表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルティメット エンド  作者: 齋音寺 里
第一章・光る世界
2/130

プロローグ

「おばあちゃん! 洗い物、終わったよ!」



 幼い少女はそう言うと、濡れた手をタオルで拭う。ちいさなその手は、凍えるように冷たい水にさらされていたせいで、冷えきって赤くなってしまっていた。

 少女は冷えた手を(さす)り、長い黒髪をさらさらと揺らしながら、小さい歩幅で洗い物をする為に使用した踏み台を片付ける。



「ありがとう。寒い思いをさせて悪かったねぇ。さぁ、一緒に暖炉の前で暖まろう」



 ――とある昼下がり。

 古めかしい木造家屋(もくぞうかおく)の民家では、一人の少女と老婆が冬籠(ふゆごも)りをしていた。

 あたたかみのある橙色(だいだいいろ)のランプが照らす室内には真っ赤な絨毯(じゅうたん)が敷かれ、暖炉の低い焔がゆらゆらと揺れ動いている。

 こじんまりとしたその空間には、所せましとノスタルジックな骨董品(こっとうひん)古書棚(こしょだな)が置かれており、唯一のスペースである暖炉の前で老婆は毛布に(くる)まっていた。

 老婆のもとへ向かおうと少女が部屋の中を歩くだけで、古びた木造りの床は鳴くように(きし)む。

 ちいさな少女が老婆の隣にちょこんと腰掛けると、老婆は自分の被っていたおおきな毛布をすっぽりと少女にもかけてやった。



「わぁ! あったかーい!」

「ふふふ、そうだねぇ。今日はアスタルジアで年に一度の冬の日だからね。私の腰も寒さで弱っているみたいだ。そのせいで、手伝いばかりさせてすまないねぇ」

「ううん、いいの。私がやりたくてやっているんだもん。おばあちゃん、こうしてくっついていると、もっとあったかいねっ!」

「うん、そうだね。フィト、ありがとう。お前は本当にいい子だねぇ」



 フィトと呼ばれた少女は、老婆に褒められると嬉しそうに「えへへ」と笑う。

 老婆は冷えきった少女の手をあたためようと、しわ深い手で優しくこすりながら、ある物語を話し始める。それは、遠い昔から伝わる、アスタルジアの昔話だ。



「フィトや。今日はお前にひとつ、昔話を聞かせてあげよう」

「昔話……?」

「ああ、そうさ。興味は湧きそうかい?」

「うんっ! 私、おばあちゃんのしてくれるお話し大好き! 今日もお話し、聞かせて!」



 フィトがそう言うと、老婆は嬉しそうにくしゃくしゃの笑顔を浮かべた。

 そして何かを思い出すように、ゆっくりと語り始める。



 ――――その昔。


 一度死した者を再び(よみが)えらせる事が出来るという、夢のような魔法が生み出された。

 その魔法は人間に大きな希望と幸福を与えたが、後に(よみがえ)った人々がモンスターに豹変(ひょうへん)してしまうという悲劇に変わる。


 元々は人間だったはずのモンスターは自我を失い、人間を襲った。

 かつては愛しい人の形をしていたことを悲しみ、嘆きながら、人々はこれ以上の犠牲と死者を出さない事を願い、モンスターが土に(かえ)るよう神に祈った。


 それを(あわ)れに思った天空の支配者である神々の王・ゼウス。

 ゼウスの慈悲により、人間たちの祈りは聞き届けられる。すると、ゼウスと地上に住む精霊たちの力によって、モンスターは人間が暮らす地上から消え去った。


 そして、地上に平和が訪れた――――。



「――というのが、この世界・アスタルジアに伝わる、神話と呼ばれる昔話なんだよ。フィトにはまだ少し、難しかったかい?」

「ん~! つまり~つまりは、人間が悪い事をしたのに、神様と精霊様が助けてくれたってことでしょう……?」

「ああ、その通りだよ。いつも教会にお祈りに行くだろう? それはね、神様と精霊様に感謝の気持ちを捧げる為なんだよ。……いつも感謝の気持ちを忘れずにいたら、神様と精霊様が皆を必ず護ってくれるからね」



 老婆がそう話していると――。ぬくもりで心地よくなってしまったのか、いつの間にか少女は毛布の中で微睡(まどろ)んでいた。

 老婆は、そんなフィトの頭をそっと撫でてやる。



「……まほう、ぽぽぽぽって……んふふ~……」



 むにゃむにゃと話す少女は、一体どんな夢を見ているのだろう。

 魔法で悲劇が起こったというのに、夢に見るほど魔法という言葉に強い憧れを抱いたのは、子供心だろうか。

 老婆は穏やかな眼差しで、そんな愛らしい小さな少女の寝姿を見守るのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ