2話 初めての戦い
叫びながら俺は隣で硬直しているエリルを抱きかかえるようにしてサイドに飛び込む。
さっきまで俺とエリルがいた場所を轟音を立ててミノタウロスが通過していった。
エリルを抱きかかえているので受け身の取り様がなく俺は無防備な状態で地面へと倒れこんだ。
「いってぇ」
痛い。ちょっと、血出てる。すりむいてる。いつもの俺ならこの痛みに2分は持っていかれるところだが今は痛がっている場合じゃない。
「おい!!!!!しっかりしろ!!!」
とりあえず俺はエリルを一喝する。ほんと、しっかりしてくれ。俺はこのミノタウロスとかいう化け物の知識ゼロなんだから。
「こいつ、ミノタウロスの弱点は!?」
「ミノタウロスに目立った弱点は、ありません。俊敏な動き、圧倒的な筋力。そして、耐魔A」
「耐魔!?」
ミノタウロスがゆっくりとこちらを振り返る。その様にははっきりと強者の余裕が現れている。
「上級魔法程度であれば、ミノタウロスに効果はない、ということです。ミノタウロスを相手にする場合は、近接戦闘タイプの戦士が3人は必要です。2人が盾役、1人が後ろを取る。2人以下でミノタウロスに遭遇した場合……、よっぽどの手練れでなければ……」
そこで彼女は言葉を止めてしまった。その表情には諦めが刻まれている。
2人以下。まさに今がその状況。よっぽどの手練れでなければ、死ぬってことだよな。そして彼女は生きることを諦めてしまっている。つまり実質1人ってことか。
ミノタウロスをまっすぐ見据える。
3mくらいだろうか。圧倒的な存在感。戦いの素人の俺でも分かる、濃厚な死の香り。幾人もその手で葬ってきたであろう
その存在は、今俺たち2人もまた亡き者にしようとしている。
ミノタウロスが再び右足に力を込める。しかし今度は先ほどよりも溜めの時間が長い。それはすなわち、先ほどよりもさらに速いスピードで突進してくるってことだよな。
いつまでも避け続けられるものじゃない。
逃げてばかりじゃ、いずれ殺される。だったら俺は逃げない。
右手を前にかざす。
『グオオオオオオオオオオオオオオオ』
ミノタウロスが、死が迫ってくる。
前方の空間に空気の壁を作る。空気を圧縮するようなイメージ。風避けとしてしか使ったことがなかったこの力。
今ここで役に立て。
ミノタウロスが壁に当たる。
「っぐ!!!!!」
ミノタウロスの突進がほんの少しだが減速された。しかしそれでもなお突き進んでくる。もっと、だ。もっと厚く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」
左手で右手をつかむ。右腕の筋肉が軋む。痛い。
力を更に込める。ミノタウロスが突進する力を弱め、飛び上がるように後退した。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が乱れる。なんつぅ力だ。力を込めた右腕に返ってきた反動で痺れている。2度目は、たぶん止められない。
「今のは……?」
エリルが俺を見上げてくる。その顔は、今なお諦めの感情が貼り付いている。
「しっかりしろ、エリル!お前、ここで死んでいいのか?ダメだろ。何かを祈りに来てたんだろ?だったらその願いが叶うまで生きなきゃだめだろ」
前方を見据えながら俺は彼女に問いかける。
「俺一人じゃ、勝てねぇ。力を貸してくれ。エリル。一緒に生きよう!!!」
まだ死ねない。異界に来てまだ何もしていない。とにかくこの場を乗り切る。すべてはそれからでいい。
「生きる。そう、ですね。ごめんなさい。あなたを1人で戦わせて」
彼女が立ち上がる。その瞳には強い覚悟の念が宿っている。
「私の得意魔法は水です。ですが、上級魔法までしか使えません。そしてミノタウロスに上級魔法は効きません」
どうしたらいいですか?そう問いかけてくる。
「接近戦は俺が引き受ける。エリルは後方支援だ。奴の動きを阻害してくれ」
止めてくれ、と言いたいところだがそれが難しいことはわかっている。
「分かりました」
さて、どうする。空気壁は腕がもげるように痛い。空気壁は手のひらにくっつくように壁を生み出している。そのためぶつかられると反動がもろに体に来る。かといって手で触れずにイメージだけで壁を作った場合は強度がガタ落ちする。
しかし、だ。エリルの言う耐魔。これはもしかして俺の力には作用しないのではないか。ミノタウロスは俺の作り出した壁にちゃんと阻まれていた。そして、奴はその壁を恐れる、いや、不思議がるように後退した。
すなわち俺の力は、奴に通用する。
ならば勝機はある。
ミノタウロスがファイティングポーズを取る。それに合わせてオーラ、のようなものがミノタウロスの全身を包む。
「闘気です…!!身体能力を底上げする魔法です」
え、ミノタウロスも魔法使えるのかよ。しかし身体能力底上げってやばいだろ。
ゆっくりとミノタウロスがこちらに歩を進めてくる。
突進なら一直線に進んでくるだけだから避けやすい。しかし正面からゆっくり来られると次の動きが予測できない。
ミノタウロスと俺との距離が4mを切ったところで背後から勢いよく水が放たれる。イメージとしては滝、だろうか。
放たれた水はミノタウロスへと直撃する。
おそらくエリルの魔法、だよな。さっき身体能力を底上げする魔法って言ってたから、これはたぶん水を放出する魔法なのだろう。だが、エリルの言葉が正しければこの魔法はミノタウロスにダメージを与えられるものではない。
ならば俺がすべきことを考える。
正面にいるミノタウロスの右側に回り込むように俺は走り出す。正面からの戦いではまず勝ち目がない。勝ち目があるとすれば相手のサイドかバックからの攻撃。
水を鬱陶しそうに払いのけるミノタウロスの右サイドに回った俺は右手で作った拳に空気を圧縮させる。でっかい空気でできたグローブのようなイメージ。
「うらぁああああああ!!」
飛び上がるようにしてミノタウロスの左脇へとパンチを打ち込む。
「ウウグガァアアアアア!?!!!」
突然のサイドからの攻撃にミノタウロスはバランスを崩す。いける。今がチャンス。
もう一発と、今度は左手に空気のグローブを作り打ち込もうとしたところでミノタウロスの蹴りが迫ってくるのを視界に捉えた。俺は腕をクロスさせるようにしてガード態勢を取り空気の壁を作り出す。衝撃。
蹴りはもろに俺にぶち当たる。空気の壁で多少は威力が減じられているし、バランスを崩した状態からの蹴りなので威力そのものが大したことはないはずなのに、これだけの痛み。強い。
周囲は森だったな、俺は木々にぶつかって生じるであろう背中の痛みに備える。しかし痛みは来なかった。
水が包み込むように俺をキャッチしてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。ありがとう」
エリルが俺のそばに駆け寄ってきて何事かつぶやくと俺の体に両手をかざした。
すると痛みが和らいでいく。
「これは?」
「回復魔法です。初級ですので、ほんのわずかな効果しかありませんが」
回復魔法か。そんなものも、あるんだな。この世界には。もっとこの世界のことが知りたい。死にたくない。
しかし、脅威は今なお去っていない。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
ダメージを負ったことで怒り狂ったのか地面を踏み鳴らしている。
接近戦は、まずいな。身体能力が違いすぎる。こっちが一発パンチを打ち込んだら倍の威力で反撃が来る。
さっきの蹴りをガードしたせいで両腕とも痺れてる。
いや、諦めるな。まだ、勝機はあるはず。
そして俺の目にひとつのアイテムが目に入った。
エリルの腰。ホルスターに収められた小型の銃。
「エリル、それは!?」
俺は銃を指さす。
「これは護身用の魔法銃です」
魔法銃、か。これに、賭けるか。
「それ、貸してくれ!!」
「え、あ、はい!」
ホルスターから銃を抜き取り俺に手渡してくれた。軽い。
「エリル、頼みがある。あいつの動きをできるだけ長く、止めてくれるか?」
まっすぐ彼女の瞳を見つめる。
まっすぐ俺の瞳を見返してから彼女は頷く。
勝機をここに見つけた。銃のグリップを右手で握りしめる。
「奴がこっちに向けて動き出したら足止めしてくれ」
「わかりました」
銃口付近の空気を球状に圧縮していく。
「トリガーを引けば、風魔法によって作成した魔弾が放出されます!!」
作成した魔弾、というのはおそらく銃の使い手が作り出した魔法の弾、ということだろうか。
俺が作っているのは魔法の弾ではなく空気を圧縮した空気弾。
来る。
『上級水魔法 水流牢』
両手を前方にかざしエリルが言い放つ。魔法陣から太い水の鞭が出現し、ミノタウロスの体へと巻きつく。
今だ。俺は再びミノタウロスの左側へと回り込むように走る。しかし今度は先ほどと違い接近はしない。大きく弧を描くように回り込む。
ミノタウロスの視線は俺を追っている。先ほどダメージを与えた俺をマークしているのだろう。
今にも動き出しそうなミノタウロスを水流の鞭が締め上げる。
さっとエリルの方を振り向くと膝をつきながら、それでもなお両手を前方へ掲げている。その顔は苦悶に歪んでいるが、決して諦めてはいなかった。生きることを。
負けられない。
ついに水流の鞭がちぎられた。
『グオオオオオオオオオオガアアアアアアアアアアアアアアア』
怒りを爆発させるようにミノタウロスが月に向かって吼える。
そして俺をまっすぐに睨み付ける。俺もまた睨み返す。足を止める。距離は十分に離れている。
ミノタウロスがこちらへ一歩踏み出そうとしている。
この一撃に、俺の全てを込める。
銃をミノタウロスへと真っ直ぐに向ける。こちらも行くぞ、とばかりにミノタウロスが脇をしめ、走り出そうとした。
今だ。
「エリル、ミノタウロスから全力で離れろ!!!!」
はい、と答えた後、エリルはミノタウロスから逃げるように走る。
よし。
「いっけぇ……!!!」
トリガーを引く。ドンと、大きな、そして低い重低音が鳴る。直後、弾を放った衝撃で銃を支えていた両腕が持ち上げられるように上へと上がる。それでも殺しきれなかった衝撃に俺の両足は浮き上がり、後方へと飛ぶ。
当たれ。当たれ。当たれ!!!
目をそらさずミノタウロスを見据える。空気弾だから目には見えない。しかし変化はすぐに表れた。
発射音からほんの数秒、1秒にも満たなかったと、思う。
「グォオオオ……」
『ズザザザザザザザアアアアアアアアアアアアアアア』
ミノタウロスの雄たけびをかき消すように地面が抉られる轟音が響き渡る。
当たった、空気弾が当たったんだ!
やった!っと……。
がくっと地面に膝をついく。
ミノタウロスは……、原形を留めていなかった。ミノタウロスがいた場所には血が飛び散った形跡がある。血、だよな。青い色をしているけど。また、同時にミノタウロスの血が飛び散っている場所を中心に半径5mほどのクレーターが出来ていた。
空気を圧縮した空気弾はまっすぐにミノタウロスへと向かい、そしてミノタウロスに直撃した。
物体に当たったことで空気弾は爆発するように膨張した。衝撃波、と表現すればいいのだろうか。
イメージ通り、だな。昔エアガンを見て、思いついたものだが、指先に空気を圧縮すると直に反動が指に来るのでめちゃくちゃ痛かった。今回は昔やったのとは比べ物にならないほどの空気を圧縮した。その結果、エリルに借りた小型の銃は銃身が砕かれほぼグリップだけの状態となっている。
たったった、とエリルが駆け寄ってきた。
視線が合う。俺はふっと彼女に笑いかけた。勝ったぞ、生き残ったぞ、と。
彼女もまた、微笑みを返してくれた。
俺は彼女と出会った。
異世界に来て初めて出会った女性、エリル。
彼女はこれから先、ユキの活躍を語るうえで欠かすことのない重要な人物となる。
この出会いから始まる。白撃の銃使いと謳われることになる男の物語が。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
投稿は一旦ここまでとします(続きの話はまだ書いている途中です)
平日、少しずつ書き溜めて週末に何話か投稿できればいいなぁ、と思っています。