろめく兄。



「兄さんってば鈍くさいんだから。自分で言っといて世話ないっての……っとぅわわわっ!」

「馬鹿お前ッ……! 人が体制を整えてるときに引っ張んなって……! ぐはあああぁ!」



 バランスを崩した兄弟は、そのまま派手に共倒れする。

 リオンがレオンの上に覆いかぶさるような体制で、ふたりは砂の上に倒れ込んでいた。

 予期せぬ事故に慌てふためいたフィトが「ふたりとも、大丈夫!?」と、血相を変えて兄弟のもとに駆け寄って来る。



「いててて……。おい、アホリオン! お前、倒れるならひとりで倒れとけよ! どさくさに紛れて俺を下敷きにするんじゃねぇ!」

「何だよもう! 弟の身体ひとつ支えられないなんて、ひ弱な兄貴だなぁ!」



 立ち上がり、ふたりは身体に着いた砂をぱんぱんとはたき落とす。



「あぁ? 上に乗っかっといて、随分な口の利き方じゃねぇか」

「ひよ兄なのが悪いんだろ? ほらほら、ひよ兄、立ち止まってる暇はないよ。早く行きますよぉーっと!」

「てめっ! 変なあだ名みたいなの付けんじゃねーっての!」



 悪びれることなく舌を出して挑発する弟に、レオンは睨みを利かせながら吠えた。

 フィトはそんな兄弟を見て、心配ご無用かぁ、と苦笑いするのであった。気を取り直し、歩き出す。



「進むにつれて、被害が強くなってるな……」

「そうだね。街はどうなってるんだろう……?」



 レオンとリオンの言葉に、不安を募らせるフィト。

 進むにつれ酷くなる地表の崩壊に、良くない想像ばかりが膨らんでしまう。

 グラシナに近付いても、あの助けを求める声が聞こえることは、今の所ない。願わくば、どうか無事でいてほしい。

 それに加え、だんだん辺りが薄暗くなってきていた。暗くなれば足元も視界も悪くなるため、急がなくては。

 それに、先ほど出くわしたような連中がまた現れないとも限らない。土地勘もなく、何が起きるか全く予想できない状況の為、出来れば先を急ぎたいところだ。


 足元の悪い地面を避けて慎重に歩いていると――。三人は、幻想的な光景を目にする。

 風に揺れて音を奏でていたリリーの花が、じんわりと明かりを灯すように白く光りはじめたのだ。地表だけでなく、岩石や台地に咲いているリリーの花も同様に、淡い光を放っている。

 フィトは思わず足を止めると「きれい……」と、ため息交じりに率直な感想をもらす。

 リオンもきょろきょろとその景色を見渡し、辺り一面を照らすリリーの花に感動した。



「リリーの花って、光るんだねぇ!」

「それにしても、本当に不思議だな。花が音を奏でるだけじゃなく、光るなんて。……これなら多少暗くても何とか歩けそうだな」



 レオンはしゃがみ込むと、足元に咲いていたリリーの花を見つめて言った。

 先ほどまで焦っていた気持ちが嘘のように、美しくも優しい花々の光にうっとりとしながら、一行は明かりを頼りに、薄暗い空の下を進んでいく。

 ほどなくして、進む先に巨大な岩でできたアーチが見えてきた。

 フィトが興奮気味にその方角を指さして「ね、見て! 明かりが見えるよ! あれがグラシナで間違いないよね!?」と言った。



 三人はついに、目的地・グラシナに辿り着くことができた。そこで何が三人を待っているのか。

 それを確かめる為、三人はグラシナの街へと踏み込んで行くのであった。

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