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白撃の銃使い~天を穿つ者~  作者:
第一章 物語の始まり
18/18

試験


 それから一週間でユキとミレイはBランククエストを3つこなした。


 討伐系が2つ、護衛が1つ。


 それらのクエストの報酬でユキはエリルに借りていたお金を返すことができた。


 どれも大した怪我なく達成することができた。


 ミレイと落ち合う場所はギルドと自然に決まった。


 一応まだリピローグ家に泊めてもらっているがそろそろ宿に一か月くらいなら

宿泊できるくらいの金は稼いだ。


 エリルにこれからについて話そう、と思うもののなかなかそのことを伝えられていない。


 というのが、エリルが毎日楽しそうに学校の話をしてくれたり俺のことについて聞いて

来るのだが、俺がこれからのことについて話そうとするとさりげなく、時に強引に話を

変えるのだ。


 別に家を出たからと言ってエリルとの付き合いをそこでやめるつもりなんて毛頭ないんだけど

なぁ。


 そんなことを考えながらギルドの扉を開ける。


 毎日顔を出しているがゾルドに絡まれて以来、特に他の冒険者に絡まれるといった事は起きていない。


 ギルド内を見回すとミレイはまだ来ていないようだ。


 やることがないので席に座って待ってようかと思ったところで受付職員、ミスカが手招きしているのが

目に入った。


 呼ばれているのでそちらに足を向ける。


「おはようございます、ユキ様」


 礼儀正しくミスカは頭を下げて挨拶をする。


「どうも」


 俺もぺこりと頭を下げる。


「クエストを順調にこなしているようですね」


「ええ、まぁ、ミレイが居るからですけどね」


 それとなく、高ランククエストを無事こなせているのはミレイのおかげであることを伝える。

 

 実際その通りだしな。彼女から学ぶことは多い。


「ふふふ。本日はユキ様にランク昇格のご案内をさせていただきたいと思い声を掛けさせていただきました」


 ふむ、昇格か。とりあえず黙って話を聞くことにする。


「通常、冒険者ランクを上げる場合、例えばEランクからDランクに上がる場合はEランククエストを一定数

達成していただき、ギルドが設ける昇格試験に合格していただく必要があります」


 ふむ。俺がクリアしたEランククエストは結局マジハリ草の納品だけだったな。


「これが通常の昇格の例です。あともう2つあります。それは高ランク冒険者かギルドからの推薦です。

下位冒険者のランク昇格推薦ができるのはBランク冒険者以上です」


 なんとなく話が見えてきたぞ。俺の冒険者ランクの昇格の話、か?


「今回はユキ様にランク昇格の推薦の話があっております」


 誰からだろう、と考え真っ先に思い浮かんだのはミレイの顔だ。しかし彼女が俺に何の話もせず

そのような話を進めるとは考えにくい。他に親しい冒険者の知り合いはいない。ということは。


「ギルドからの推薦、ということですか?」


「お話が早く助かります。その通りです」


 にっこりと微笑を称えたまま小さくミスカは頷く。なるほど、やっぱりそうか。

 その話に乗るかどうかはさておき気になることを聞いておこう。


「昇格というのは1ランクアップということですか?」


「その通りです」


「ギルドからの推薦の場合でも昇格試験を受ける必要はありますか?」


「あります」


 ふむ。つまり現状俺がギルドからの推薦を受けるメリットとしては本来こなすべきEランククエスト

をこなさずしてDランクになれる、つまり時間短縮という点がある。それ以外は特にないと考えて

良いだろう。ただ、なぜ俺にこのような話が来るのかが気になる。Eランク冒険者なんてかなりの数

いるだろう。その中の1人でしかない俺になぜ。


「低ランクの冒険者にギルドがランク推薦の話を持ち掛けることはよくあることなんですか?」


 するとそれまですぐに返事を返してくれたミスカの顔が少し曇った。


「無いことはありません。ですが、それほど多い話ではありません」


 ふむ。一見するとこの話、俺にとってはただうまいだけの話に聞こえるが何か裏がありそうな気が

する。しかしこれ以上ミスカさんに聞くのは忍びない気がしてきた。先ほどの問で既に答えにくそう

にしていたからな。


「一旦、考える時間を貰っても良いですか?」


「もちろんです。考えが決まりましたらまた声を掛けてください」


「それは、ミスカさんに伝えた方が良いですか?」


 基本的にミスカさんは毎日いる。ほんと、この人いつ休んでいるんだろうってくらい働いている。

 だが、もし彼女が居なかったら他の受付職員に話して良いのだろうか。


「出来れば、そうしていただけると助かります」


「分かりました」


 もし伝えようと思った時ミスカさんが居なければ待てばいいだけの話。俺的に急ぐような話ではない。


 

 ほどなくしてミレイが現れたので定位置となった隅っこの席に腰を下ろす。

 

 さて、今日はミレイと話さなければならないことがある。


 2人の今後についてだ。


 俺たちは1週間という期間を設けてパーティーを組んだ。言ってみればお試し期間だ。


 なんとなくだがミレイは緊張している気がする。。


 普段はどちらからとなく話だし、会話が続くのだが今日は2人とも口を閉じたまま。


 俺としては、ミレイと今後もパーティーを組んでやっていきたいと思っている。


 ミレイになら、背中を任せられる、って言うとちょっと照れくさいがそれくらいの信頼を

寄せている。


 彼女の方はどう思っているのだろうか。何せ120年生きてきたミレイからすれば俺なんて

文字通り子供だからなぁ。


 いや、悩んでいても仕方がない。こういう時は男からはっきり言わなきゃいけないよな。


「ミレイ、これからのことなんだけどさ」


 俺はミレイの目を見つめる。


 彼女も真っ直ぐ見つめ返してくる。


「俺は、ミレイとこれからもパーティーを組みたいと思ってる。頼りにしてるんだ、ミレイのこと」


 思ったことを、素直に伝える。


 するとミレイははぁ~と、大きく息を吐きだした。安堵するように。


「私も、ユキとパーティーを組み続けたいと思っていたんだ、ふぅ、安心した」


 言ってミレイはにっこりと笑う。可愛らしいなぁ。普段は冷たげな美人なだけにギャップが素晴らしく

威力の高い武器となっている。


「俺の方こそ安心したぜ」


 俺とミレイは正式にパーティーを組むこととなった。


「となると、パーティー名が必要になるな」


 ミレイが考え込む。


「名前、か。何か決まり事とかあるのか?」


「特にない。ただ、多くのパーティーはリーダーの特徴を捉えた名前をパーティー名としている。例えば

この間会ったフィアムのパーティー名は『赤き空』だ」


 フィアムの真っ赤な髪を思い出す。


 ん、待てよ、リーダーはどっちだ。


 尋ねようとしてミレイが先に口を開く。


「リーダーはユキ、お前だ」


 俺の疑問を先読みしたミレイが答えを先に告げる。


 俺がリーダー。ランク的にはミレイの方が上だけど、と聞き返す。


「確かに、リーダーはパーティー内で最もランクが高い者であることがほとんどだ。だが、私はユキが

リーダーにふさわしいと思う。ユキの背中になら、私はどこへでもついていける」


 はっきりとミレイは言い切る。強い信頼を感じる。そこまで、言ってくれるのなら。


「分かった」


 言うと同時、俺は強い責任感を感じた。たった2人のパーティーだけど、俺の肩には自分の命と

ミレイの命が乗っている。


「そうと決まれば、ユキを示すようなパーティー名を考えようか」


 俺たちはそれから約一時間互いに候補を出し合った。


 そして一つに絞り込んだ名前が『灰翼(はいよく)


 由来は、俺の黒い髪と白いコート、黒と白を混ぜたら灰色になる。それが今から、翼を広げ飛び立っていく、

というものだ。


「灰翼。まだ慣れないが、そのうちしっくりくるようになるだろう」


 ミレイは俺たちパーティーの存在を確かめるように何度か声に出してパーティー名を声に出す。


 パーティー名が決まったところで俺はようやく今朝、ミスカから聞いたランク昇格の話をミレイに話した。


 するとミレイは真剣な表情で考え込んだ。俺は自分なりに考えたことを話す。


「俺がギルドに注目された理由と言えば、ミレイと一緒にいくつかクエストを達成したことくらいしか

思い浮かばない」


 ミレイも同意するように頷く。


「私は今まで、パーティーを組んでクエストに臨むことはなかった。だからこそギルドの注目を集めたということ、

そしておそらくは先日のフィアムとの一件も関係しているように思える」


 確かにあの時の件はギルド内で起きたことのため、ギルド職員にも見られていた。


「ギルドとしては昇格試験という名目の下、ユキの力がどれほどのものなのか計りたい、といったところ

だろうな」


「昇格自体は、悪いことじゃないんだろうけど、こうしてミレイと正式にパーティーを組んだことで

俺はBランククエストを受けることができるわけだろう?だからあんまりメリットはないような気がする

んだよな」


「確かにな。だが」


 ミレイは天井を少し見つめてから俺の顔を見て続けた。


「どのみち、ユキの力がギルドの関心を買うのは同じことだと思う。要は早いか遅いかの問題だ」


 確かに。ミレイの言葉通りだ。仮に今、推薦を断ったからと言ってギルドが俺への関心を捨てる、

と言う話ではない。むしろ、余計な興味を引くことにだってなりかねない。


「そうだな、受けるよ。推薦」


「ああ。悪い話ではない。それに、ユキ。お前なら私はいずれAランクに届く冒険者になると思っている。

何より私が所属しているパーティーのリーダーが低ランクでは格好がつかんだろう?」


 それもそうだな。そう考えるとランク、上げなきゃと思えてくるから不思議なものだ。とりあえず

Bランクまでは突っ走りたい。ミレイと同じランクまで。


 早速ミレイと二人でミスカの元へと行く。


 まずはパーティーを正式に組んだこととパーティー名を伝える。


 一通りミスカさんの方で処理が終わる。


「先ほどの推薦の話なんですけど、受けることにします」


 ミスカに伝えるとかしこまりました、とミスカは微笑んだ。


「お前の告げ口か?」


 隣のミレイがやや厳し眼差しをミスカに向ける。


「私ではありませんよ」


 笑顔のままではあるが、心なしかミスカも不本意そうな顔をしている。


「それでは、昇格試験の説明をします。部屋を用意しておりますのでご案内します」


「私もついていくぞ」

 

 どうぞ、とミスカが言ったのででは遠慮なく、といった感じでミレイもついてくる。


 案内されたのは闘技場のような場所だった。


 見ると、隅っこのほうには何人かのギルド職員がいる。


 その中の1人がこちらに歩み寄ってきた。


「私はアルバノス王国支部のサブマスター、セナンだ」


 40歳くらいの男性が挨拶をする。


「ミスカから聞いていると思うが、ギルド側から君のランク昇格を推薦した」


 黙って頷く。


「うむ、では早速昇格試験の説明をする。これから君にこの場でDランクモンスターの討伐を行ってもらう」


 Dランクモンスターか。何だろう。


「今までは冒険者ミレイと共にクエストにあたってきたようだが今回は君一人だ」


「了解」


 短く答える。


「では、始める、前に進みたまえ」


 俺は闘技場の真ん中へと進んでいく。俺たちが入ってきた側とは反対の入口からモンスターが

出てくるのだろう。


 ミレイたちは隅に集まっている。結界魔法が展開されており安全な場所となっている


 目の前の入口からモンスターが現れる。


『グゥゥゥォォォォォ』


 口からよだれが滴っている。


 デカいな。3mくらいか。


 ホルスターから『天』を抜く。


 結界内にいるミレイたちの声は届かないようになっている。


 戦いのスタートの合図はモンスターの動きを制限する首輪がはずれてからということだった。


 俺はその瞬間をじっと待った。




 ミレイは入口から出てきたモンスターを見てぱっと目を見開く。


 出てきたモンスターはオークだった。オークのランクはC。先ほどサブマスターから受けた説明では

出てくるモンスターはDランクのはず。


 ミレイが疑問を口にするより早く、そのことを指摘するがいた。


「サブマスター。どういうことですか、出てくるモンスターはゴブリンのはずです」


「ああ、なぜオークが、何かの手違いか?」


 言葉とは裏腹にサブマスターに動揺は感じられない。


 まるで予定通りだ、とでも言わんばかりに。


「規約違反ですよ」


「言ったはずだ、手違いだと」


 なおも食い下がるミスカにサブマスターであるセナンは冷めた口調で言葉を返す。


 どうしたものか、と思いユキを見る。


 彼は退屈そうに、ぼーっとオークを見ている。


「ミスカ、問題ないよ」


 ミスカはセナンから顔をそらしユキを見る。


「このことはまた後で言及します」


 ミスカはセナンの顔も見ずに吐き捨てるように言った。


「構わんよ」


 はじめろ、とセナンはギルド職員に命じる。


 オークの動きを制限していた首輪が外れた。



 モンスターの首にはめられていた首輪が外れる。


 見た感じ、オークってやつか。


 ゴブリンは人間よりも背が低いモンスターだと聞いた。ゴブリンとオーク、どちらも醜い顔だと

いうことは共通しているが身体能力ではゴブリンよりも高いものをオークは持っているはずだ。


 ゴブリンがじっと俺を見つめてくる。


 あんまり近寄りたくないな。離れているの匂いが俺のほうまで届いている。


 さっさと終わらせよう。


『天』を構え銃口に空気を圧縮する。


 ミレイたちは結界に守られているから衝撃の心配は必要ないだろう。


 オークに対して全力を出す必要もない。


 最近気づいたことだが俺の≪力≫、使えば使うほど強くなっているようである。


 おかげでこの世界に来たばかりの俺よりも今の俺は大分強くなっている。


 んで、このオークは、この世界に来たばかりの頃に戦ったミノタウロスよりも弱いはず。


 出力は4割程度で十分だろう。


 オークがこちらに駆け出そうとしている。


 駆け出す前に俺はトリガーを引いた。


 ドンと、重低音が鳴り、空気弾が発射される。オークの胴体に命中するように放ったそれは、

吸い込まれるようにオークに直撃する。


『グゥァッ?!?!』


 オークの口からわずかに声が漏れた直後、空気弾が炸裂した。


 地面を抉るように衝撃波が生じる。


 オークの体は衝撃波によってちぎれ、四方八方へ飛び散っている。なかなかにグロテスクだ。


 俺は体の周囲に空気壁を展開しオークの血肉が付着するのを防ぐ。


 衝撃波が収まるのを見届け『天』をホルスターに収める。


 あっけないな。


 ん、っていうかオークってDランクモンスターじゃなくてCランクモンスターじゃなかったっけ?と

考えながら俺は結界の方、サブマスター達が居るほうへと向かった。



「一撃……」


 サブマスターが口を半開きにしたままつぶやく。


 見ると、ミスカも驚きの表情をしている。


 というか、私以外の全員が今目の前で起きた光景に驚きを隠せない表情をしている。


 確かに、Bランク冒険者と言えど一撃でオークを屠れる者は限られてくる。


「一体何が起きた?」


 サブマスターはギルド職員を見るがその問に答えられる者は一人としていない。


「聞いた情報では魔法は使えないはずだったが」


 なおもサブマスターは独り言をつぶやいている。


 隣のミスカはと言うと真剣な眼差しでユキを見ている。


「あれは、『天』?」


 ミスカがミレイに静かに尋ねる。


「ああ。私も驚いたよ」


 魔銃『天』『地』。


 魔力に反応することで暴発することから呪われた魔銃として名高い武器だ。


 魔力が無いというユキが使いこなせるのは理解できるが、では彼がオークを倒したのに用いた

力は一体何なのか、ということになる。


 同じような感想を持ったのであろう、ミスカは首を傾げている。


「本人に聞いたが、私もよく分からなかった。魔法ではない何かしらの力ということで無理やり

理解している」


 ミスカに伝えると、ふむ、といまいちピンと来ていないような表情ながら頷いた。


 ユキがゆっくりとこちらに歩いてくる。


 結界魔法が解除された。


 怪我は無いか、といった言葉が不要なことはここにいる誰もが分かっている。


 ユキとオークとの力の差は火を見るより明らかだった。圧倒的過ぎて勝負にすらなっていない。


「合格かな?」


 ユキがサブマスターを見た。


「あ、ああ。しかし君は一体……」


 サブマスターが尋ねる。


「ただの冒険者だよ。まぁ、細かいことは置いといてくれよ」


 言ってユキがサブマスターセナンに一歩近づく。


「あんまり悪戯したら良くないよ。次、似たようなことしたらその時は」


 ユキの口端が上がる。


「やり返すよ」


 短く告げられたその言葉にセナンが気圧されるのが見て取れた。


 悪戯、というのは伝えられたランクよりも高いモンスターが出てきたことを言っているのだろう。

 メジャーなモンスターは一通りユキに教えてある。戦うのは初めてだったろうが。

 

 セナンはぎこちなく頷く。それ以上言葉を発さず、彼は闘技場を後にした。


「昇格の可否については追って連絡いたします」


 ミスカからいくつか連絡事項を受けた後、俺とミレイはギルドを後にした。



 サブマスター専用の執務室でセナンは先ほどの光景を思い出していた。


 本来用意すべきモンスターはゴブリンだった。


 しかし彼が用意させたのはオーク、Cランクモンスターだった。


 より正確な力を計るため、という名目だったが……。


「ふぅ」


 ため息をつく。

 

 彼とてこのような規約違反などやりたくはなかった。やりたくはなかったがやらざるを得なかった。


「これでいいか、ゾルド」


 Bランク冒険者ゾルド。件《くだん》の昇格試験について、この男からオークを使うように提案

されたのだ。それは提案というよりも脅しと言ったほうが正しいものだった。


「ああ。十分だよ、さすがにCランクモンスターに後れは取らねぇか。っけ、Bランクモンスターにしろ

って言ったのによ」


 がんと、ゾルドが椅子を蹴り上げる。


 先日この男は、ギルド内でちょっとした騒動を起こした。そのことでどうも彼のプライドが傷つけられた

らしい、ということはギルド職員より聞いていた。


「気が済んだなら出ていけ」


「ん?」


 ゾルドがこちらに詰め寄ってくる。


「おいおい、態度デカくねぇか?ん?バラしてもいいんだぜ、ギルド本部への不正献金についてよ」


 セナンは唇を噛む。


「ははは、必至だなぁ、セナン。そんなに出世してぇか?まぁ、一国のサブマスターじゃ終わりたくねぇって気持ちは少し分かるがよぉ~。ここのギルドの金くすめてギルド本部の幹部に垂れ流すってのは、どうよ?ん?」



 こいつは一体どこからその情報を入手したのだろうか。


 セナンは考えるが思いつかなかった。各ギルド支部の運営資金についてはサブマスターが取り扱っている。

 マスターも総額は把握しているが詳細までは把握していない。


「へへっ、どこのサブマスターもやってるんだよ、って顔だなぁ。でも他所は他所だろ?」


 ゾルドが執務机に腰を下ろす。


「まぁ、俺は心が広いからなぁ、黙っててやるよ」


 はっはっは、と笑いながらゾルドは扉を蹴り開けて出て行った。


 くそ、厄介な男に目を付けられたものだ。


 低く唸っていると静かにドアが開けられた。


 誰だこんな時にノックもせずに。追い返してやろうと思って顔を上げる。目に入った人物を

見てセナンは立ち上がった。


「マスターロゼッタ……!」


 そこにいたのは、アルバノス王国支部ギルドマスター ロゼッタ。齢は60。


 かつては『冥土』のロゼッタとしてAランクまで上り詰めた冒険者である。


 最後に会ったのはいつだろう。彼女は基本的に表に姿を現すことがない。


 どこで何をしているのか、というのはギルド職員間でもたびたび話題に上がるものの答えは

出ていない。


「久しいのう、セナン。元気かい?」


 和やかな笑みを称えたままロゼッタは歩み寄ってくる。その表情とは裏腹に、彼女から

発される空気は重く、冷たい。


「はい……。今日は何用でしょうか?」


 冷汗が背中を伝う。


「セナン。お前は良い子だよね?」


 ロゼッタがすぐ目の前まで迫る。背丈は150cmとセナンよりも低いため見上げられる

形である。

 

「はっ……」


 言葉がうまく出てこない。


 足元を見ると、足が土で固定されておりそこから動くことが出来ない。


「良い子なら、全部お話し。いいね?」



 ああ……。セナンは全てを諦めたマスターロゼッタに事の経緯を話したのだった。


 


 何かしらの処分を受けると思った。


 しかしロゼッタは何も処分はしない、という。


 その代わり、不正献金は今後一切行わないこと。


 次、同じようなことを繰り返せばその時は容赦なく重い処分を下すことを言い渡された。


「ええかい、セナン、人は過ちを犯す生き物。一回目は許そう。けどな、二回目はないよ」


 ゆっくりと語られるロゼッタの言葉にこくこくと頷くセナン。


「うむ。それと、ゾルドにはこれまで通り接しないさい」


「また脅された場合は……?」


「すぐに報告しなさい。普段わたしはギルドに居ないから報告は、そうだねぇ、受付にいるミスカにしなさい」


 言って聞かせるようにロゼッタは言う。穏やかながら拒否することを許さぬ迫力がそこにある。


「承知しました」


 うむ、と言いながら満足したのかロゼッタは部屋を後にした。


 彼女が部屋を去った直後、足元を固めていた土は消え去った。

                   

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