第五話・月明かりのセレナーデ(3)✿挿絵✿
レオンは窓辺から外を見つめるフィトの隣に立ち、一緒に夜空を眺めた。
すると、先ほどフィトを待っている時には見えなかったものがレオンの目に飛び込んでくる。
その光景に、レオンは目を大きく見開いた。
海の上で、小さな青い光の粒が無数に飛び交っているのだ。
光の粒は月光を浴び、蝶のように美しく海上を舞っている。
それはまるで、星の海を思わせるような幻想的な光景だった。
「……なんだあれ!? すげー綺麗だなー! フィト、あの光はなんだ?」
「夜空の星のこと? あれはねぇ、星だよ! 私、いつもこうやって星を眺めるんだぁ」
ニコニコと星空を見つめるフィト。
しかし、レオンがフィトに尋ねたのは、夜空の星の事ではなかった。
本当に聞きたかった事を伝えようとしたが、レオンは後にしようと口をつぐむ。
兄との思い出を楽しそうにフィトが話出したので、レオンは静かに耳を傾けようと決めたのだ。
「お兄ちゃんが、星が好きでね。いつも星を見に連れて行ってくれてたの。だから星空は、お兄ちゃんとの思い出がたくさんなんだぁ。でも、小さい頃だったからかなぁ……どこで星を見たのか、あまりよく思い出せないんだよね。大事な思い出のはずなのにねぇ、えへへ」
フィトはそう言って笑うと、目を細めて遠くの空を見つめる。
口には出さないが、きっとたくさん寂しい思いをしてきたのだろう。
レオンはフィトの話を聞いて、上手い言葉がなかなか出てこない歯がゆさを感じていた。
こんな時、リオンなら何て言うかな……などと考えてしまう。
でも、いまはせっかくふたりきりで話が出来るチャンスだ。
上手く言えなくても、自分の言葉でフィトに気持ちを伝えよう、そう思った。
「そういうの、いいな。俺とリオンはさ、ずっと冥界で過ごしているから、あまり心が煌めくような思い出がないんだ。だから地上で一緒に生きて、綺麗なものをたくさん見て、感じて、いろいろなことを共有してきたフィトとフィトの兄貴がすげー羨ましくなるよ」
照れながらも、レオンは素直に話をする。
フィトの顔を見て言うことは出来なかったけれど、これが自分の精一杯だ。
レオンが言葉を返してくれている間、フィトはまっすぐレオンの顔を見つめていた。
そして、きゅっと閉じていた唇を開く。
「……ねぇ、レオン。それなら、これからたくさん一緒に思い出作ろうよ。みんなで楽しいこといっぱいしよう! たくさんたくさん、いろんなものを見よう! 一緒に笑って、はしゃいでさ。……そしたら、心にずっと残るような、素敵な思い出、たくさん出来ると思うの!」
レオンはそう言われて、思わず言葉を失う。
逆に自分がフィトの言葉に力をもらってしまったなぁ、と口元を緩ませる。
フィトは、きっと気遣ってくれたのだろう。
でも、自分に言ってくれた言葉が心からのものであることを、レオンはわかっていた。
フィトの優しさが、レオンの胸をあたたかくさせる。
自分のためにフィトがそう言ってくれたことが、何より嬉しかった。
それに、フィトが自分から家族の、大切に思っている兄の話をしてくれたのだ。
いつも冥界に来たときは、地上のいろいろな話を聞かせてくれていた。
青い空と海の話。地上にいる生き物の話。綺麗な花々の話。
明るい昼間と、暗い夜が交互にやってくること――。
自分のことといえば、料理が得意なこと。スカートが好きなこと。歌が好きなこと。
これから先、フィトとはたわいのない話しだけではなく、もっと色々なことを話したい。
もっとたくさん、フィトの事を知りたい。レオンはそう思った。
少しずつだがフィトは心を開いてくれているのかもしれない。
一緒に過ごすことを望んでくれているのも、きっとそのしるしだろう。
レオンは笑顔を浮かべ、フィトの言葉に心からの返事をした。
「……ああ、そうだな。フィト、ありがとうな。一緒にたくさんの時を過ごそう」
「うんっ! いっぱい思い出作ろうね!」
***
「あ、フィト。ちょっと聞いてもいいか?」
「うん! なーに?」
「ずっと気になっていたんだけどさ。夜空に見える星じゃなくて、海の上で舞ってる光の粒……あれ、すごく綺麗なんだけど、何なんだ?」
何気なくレオンがそう口にすると、フィトは心底驚いた表情を見せた。
「レオン、あの光が見えるの!?」
「へ? ああ、見えるよ。何かおかしいか?」
レオンにはフィトの言っていることが理解できなかった。
まるで、あの光り輝くものが見えるのが不思議、といったような口ぶりだ。
「そうなの!? レオンにも見えるのね! びっくり!」
「んん? あれって普通に見えるモンじゃないのか?」
「うん、そうみたいなの。実は、地上で私以外にあの光が見える人に会ったことがないの……」
「え!? あんなにはっきり光ってて、すげー綺麗なのに?」
「それがね、私にもわからないの。小さいころ叔母さんにあの光の話をしたら、すっごく気味悪がられちゃってね。それ以来、他の人には言わないようにしていたの。きっと、普通は見えないものなんだと、思っていたから……」
そう言って、フィトはきゅっと両手を握りしめた。
「そうだったのかー。じゃあ、結局はあの光が何なのかはわからないってことかぁ」
「うん、そうだねぇ。……でもね。あの光、とっても綺麗だから、見えないのがすっごくもったいないなぁって思ってたの。だからいま、レオンがあの光を一緒に見てくれているってわかってすごく嬉しかった!」
そしてフィトは「思い出、ひとつ出来たね!」と、にっこり笑って見せた。
その顔は、とても可愛くて、綺麗で、清楚で。
月の光を浴びて、腰まである長い黒髪が艶やかに輝いている。
そんなフィトは、神秘的な月よりも、幻想的な星の海よりも美しかった。
しかしフィトに見とれていると、レオンはあることに気付く。
青白い月の光で今までわからなかったが、フィトの左頬が腫れているように見えたのだ。
それを見かねて、レオンはそっと、フィトの左頬に触れる。
「レオン……?」
急に頬に触れられて、フィトはきょとんとした顔をする。
しかし――。すぐにはっとした顔をして、レオンと距離を取ろうとした。左頬が腫れているのを気付かれてしまったのだと焦ったのだ。
ところが、腫れていることを確信したレオンはフィトを逃がさなかった。細いフィトの腕を、レオンは掴んで離さない。
フィトの左頬は、明らかに殴られたような腫れ方をしていた。きっと先ほどの一件で、叔母か叔父に殴られたのだろう。
真剣な眼差しのレオンに、フィトは黙ってうつむいてしまう。
「……やっぱり、左頬が腫れてる。あのとき、殴られたのか?」
「……うん」
フィトは言いにくそうに、ぽつりと答える。
フィトの事だ。きっと心配をかけまいと隠し通そうとしていたのだろう。一見か弱そう見えて、けれども芯が強くて前向きで。だけど、どこまでも我慢強くて、辛いことがあっても一人で抱え込んで無理をしてしまう。
そんな子だから、放っておけないのだ。レオンはフィトの左頬にもう一度、優しく触れた。
「女の子なんだから、ちゃんと治療しないとダメだろ? 痕になったら大変じゃねーか」
そう言うと、レオンは右手に、力を集中させる。
すると――。その手が緑色の光をまとい――フィトの左頬が、ぽうっとあたたかい光に包まれる。
その光にフィトがびっくりして動こうとすると「大丈夫だよ」と、レオンに右肩をつかまれた。
そのままじっとしていると――、だんだんと左頬の痛みが消えていくのを感じた。まるで、レオンの手が自分の頬の痛みを吸い取ってくれているような不思議な感覚だ。
しばらくすると完全に左頬の痛みは消え、腫れが引いていた。フィトは自分の左頬をさすると、目を見開いて驚く――。
「えっ……!? なにこれ、すごい! もうぜんぜん痛くないよ!?」
「痛みが消えたなら、よかったよ」
レオンは自分の手がフィトの肩を掴んでいたことを思い出す。
照れながらそっと、その小さな身体を離した。
「すごいねぇ~! 魔法みたいっ!」
「ん? これは魔法だぞ?」
レオンはさらりと答えるも、その言葉を聞いてフィトは目が点になっている。
「ほぁー!? すごい、すごい! 魔法って、本当に使えるんだ!?」
「えっ? 地上では、使ってる奴はいないのか?」
「うーん、最近は見たことも聞いたこともないよ。昼間、蘇生魔法の話し、したよね? あれは、地上のどこかに住んでいる『魔女』が唱えたものなんだって」
「そうなのか!? 地上には魔女がいるのか……てか、人間も魔法は普通に使えるもんなのかと思ってたわ……」
そう言って、レオンは目を丸くする。
冥界にフィトが来た時、魔法を使う機会なんてなかったし、魔法の話しはしたことがなかったのだ。
「驚くのはこっちだよぉ! そういえば、昼間見せてくれたリオンの時計も、魔法なの?」
「ああ、そうだな。あれは、マジックアイテムっていって魔力が込められた特別な道具なんだよ」
「へえぇ! ますますステキ! ねぇ、レオン。魔法はどうやって使うの?」
キラキラとした眼差しでフィトはレオンを見つめる。
フィトは魔法に物凄い憧れがあるようだ。
「簡単に説明すると、魔法を使うときは、自分の中に流れている『精神エネルギー』を使うんだ。それを使って、精霊が生み出している『マナ』っていう魔法を唱えるのに必要な力を借りるんだよ。精霊に精神エネルギーを渡すことで、マナを使わせてもらうんだ。いわゆる、等価交換ってやつかなー」
「へぇー! なるほどね! 精霊様は魔法の源を生み出してくれてるんだぁ!」
「そういうことだな」
「ね、精神エネルギーってなくならないの? なくなったらどうなっちゃうの?」
「精神エネルギーは使ったら使っただけ減るんだよ。大体は寝たり、飯を食べたりしたら回復するけどな。精神エネルギーがなくなったら……そうだな、回復するまで魔法が使えなくなるか、最悪倒れるか、だな」
レオンは身振り手振りフィトに説明する。
フィトは「ふむふむ!」と、何度も頷き話を聞いていた。
あまりにも身を乗り出して話を熱心に聞いているので、自然と距離が近くなる。
時々フィトから漂う、甘い女の子の香りに、レオンはドキドキしてしまう。
「そうなんだぁ。精神エネルギーって、生命力そのものなんだね!」
「ああ、その通りだよ。だから、強力な魔法を使うには、莫大な量の精神エネルギーが必要になるんだ」
そう言って、大きくレオンは頷く。
「この世界には、七つの精霊がいるのは知ってるだろ?」
「うん、知ってるよ! ガルデニアの八日間のお祭りで、感謝の祈りを捧げる精霊様に、それぞれ決まった炎を捧げてるアレと同じでしょ?」
「ああ、そうだな。七つの精霊が司っているのは、火、土、樹、風、水、光、闇の七種類。だから、精霊の数と同じで、魔法にも七つの属性が存在しているんだ」
「なるほどね! そうなんだぁ!」
楽しそうに魔法についての話を聞くフィト。
説明を続けていく中で、レオンも気になっていた事をフィトに尋ねる。
「そういえばさ。精霊の属性は七つなのに、どうして祭りは八日間なんだ?」
「それはね、最終日の八日目は、神様に祈りを捧げる日だからだよ。神様への感謝を忘れないことで、ゼウス様が地上の平和を約束してくれているんだって」
「なるほどな。ゼウス様って、ハーデス様の弟なんだよな。何回か冥界に来たことがあって、会ったことがあるんだよ。物凄い女好きでプレイボーイって噂をよく聞かされていたなぁ」
「えっ!? そうなの!? なんだか凄い繋がりだねぇ~!」
フィトは、初めて聞いた神様の身近な話に大層びっくりしている。
それから、神様にも兄弟がいるんだぁ、と楽しそうに笑う。
ゼウスがそんな偉業を成し遂げていたことをレオンは逆に驚くばかりだ。
冥界の怪物の女性たちを口説く事しか頭にない、あの能無しバカミサマ。
あんなバカミサマでも、地上の人間にとっては偉大な神様なのかぁ、とレオンは苦笑いをした。
「ねぇねぇ、そういえば! さっきレオンが使ってくれた魔法は、何の属性なの?」
「さっきのは『樹属性』だよ。樹属性の主な効果は、回復とか、治癒の魔法なんだ。他にも、植物の力を借りていろいろなことが出来るみたいだけど、俺は樹属性は専門じゃないからなぁ」
「専門? そんなものがあるの?」
可愛く小首をかしげながら、フィトは興味深そうにレオンに聞く。
「ああ。専門ってゆーか、得意分野かな」
「レオンは、どの属性が得意なの?」
「俺か? 俺は『土』だよ」
「それじゃあ、土が得意なのに、樹の魔法も使えたのはなんで?」
「魔法にはそれぞれ優劣関係ってものがあって、魔法同士が干渉し合っているから深い繋がりがあるんだよ。だから、自分の得意な属性に近い属性は、自然と唱えることが出来るようになりやすいって訳だ」
「ほおぉ~。魔法ってとっても深いんだねぇ……レオンせんせー! 勉強になりましたッ!」
フィトはそう言うと、ぱちぱちと手を叩いた。
ぐいぐい質問を重ねて話を聞けたので、満足そうに笑顔を浮かべている。
「私も魔法、使ってみたいなぁ!」
「練習してみたらどうだ?」
楽しそうなフィトに、冗談交じりでレオンはそう言う。
すると――。それを本気にしたのか、フィトは大まじめに魔法の練習を始めた。
「う~!」と唸りながら右手を伸ばし、力込めている。
そんなフィトを見て、ぷっとレオンは笑う。
「あ! いま笑ったでしょ! 私、真剣なんだからっ」
「はははっ! 悪かったって!」
馬鹿げたようなことをしていても、一生懸命なのだというのが物凄く伝わってくる。フィトは本当に可愛らしい。
そんなフィトを見ていると。どこからか、歌が聞こえてきた。とても美しい、心が安らぐ歌声――。
その歌を聴いていると、急に眠気が襲ってくる。
「……レオン。この歌、聴こえる? いつもね、あの光の粒を見ていると、どこからか聴こえてくるの。とても綺麗な、優しい歌声が」
「……んん、聴こえるよ。すごく綺麗なんだけどさ、なんだかこの歌を聴いていると、急に眠くなって……」
そう答えると、レオンはそのまま床に座り込んでしまう。
フィトはそんなレオン揺さぶり「レオン、風邪ひいちゃうから、ちゃんと横になって毛布かけて寝ないとだめだよっ」と、声をかける。
レオンは「うう~……」と唸りながら、フラフラと立ち上がる。そして、リオンの隣にばたっと倒れるように転がると――、そのまま深い眠りに落ちてしまった。
フィトはそんなレオンに近付き、優しく毛布を掛けてやる。そして静かに「レオン、リオン、おやすみ」と、つぶやく――。
フィトはベッドに潜り込むと、瞳を閉じて今日あったことを思い返す。
すると――楽しくて、嬉しいことばかりで幸せな気持ちになった。そんな出来事を思い返しているうちに、フィトもいつの間にか眠りについた――。
窓の外では、美しい光の粒が今もなお舞い続けている。
眠りを深くへと誘うように、癒しの歌がそっと、三人を包み込んでいた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
これにて第一章終了です。
だいぶほのぼのスタートからの閉幕となりましたが、第二章からはいよいよ物語が動き出します。
第二章も毎日投稿でいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します!




