第五話・月明かりのセレナーデ(1)
「あれれ……?」
フィトが不思議そうに首を捻る。
冥界に繋げようとドアを開けたはずなのに、なぜか目の前に広がるのは自分の家の物置。
「フィト、ここは……?」
呆然と立ち尽くすフィトに、リオンが言葉をかける。
「……ここ、私の住んでるおうちの物置部屋……だねぇ? 間違いなくいま、冥界に繋げようとしたのになぁぁ……?」
「もう一度、開けてみたらいいんじゃないか?」
レオンの声にフィトはこくんと頷き、同意を示す。
「もう一回……」と言ってドアを開けるも、開いた先の景色は変わらない。
それから、何度もドアを開けてみた。
しかし、何度繰り返しても冥界に繋がることはなかった。
「うーん? おかしいなぁ……」
いつも出来ていたことが、突然できなくなってしまう謎。
しかも、このタイミングで。
「フィト。今まで冥界に来ようとして来れなかったことはなかったのか?」
「うん、一度もなかったよ! だから、なんで繋がらないのかわからなくて……」
なぜ冥界に繋げることができないのか、レオンとリオンにも分からなかった。
そもそも、フィトが冥界と地上を行ったり来たりすること自体が異常なのだが。
「ふたりとも、ごめんね。まさか冥界に繋がらなっちゃうなんて……」
フィトはしゅんとして三角座りでうずくまってしまった。
「どうして? フィトが謝ることじゃないよ」
「ああ、フィトが自分を責めることないだろ? フィトが悪いわけじゃないんだからさ」
そう言って兄弟はフィトの顔を覗き込む。
「うん、ありがとう。……それにしても、なんで冥界に繋がらなくなっちゃったのかなぁ。タイミング、わるいなぁ」
思えば、様々な異変が起き始めたのはいつだったか。
そう、あの地震が起きてからだ。
異変が起きたのは、何もかもあの地震がきっかけなのだ。
「なあ。やっぱり、あの地震が起きてから何かがおかしいと思うんだよな。ドアを繋げることが出来ないのも、そのせいなんじゃね?」
「僕もそう思ってた! 地上に飛ばされたのも、それが原因なんじゃないかと思うんだよねぇ」
「えっと、つまり、今日起きたことは、全部あの地震が関係してるってこと……?」
フィトは唇に人差し指をあてて首を傾ける。
「ああ。正直、不自然なんだよ。いろいろ起きすぎだろ?」
「なるほどね。確かにそう考えた方がいいのかもしれない。ただ、問題はどんな関係があるのか全然わからないってところかなぁ……」
「そうなんだよな。わからないことだらけで、いまはお手上げだ」
しかし、これは困ったことになった。
こっちに飛ばされた理由も原因もわからなかったのに、今度は戻れないときた。
もう、何が何だかさっぱりわからない。
現実問題、いまここでどうすることもできない三人は、ただそれを受け入れる他なかった。
「……明日、朝になったら、もう一度ドアを開けてみるね。冥界に繋がるか試してみよう!」
「ああ。そうだな、頼むよ」
「もしかしたら、疲れてて繋がらないだけかもしれないしさ。気楽にしてなね?」
「うん、ありがとう!」
リオンの優しい言葉に、フィトは笑顔を見せる。
「そうそう! 腹が減ってはなんとやらーって言うしな。疲れてたらパワーが出ないってわけだ!」
「兄さん、腹が減っては戦が出来ぬ、でしょ? ことわざくらいちゃんと覚えなよ」
「細かい事言うなっての。いいじゃねーか、伝わってんなら!」
「はいはい。バカ兄だからしゃーないかぁ」
「なんだと!?」
バチバチと火花を散らす兄弟。
不器用なりに、レオンもフィトを元気づけようとしていたのだった。
「……ま、例えは悪くないんじゃないの? フィト、今日はゆっくり休まないとね!」
リオンはそんな兄をからかいつつ、レオンの言葉を後押しする。
兄に対しては素直じゃないリオンなので、悪態は付き物なのだが。
「えへへ。ふたりとも、ありがとう! ……でも、ケンカしないでね? あまり大きな声で話すと、叔母さんと叔父さんにバレちゃうからね」
フィトの言葉に、またやってしまったと頭をかくふたり。
しかし懲りない兄弟は「お前が悪いんだぞ」と睨み合い、口をへの字に曲げた。
「あっ! そしたら、今日はこのまま泊っていってね!」
そんなセリフを、フィトは何気なく口にする。
「でも、私の部屋に誰かが泊まることなんてなかったから、お布団もないし、ベッドはひとつしかないんだよね……」
そう言うとフィトは物置部屋に入って行き「何かあるかな……」と、中を漁り始めた。
互いに睨み合っていた兄弟は、フィトの言葉を聞いてフリーズしていた。
「泊っていってね!」というフィトの言葉が、頭の中で何度もリピートされる。
気恥ずかしさでふたりはどっと赤面した。
まさか、こんな形でフィトの部屋に泊まることになろうとは。
「兄さん、どどどどうしよう!? 女の子の、フィトの部屋に泊まるだなんて!」
「俺だって、こんなん初めてだからどうしたらいいかなんてわかんねーよっ!」
ぐるぐる考えるレオンとリオン。
事前にわかっていたのなら、なんとか落ち着こうと心の準備とやらが出来ていたのだろうか。
いや。仮にもし、わかっていたとしても落ち着いてなどいられなかっただろう。
兄の自分がしっかりしなくてはと思い、レオンは大げさな深呼吸をひとつ。
「とっ、とにかくだ! 今日は何も考えずに寝るぞ! それがいい!」
「そ、そうだね! うん! そうしよう!」
兄弟はそう言って、挙動不審に頷き合う。
レオンとリオンがそんな会話をしていると。
物置部屋から、フィトが毛布を抱えて戻ってきた。
「ふたりとも、お布団はなかったけど、毛布が何枚かあったよ! ……こうして一枚は床に敷いて、これを掛けて寝ればいいかなっと!」
フィトはよいしょ、とふたりの寝床を作ってくれた。
「あああ、ありがとう! フィト、気を遣わせてごめんね!」
「わ、悪いな、助かるよ!」
明らかに空回りなテンションのふたりを気にすることなく。
フィトは何かを思いついた様子で、ぽん、と手を打った。
「あ! でも、ふたりはお客様だから、私が床で寝なきゃだよね!」
「ええっ!? それは出来ないよ! 僕たちが床で寝るから、フィトは自分のベッドで寝てね!?」
「フィト、リオンの言う通りだ! 俺たちは男なんだし大丈夫だから! フィトは女の子だろ!? ちゃんとベッドで寝てくれ、な!?」
フィトの突然の提案にレオンとリオンは驚き、ベッドで寝るよう慌てて説得した。
すると、フィトは困った顔をして言った。
「だけど、私だけベッドで寝るのは悪いよぉ」
「フィト、悪くないよ!? そんなことないから、大丈夫だから!」
「それに俺たちにはフィトのベッドはちょっと小さいからな! フィトの気遣いは嬉しい。でも、いつも通りベッドで寝ていいからな!?」
兄弟の必死の説得の末。
フィトはしばし悩んでいたが、ふたりの心遣いを受け取ることにしたようだ。
「ふたりとも、ありがとう! じゃあ、そうさせてもらうね」と、フィトは微笑むのだった。
レオンとリオンはそれを聞いて、ホッと胸をなでおろす。
フィトはとても気遣いさんなのだ。その気持ちはとても嬉しい。
しかし、いかんせん人の事を考えすぎなのだ。
まずは自分が女の子であることをもっと自覚してくれ、と兄弟はハラハラするのであった。




