6話 手合わせ
リピローグ家へ帰宅すると今朝出かけて行ったグレイ氏が出迎えてくれた。
仕事がいつもよりも早く終わったらしく早々に帰宅したとのことらしい。
すでに昼食はとったようだ。
「ユキ君、どうだね、時間があるなら手合わせでもしないかい?」
お茶でもどう?くらいの軽い口調でグレイ氏に問いかけられ、俺はまず
手合わせって、空手とかでいうところの組手的なやつだっけ?と考えた。
俺が考えているとグレイ氏がさらに続ける。
「ミノタウロスを倒したという君の実力に興味が沸いてね」
にこりと微笑みながらグレイ氏は言ったが細められたその瞳には
お前の実力を見極めてやるぞ、という感情が透けて見えた気がした。
手合わせというくらいだから命のやり取りをするものではないんだよな?
その確認をしなくてはと思い、隣にいるエリルに質問する。
「そうですね、決闘はお互いの命を賭けて行いますが手合わせはあくまでも
互いの実力を推し量るために行うものです。なので相手の命までは奪わない、
というのが暗黙のルールです。しかし、力の加減を見誤った場合、意図せず
して相手の命を奪ってしまうこともあります」
なるほど。チャンバラ感覚ででたらめに力を振るうとそれは危険だ。
「心配せずとも命を取ろうというつもりはないよ」
言いながらグレイ氏は壁に掛けられていた杖を取り外していた。
「杖を使うのですか!?」
エリルが父親に割と大きめの声で言葉を放つ。
「彼はミノタウロスを倒すほどの実力なのだろう?ではこちらもある程度の
装備で臨まねばなるまい」
杖は1mほど。木でできているが上部に大きな青い水晶が付いている。
「杖を使うとどうなる?」
「発動する魔法の威力が数倍上がります。杖のランクにもよりますが。あの杖は
威力を2倍ほど上昇させる効果があります」
杖使って魔法を使うだけで威力2倍って便利過ぎない?チートじゃんか。
「さて、どうするユキ君。気が向かないのであれば無理にとは言わないが」
うーん、正直俺はまだ力のコントロールがうまくできない。だが、対人戦闘を
早めに経験しておきたい、というのが本音ではある。見たところグレイ氏は結構
強そうな気がするし、多少力の加減を間違えても問題なさそうな気がする。
「俺でよければ、かまいませんよ」
そっと右の腰の位置に収めている銃を触る。
今の俺にはこいつがある。しかし初っ端から使うつもりはない。ミノタウロスを
吹き飛ばした力だ。できれば人に向けて放ちたくはない。だから『天』『地』を
使う前に倒す。もしやばかったら、使う。それでも威力は3割程度を上限としよう。
☆
リピローグ家の広い庭で俺とグレイ氏は相対している。
「周囲には結界魔法が掛かっているから全力出来て構わないよ。それにこれでも私は
宮廷付きの魔法使いだ。その辺の魔法使いよりかは強い」
宮廷付き魔法使い、とはよくわからんが字面で解釈するなら宮廷に専属で仕える
魔法使いのことだろう。宮廷の仕組みがよくわからんがよわっちい奴を仕えさせるとは
考えにくい。かなりの実力者だと考えて良いだろう。
心して挑む必要があるだろう。
「さて、それではそろそろ始めようか。怪我をしても大丈夫だよ。私の妻が回復魔法の
使い手だかね」
それは安心だ。どちらが怪我をしても治してくれる人がいるのなら。
「ええ、俺も準備はできています」
グレイ氏が杖を高く掲げる。先端についた水晶が輝く。
「水魔法・睡蓮花」
こぶしくらいの大きさの睡蓮の花が出現しゆっくりと地面へと落ちていく。
「花が地面に落ちたら手合わせスタートだ」
「分かりました」
ゆっくりと花は落ちていき、そしてぱしゃりと地面に花が落ちた。
俺はまず数歩後ろへと下がる。相手の出方をうかがうには距離を取る。
うかつに近づいたらあぶねぇからな。
グレイ氏はというとその場から一歩も動いていなかった。
「水魔法・水龍」
俺の方へ杖を向けながらグレイ氏は唱えた。
巨大な魔法陣が出現しそこから水でできた巨大な龍が姿を現す。
「水龍……、水魔法超級魔法!!!」
エリルが大きな声で叫ぶ。
超級!?
水竜は俺の方へ向かってくることはなくグレイ氏を守るように彼の体を中心としてゆっくりと
回っている。しかしその目はしっかりと俺に向けられている。
牽制用か?あんな物騒なのがいたんじゃうかつには近づけない。
左右の手のひらに空気を圧縮し野球ボールくらいの大きさで留めてから投げ放った。
二つの空気球はきれいな弧を描き水龍へと当たる。
球が当たったことで圧縮された空気が炸裂する。当たった箇所は砕けるように水が
飛び散ったがすぐに再生した。
このくらいの攻撃ではぬるいか。
なら……!
俺は両手を大きく広げる。
グレイ氏を囲う龍ごと包み込む、ドームのようなイメージだ。
広げた両手をゆっくりと近づけていく。ドームごと圧縮し圧迫する。
初めてやる技だが試すにはいい機会だ。
俺の意図を察したグレイ氏は杖を握る右手を振り上げる。
すると龍が天へ向く。そのまま飛翔。
俺が作り出した空気のドームに激突する。
「っぐ……!!」
近づけようとしていた両手が止まり、徐々に手と手の距離を無理やり広げられていく。
龍がドームに当たる反動によるものだ。
壊れる……!!
バンと音がして龍が空へと躍り出た。
そしてその勢いのまま俺へと向かってくる。
口が大きく開かれる。
轟音。うなるような鳴き声。
このままじゃまずい。
右手で『天』をホルスターから抜き、迫りくる龍へと銃口を向ける。
銃口に空気を圧縮させ放つ。十分に空気を圧縮できていない。
これでは大した威力は出せない……!
銃声が鳴り、その直後空気弾が龍の頭を撃ち抜いた。
しかし、砕け散ったのはは頭だけだった。龍の体は勢いを殺さず俺へと向かってくる。
それだけでなく吹き飛ばされた龍の頭の破片が集まっていき再び頭の形を形成している。
これは空気の壁では防げない。
今から弾を形成する余裕もない。
万事休す、か。
天を見上げる。あそこまで飛べたら、グレイ氏が放つ龍の攻撃を
回避できるのに。
その直後、俺を襲ったのは浮遊感だった。
☆
(さて、このあたりが潮時かな?)
青年へと向かわせていた龍が彼に当たる前に龍を消滅させるつもりだ。
そろそろだと思ったところで突然青年の姿が消える。
(なに!?!?)
闘気を練って移動したのか?しかし魔力反応はない。
当たりを見回す。前後左右。姿無し。
ならば。空を見上げる。
いた。太陽を背負いこちらを見下ろす青年。その左右の手には銃がしっかりと握られて
いる。
水龍を手元に呼び戻すのは間に合わない。ならば。
「水魔法・摩天楼」
超級魔法。地面に出現させた魔法陣から巨大な水で出来た塔を青年へ狙いをつけ、高速で伸ばしていく。
青年がトリガーを引く。
轟音が鳴り響く。先ほど彼が放った弾とはおそらく威力が桁違いのはずだ。音の大きさが全く違う。
そしてせりあがっていた摩天楼と弾がぶつかる。
すさまじい衝撃波が体を襲う。目を開けているのがつらいほどに。それでも目を見開く。
目にした光景に大きく目を見開く。
摩天楼が粉々に消し飛び、更に私を守るために戻ってきた水龍もまたその衝撃の余波で半身を削られていた。
圧倒的な破壊力。そして機動性。
青年はゆっくりと、滑空しながら地上へと舞い降りる。
風でコートの裾がたなびく。
だらんと両腕を下ろしているがその姿に隙はない。
彼の瞳は私をまっすぐ射抜く。
その目は語っている。「まだやるのか?」と。
私は両腕を軽く上げた。それは手合わせ終了を知らせるものであり、また降参を伝えるサインでもあった。