第五話・月明かりのセレナーデ(2)
なんとか気持ちを落ち着けようと、兄弟はフィトの用意してくれた毛布の上にそっと腰掛ける。
ふたりが座ったのを見て、フィトもベッドの方へ向かう。
そしてベッドのふちに座ると、めずらしく心配事を口にした。
「……あのね。もし、朝起きた時、それでもドアが冥界に繋がらなかったら、どうしよう……?」
フィトはずっとこのことを考えていた様子だった。
悩ましい面持ちで俯いている。
「……その時はその時だ。こっちに来れたんだから、きっと戻る方法もあるだろ」
「僕もそう思うよ。そしたら、戻る方法を探しに行くさ」
「ああ。だから心配すんなって」
フィトの不安を拭おうと、ふたりは寄り添うように言葉をかけた。
こういう時にも楽天的な考えをするふたり。
単に呑気なだけかもしれないが。
ただ、フィトの不安が晴れるのなら何だっていい、とレオンとリオンは思っていた。
「うん、そうだよね! ごめんね! ちょっとだけ、弱気になっちゃった」
フィトはそう言うといつも通り「えへへ」と、笑って見せた。
そして、迷いのない瞳でフィトは言う。
「そしたら私も、一緒に帰る方法を探すからね!」
「でも、叔母さんと叔父さんに怒られちゃうんじゃ……むぐっ!?」
リオンがそう言いかけたのを、レオンの手が止める。
兄に遮られてからリオンは気付いたようだ。
そう、フィトが叔母と叔父と上手くいっていないことを自分たちが知っているのをバラしてしまったのである。
いかんせん、フィトが相手だとリオンは素直になりすぎてしまうようだ。
弟の口から手を離すと、レオンはがばっと頭を下げた。
「フィト、ごめん! さっきの話し、実は全部聞いてたんだ……」
「ごめんね、盗み聞きするような真似をして……。フィトが心配で、つい……」
レオンに続いて、リオンも聞き耳を立てていたことを謝る。
フィトを心配していたとはいえ、盗み聞きは良くない事だ。
決して興味本位で聞いていたわけではない。
兄弟がハラハラしながら打ち明けるも、フィトは変わらず笑顔を浮かべた。
「ううん、いいの。さっき、辛いことがあったら、話してって言ってくれたよね。知ってても言わなかったのは、私のことを思って隠してくれてたんでしょ?」
フィトは微笑みながら、そのまま言葉を続ける。
「……あのね、叔母さんと叔父さんは、私がここにいるのが嫌みたいなの。だけど、近所の人たちの目と評判を気にしててね、私を追い出すことはしないの。あれだけ怒鳴っていたら、近所の人たちに何もかも聞こえちゃうと思うんだけどね……」
そこまで話すと、フィトは黙り込んでしまう。
ここまで誰かに自分の事を打ち明けたのは、初めてだった。
辛い事があっても、苦しくても、いつも笑って乗り越えてきたフィト。
そのせいか、ふたりに話したことで感情が溢れてしまいそうだったのだろう。
その気持ちもまた、笑顔で覆い隠そうとしてしまう。
不自然にも、心が悲しくとも笑顔を浮かべてしまうのだ。
辛くても笑顔で振る舞う癖が染みついてしまっているのかもしれない。
それにこういう時、どんな顔をすればいいのかわからないのだろう。
そんなフィトを見ていられなくて、リオンもレオンも少しずつ感情的な言葉を発してしまう。
「そんな……酷いよ。フィト、無理してここにいることはないんじゃないの? 叔母さんと叔父さんのことなんて放っておいて、家を出ちゃえば?」
「俺もそう思うな。それでも、フィトにとって叔母さんと叔父さんが大切だっていうのなら、ここにいることを止めないけどさ……」
ふたりがそう言葉をかけると、フィトはおもむろに立ち上がり窓際に佇む。
そして話そうかどうか、しばし悩んだ後。
フィトはゆっくりと口を開く。
「……私ね、ここでお兄ちゃんを待ってるの」
「「お兄ちゃん?」」
レオンとリオンは、驚きのあまり声を揃えて目を丸くする。
こくりと頷き、フィトは話を続ける。
「もう、十年以上前になるかなぁ。お兄ちゃん、行方不明なの。必ずここに迎えに来るからって、それっきり」
「十年以上も行方不明!? 人間にとっての十年って、物凄く長いよね? フィトは、お兄ちゃんの言葉を信じてずっとここで待っていたの?」
「うん。待ってるって、約束したからね。いまは、どこにいるのかも何をしているのかもわからないけど……私の大切な、たった一人のお兄ちゃんだから……」
そう言って、またもニコッと笑顔を作って見せるフィト。
その笑顔からは、どこか寂しさが感じられる。
「そっか……。でも、無責任な兄貴だよな。妹がこんなに苦しんでるってのに、どっかに行っちまうなんて……。俺だったら、ずっと側で守ってやるのに……」
「……レオンは、弟思いなんだね」
ふふっと笑いながら、フィトはリオンの方を見る。
「にっ、兄さんは過保護なんだよっ! 年だってひとつしか変わらないじゃないか! フィトの前で恥ずかしいからやめてくれよ、もう!」
「べ、別にお前に対して言ってねーよ! 俺はフィトの事を思って言ったんだからな!」
話の途中でもぎゃあぎゃあと言い合いをする兄弟。
その様子を、羨ましそうにフィトは見つめた。
「喧嘩したくたって、会えなくなったら出来ないから……ふたりのこと、いつもいいなって思っちゃうんだぁ」
「あ、ごめん……」
「そうだよな。ずっと会えなくて寂しいのに、ごめんな……」
牙を剥き出していがみ合っていた兄弟は、反省してしゅんとする。
「あっ! ごめんね! ふたりのことを責めているわけじゃないんだよ!? ただ本当に、当たり前のように側にいられることが羨ましいなって、純粋に思うの。それにね……お兄ちゃんがここを離れたのは、きっと理由があるはずだから……。だから、ふたりが冥界に戻る方法が見つかったら、私、またここに戻ってくるよ。お兄ちゃんを待ってなきゃ」
そう言って明るく振る舞うフィト。
しかし、その笑顔はやはり悲しく見える。
どうにかしてやりたいが、自分たちにはどうすることも出来ない。
冥界に戻らなければならないという定めを、もどかしく感じた。
不思議だが、レオンとリオンは冥界に帰りたいという気持ちがあまり湧いてこなかった。
冥界での役割がある為、帰らなくてはと思う気持ちはあるのだが。
それくらい、ふたりにとって地上にいる時間が楽しくて、フィトと一緒にいられることが嬉しかったのだろう。
「早く兄貴に会えるといいな」
「うん、そうだね。お兄ちゃんのこと、信じてるから……」
レオンにそう言葉を返すと、ゆっくりとフィトは頷いた。
いつか、フィトが兄に会うことが叶って、本当の気持ちを表に出せる日が来るといいな、と思いながらレオンは微笑んだ。
「あふぁ……うう、ごめん……。なんだか僕、眠くなってきちゃった……」
シリアスな話をしていたところに、犬耳弟は大きなあくびをしながらそう言う。
まったく、マイペースな弟である。
そして、ごろん、とフィトの用意してくれた毛布の上にリオンは横になった。
そんな弟を他所に、レオンはフィトに疑問を投げかける。
「フィト、気になってたんだけどさ。地上は朝になるとまた明るくなるのか?」
「うん! 太陽が昇ってきて、また明るくなるんだよ」
「へぇ、不思議なもんだなー。いまは夜……なんだよな。あれは、もしかして月か?」
レオンは窓の外を指して言う。
窓から見える夜空には、白く輝く大きな球体が浮かんでいる。
「そうだよ! 夜はね、お月様が出て、月の光で地上を照らしてくれるの!」
「……そっか、あれが月なのか。とても神秘的な光だなぁ。……おい、リオンもそう思うだろ?」
レオンは声をかけたが、すでに弟は夢の中だった。
気持ちよさそうにすうすうと寝息を立てている。
そんな弟にレオンは「しょーがねーな」と、毛布を掛けてやる。
そして、そっと「おやすみ、リオン」とつぶやいた。




