7話 世界とは
出現させていた水の龍を消し、にこやかにグレイ氏が歩み寄ってくる。
「さすがだ。ミノタウロスを倒したというだけのことはある。まったくもって見事だ」
グレイ氏から惜しみない賞賛を受ける。
「いや、グレイさんもかなり強かったです。それにまだ本気を出していないでしょう?」
彼は戦いの中で何度か驚いた表情をしていたがそれは俺が想定を超える動きをしたから
であって絶体絶命の危機を前にしたときの恐れとは違った。
「ははは。いやはや、それはお互いさま、だろう?」
今までよりも気さくに、グレイ氏は微笑む。
確かに俺もまた全力ではやっていない。
形上はグレイ氏が先に降参したから今回の手合わせは俺の勝利、ということになるが
中身的にはかなりひやひやしたものだった。
しかし今回の戦いでかなり大きな成果を見出した。
空間転移。
勝手にそう名付けることにした。
空間から空間へ移動すること。
おそらくだが目で視認し、狙いを定めた場所へ移動できる技だ。
狙ってやったわけではないのだが、新たに使えることになったこの技はこれから先かなり
役に立つだろう。
俺には魔力がない。だから闘気、という身体能力を底上げ技が使えない。それを補える
機動性を手にしたと言っていいだろう。
だがまだまだだ。
まだ俺は力をコントロールできていない。自分のものにできていない。
今回は手合わせという形だから試行錯誤することができた。だがこれが本当の闘い、
命をやり取りするものだったとしたら、と考えるとどうだろう。
そしてそんな闘いがいつ起きてもおかしくないのだ。この世界では。
力を高めなければ。
そう思った。
それはこの世界で生きる上で欠かせないことだと思う。
「すごいです!!ユキ様はやっぱりすごいです!」
たったったと駆け寄ってきたエリルがすぐ側まで来て感嘆の声を上げる。
「いや、グレイさんもすごく強い人だよ」
「ええ、でもお父様を相手にあれほどの手合わせをできる方なんてそういません!」
ほめられて悪い気はしないのでありがとう、と素直に答える。
それから俺たちは家へと入った。グレイ氏は風呂に入るそうだ。俺も汗をかいたので
シャワーを浴びたいところだがさすがにグレイ氏と一緒に入るわけにはいかない。
「お茶を出しましょう」
とにこやかにモナさんが申し出てくれたのでお言葉に甘えることにする。
午後。優雅なひと時。
モナさんはお茶を出し終えるとあとは二人でごゆっくり、と席をはずしてくれた。
お茶とともに出してもらったお菓子をほおばる。
そして俺はエリルに気になっていることを質問した。
「なぁ、変な質問するけど、この世界の人たちって何を目標に生きてるんだ?」
言い終えてあまりにも漠然とした質問だなぁ、と苦笑してしまう。
しかしエリルはそれに対して真面目に答えてくれた。
「そうですね、目標というよりも生きと捉えてもらったほうが良いかもしれません。
大きく分けると3通りの生き方があります。
1つ目は魔法学校を卒業しその国の宮廷付き魔法使いや正規軍に入団すること。
2つ目は冒険者として世界を回ったりすること。
3つ目はそれ以外です。商人になったり、ですね」
なるほど、俺ができるのは2つ目か3つ目だな。魔法学校に通うのは、無理だろう。
俺魔法使えないし。
「2つ目の冒険者だけど、何か目的があって世界を回ったりするのかな」
うーん、と数秒ほど考えこむエリル。
「個人的な目的があって世界を旅している冒険者はかなりいると思いますよ。
昔は4大不可思議制覇を掲げて冒険に出る者も多かったと聞きます」
「4大不可思議制覇?」
はい。この世界にあるとされる『4つの不可思議』なことです。その4つの不可思議を
制覇した者はあらゆる願いが叶うとされています」
4つの不可思議か。地球にも世界七不思議ってのがあったな。どんな願いも叶う、と
いうのはかなり魅力的に聞こえる。
「ですが4つの不可思議を制覇した者は誰一人としていません。4つのうち3つはどんな
不可思議なのか判明していますがその存在を確認した者すらいない、とされています。
それに見つけたとして何をして『制覇』とされるのかも分かっていないのです」
そういってエリルは不可思議をゆっくりと述べた。
1つ。海中都市アトラント
1つ。天まで伸びる塔バベルス
1つ。見えない城リンバーン
「あと1つの不可思議はそれが何なのかもわかっていません。これらを制覇すること
目的とし冒険に出る者もいます。ですがもうずっと昔、少なくとも冒険者ギルドが
作られた1000年前か4大不可思議は探されているとされていますが先ほども
言った通り1つとして見つかっていないのです」
あらゆる願いが叶う。言ってみれば4つの試練を超えたとき、褒美としてどんな
願いもかなえてくれるということか。どんな願いも、ということなら元の世界に
戻ることも叶えてもらえそうだ。
だがそれらを制覇するのはほぼ不可能に近そうだ。何せ1000年間挑んで誰一人
として達成していないという。現実的ではないな。
「ユキ君、風呂あいたよ」
湯気を立ち昇らせながらグレイ氏が出てきた。ちゃんと服は着ている。
返事をし風呂へと向かう。
ゆっくりと風呂に浸かった。