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アルティメット エンド  作者: 齋音寺 里
第二章・旅立ち
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第一話・日の出とともに(1)

『……けて……』




 あぁ、またあの声だ、とフィトは思った。

 冥界で自分だけに聞こえた、楽器のような美しい声。


 しかし、いま自分は眠っているはずだ。

 なぜ眠っているのに声が聞こえるのだろう。

 そんな疑問を抱いていると、また、声が聞こえてくる。




『……た……けて……』




 フィトは、だんだんはっきり聞こえてくる誰かの声に、意識を集中して耳を傾ける。

 真っ暗な意識の中、頭の中に誰かが語りかけてくるような感覚。




『……たすけてぇ……』




 ――また、あなたなの?




 自分に何を伝えようとしているのか。

 なぜ自分にだけ声は語りかけてくるのか。

 一体、誰の声なのか。

 フィトは初めて声に返事をしてみた。


 夢の中で声が聞こえているのか、眠っている意識の中で声が聞こえているのか。

 確かなことは分からない。

 ただ、この声を聞いているフィトにとっては、いまはどちらでもよかった。

 確かにこの声は『助けて』と、自分に助けを求めているのだ。

 何故なのか、その真相が知りたかった。




 ――ねぇ、あなたは誰なの? なぜ、私に助けを求めてくるの?




 声の主に返事はない。

 自分の声は、聞こえていないのだろうか。




 ――答えてくれなきゃ、わからないよ。私の声、届いてないの?




 フィトは懸命に声を送った。

 しかし、一向にあちらから声は返ってこなかった。

 まるで一方通行の語りかけに、どうしたらいいのかわからなくなったその時。




『……早くしないと、グラシナだけじゃなく……』




 きっとその声が何かを伝えようと、言葉を発したのをフィトは聞き取った。

 しかし。その途中でフィトは眠りの世界から()がされるように、現実の意識へと戻っていった。




 ***




「……ねぇ、あなたは!?」

 次にフィトが叫んだのは、眠りから覚めた時だった。

 天井に向かって伸びていた右手を、ぱたっと下ろす。



「夢じゃ、ないよね……?」



 声の主は、最後まで言葉を返すことはなかった。やはりフィトの声はあちらに届いてはおらず、意思疎通は不可能であると断定した。

 フィトはあの声が言っていたことを思い出す。



「……グラシナって確か、昨日地震が起きた隣町のグラシナ、だよね。じゃあ、いままで聞こえた声は、地震で被害に遭った女の子ってこと……?」



 フィトは一人もんもんと思考を巡らせたが、そう考えるのが一番()に落ちる気がする。

 こうしていられない――フィトは身体を起こし、ベッドから抜け出す。

 窓の外を見ると、日の出が近いのか東の空がうっすらと明るくなっていた。



「早くしないとグラシナだけじゃなく……って、どういう意味なの……?」



 わからないけど、グラシナに行くべき、だよね? と、フィトは感じ始めていた。

 困っている人がいるのなら、手を差し伸べたいと思う。フィトは正義感が強く、優しい。そういう心の持ち主なのだ。


 ただ、家を出て行くことが何を意味するのか。フィトはそれを良く理解していた。

 叔母と叔父は、世間体(せけんてい)を気にしてフィトを追い出すことが出来なかった。

 憎く思いながら嫌々ここにフィトを置いていたのだから。

 叔母と叔父にとって、フィトが自分から家を出て行く事は好都合(こうつごう)なのである。


 フィト自身も兄との約束があったから、長い年月ここに留まっていた。

 この家にいることを、心から望んでなどいない。

 出ていくということは、もうここには戻れないということ。

 ここで待ってるって約束は、守りたいんだけどな……と、フィトは頭を抱えた。

 しかし思考はまとまらず、答えも出ない。


 少し落ち着こう――そう思い、そっと窓を開ける。

 朝の()んだ空気と風が気持ちいい。朝もやの中、地平線の彼方からゆっくりと太陽が顔を出すのが見える。

 重い気持ちを抱えたフィトの瞳に、眩しい朝日が差し込んだ。

 とにかく、まずはレオンとリオンを無事に冥界に送らなければ。

 ふたりが起きたらドアを開けなきゃ、と朝日を見つめながらフィトは思うのであった。




 ***




 まぶしい朝日がまぶたを刺激して、リオンは目を覚ました。

 まだ寝足りないような、ぼーっとした頭で見慣れない部屋を見まわす。

 そのうち、そうだ、ここはフィトの部屋だった、と認識する。

 隣では、まだ兄のレオンが寝息を立てている。

 リオンはむくっと起き上がり、光が差し込む窓の方に目をやる。


 すると。まだ眠たかったはずのリオンの目が、一気に覚める。

 瞳に映った光景に、思わず釘付(くぎづ)けになってしまったのだ。

 目線の先にあったのは――朝の陽ざしを受けて窓辺に(たたず)む、フィトの姿。

 その姿があまりにも(まばゆ)く、清らかで、美しくて。まるで、光の中にいる天使のようだった。


 フィトは指に髪を絡ませながら、リオンの方を振り向く。

 こちらを向いたのが突然だったので、リオンは思わずドキッとしてしまった。

 フィトはそんなリオンの心境を察するわけもなく、己の不安を隠してニコッと微笑んだ。



「おはよう、リオン」

「おっ、おはよう……」



 照れくさそうに目をそらすと、リオンはどぎまぎと挨拶を返す。

 あどけない笑顔が、あまりに可愛くて直視出来なかった。

 しかも、起きた時に一番最初にフィトと言葉を交わせることが嬉しくて。つい顔がほころんでしまう。



「よく眠れた?」

「う、うん! おかげさまで、よく眠れたよ!」

「それならよかった! もう少しちゃんとした寝床(ねどこ)を用意出来たらよかったんだけど、ごめんね」

「そんな、突然だったし、泊めてもらえただけありがたいよ! そ、その……おそれ多くも、お、女の子の部屋に……」

「あはは! おそれ多いだなんて、なぁにそれ! そんなこと、気にしなくていいのに! おかしなリオン!」



 もごもごと話すリオンに、変わらず振る舞うフィト。

 リオンと違い、黒髪少女は一晩同じ屋根の下で過ごしたことを意識している様子はない。

 もっとも、いまフィトの頭の中は、先ほどの声の一件でいっぱいなのだが。



「んあ……? まぶし……」

 慣れない朝の陽ざしに、眠りから覚めたレオンが目を細める。



「兄さん、起きたの? おはよう」

「……んー、おはよ」

「地上の朝ってこんなに明るいんだね! 昨日ずっと太陽を見てたけど、朝の光は格段(かくだん)に眩しいやぁ」

「本当になー。綺麗だけど、眩しくて目が開かねぇや……」



 レオンは弟と会話を交わすと、くあぁ……と大きなあくびと共に伸びをした。

 もぞもぞと再び毛布をかぶろうとするレオンに、フィトが近付いてきて声をかける。



「レオン、おはよう! よく眠れたかな?」

「……お、おう」



 ぶっきらぼうにそう言うと、レオンはフィトから顔を背け頭からすっぽりと毛布をかぶった。

 普通におはよう、と返せば良かったのだが、照れて言えなかったのである。

 昨夜、治療のためとはいえフィトの頬に触れてしまったことが、レオンの脳内をぐるぐるとまわっていた。

 それに、開眼(かいがん)一番に飛び込んできたのが、朝日をまとった天使の姿とは。

 レオンはフィトの顔をまともに見れなかった様子。

 兄弟そろって照れすぎて、照り焼きワンコになりそうな勢いだ。

 フィトはそんなことはつゆ知らず「そっか! よく眠れたなら、よかったぁ!」と、無邪気(むじゃき)に笑顔を浮かべた。


 ずっと冥界で過ごしてきたレオンとリオンには、朝になると明るくなる、といった概念(がいねん)や習慣がなかった。

 その為、太陽が昇って明るくなるという事に慣れないわけで。

 眩しい日の光に適応できず、いまだ目がショボショボとしている。


 そんな中。朝日を(まと)う黒髪少女は一人、ドアの前に立つ。昨夜と同じ、物置部屋に通じるドアだ。

 いつになく真剣な眼差しのフィト。そんな少女を見て、ドアを開けることに不安を感じてるのかな、とリオンは心配する。

 そんな状況を知らずに毛布をかぶり、照れからの現実逃避をしていた兄をリオンは叩き起こした。

 ふたりはフィトの後ろに立ち、その様子を近くで見守る。



「……それじゃ、ドア、開けてみよっか」

「フィト、頼むな」

「大丈夫! きっと繋がるさ!」



 レオンとリオンの励ましに、フィトはこくりと頷く。

 ふう、と深く深呼吸をするフィト。心を落ち着けて、少女は再びドアノブに手をかけた。



「お願い……!」



 ゆっくりと、ドアを開ける。

 しかし、その先に広がっていたのは――昨日と同じ、自分の家の物置部屋だった。

 目の前の景色を見て、がっくりと肩を落とすフィト。



「ううーん。やっぱりダメみたい!」

 苦笑いしてフィトはふたりの方に振り返る。



「ふたりとも、ごめんね。こんな大事な時に繋がらなくちゃうなんて、なんだかなぁ」

「仕方ないよ。やっぱり何か理由があるんだよ、きっと」

「ああ、そうだな。フィト、大丈夫だよ。そのうちひょいっと使えるようになるだろ」



 申し訳なさそうにするフィトに、レオンとリオンは前向きに言葉をかける。

 その言葉でフィトは少し元気を取り戻したようだ。

「うん、ありがとう! でもでも、なんとかせねばだねぇ……」と、(あご)に手をあて、フィトは考えるようにつま先をトントンと鳴らした。

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