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白撃の銃使い~天を穿つ者~  作者:
第一章 物語の始まり
14/18

13話 帰路

 ユキに近づき回復魔法をかける。


「ふぅ……」


 杖に体重を預けながら周囲を見る。


 これといって変化はない。


 あの巨神兵を倒さなければ得られるものはない、ということなのか。それともこの遺跡はダミーなのか。


 どちらにせよさっさとこの遺跡から脱出するのが最優先。


 ユキは意識を失っているようでぴくりとも動かない。


 普段なら魔法を発動して運ぶところだが私の魔力もすっからかんの状態で魔法を発動する余裕はない。

 

 彼の肩に腕を回し立ち上がらせる。その手には彼の武器である銃が握られている。ホルスターに収めるために取ろうとしたがどこにそんな力が残っているのかうまく取れない。仕方がないので握らせたままにしておく。


 立ち上がらせると顔がすぐ近くにあった。背丈はそれほど変わらない。少し彼が大きいくらいか。


 しかし戦いの最中に見た彼の背中はとても大きかった。


 とても頼もしかった。


 最後の最後。私も彼も、どちらも力は使い果たしていた。


 それでもなお彼は立ち上がり、巨神兵と正面から相対した。


 これまで生きた120年の中でこれほどの『輝き』を放つ者に会ったことなどない。


 彼が使っていた力もまたよく分からないものだった。魔法ではない何か。


 歩きながら考えるが心当たりは特になかった。


 遺跡から出る。周囲に気配はない。流石に今のこの状態で戦うのはまずい。


 木の陰に隠れるようにして腰を下ろす。しばらくすると遺跡の入口は静かに地下へと

沈んでいった。


 さて、どうするか。


 このまま私が借りている宿屋に帰ってもいいが。


 ちらっと青年を見る。何か彼の身分を示すようなものはないかとコートのポケットを探る。


 ハンカチが出てきた。水色だ。見ると文字が刺繍されている。『リピローグ』と。



 思ったよりも学校が早めに終わったのでさっさと下校し、街へと行く。

 南門へと向かったがそこにユキ様の姿はなかった。冒険者ギルドへと向かい受付嬢に聞いてみた。

 クエストを受注して出て行ってからはまだ戻ってきていないという。


 どうしたものか。とりあえずしばらく冒険者ギルドの中で待たせてもらうことにした。

 

 ぼーっとギルドに出入りする者たちを見る。いろいろな者がいる。


 (いずれユキ様も冒険者として生計を立てていくのでしょうか。そうなれば)


 リピローグ家を出て行くのもそう遠くないのかもしれない。好きなだけ居てくれていい、と言っている

のだが彼はどこか申し訳なさそうな顔をしていた。


 私にとっては命の恩人である。いつまで居てもらってもいい、むしろ居てほしいくらいなのだが。


 1時間ほどギルドで時間を潰したが彼が戻ってくることはなかった。


 何かあったのだろうか。


 もう少し待っていたいところだがそろそろ家から迎えが来る時間だ。


 待たせてもらった礼を受付嬢に言ったあとギルドを後にして馬車に乗り家に帰った。


 それから3時間。まだ彼は帰ってきていない。さすがに遅い気がする。


 父、母とリビングに居るが二人も帰りが遅いユキ様を心配しているようだ。


「何かあったのかしら?」


 母が時計を見ながら言った。時刻は夜7時。


「その辺の輩に遅れを取るような男ではないと思うがな」


 言葉とは裏腹に父も心配そうな顔をしている。


 その時家のチャイムが鳴った。使用人が玄関へと向かう。ユキ様だろうか。


 使用人が何事か言葉を交わしている。使用人達にもユキ様のことは説明してあるからすぐに

通すはずだが。


 玄関へと向かった使用人がこちらに来た。


「失礼します。旦那様、ユキ様が戻ってまいりました。ただ、エルフが一緒です」


 その言葉に父の顔が強ばる。


「ふむ」


 エルフ。生まれつき強大な魔力を有する種族。その数は人間に比べ遥かに少ない。そして他種族との

交流もしていない種族だ。そのエルフがユキ様と共にリピローグ家の玄関にいる。どのような状況なのか

考えるが何も思いつかない。


 父も同じだったようで立ち上がりながら傍に置いていた杖を掴む。


「お父様、私も!」

 

 そう言って腰を浮かすが父に止められる。


「何があるか分からん。お前たちはここに居なさい」


 そう言って戦いに優れた使用人を引き連れて父は玄関へと向かった。



 使用人に伴われ玄関に向かったグレイは目を見開く。


 そこにはエルフがいた。そのエルフに肩を支えられたユキがいた。


「あんたがこの家の主か」


「いかにも。グレイ・リピローグだ」


「私はミレイ。この子のコートのポケットにリピローグの名が入ったハンカチがあったんで連れてきた。あんたの関係者で間違いないか?」


「ああ」


 短く応える。見ると二人の体はあちこちに傷が残っている。2人が戦いついた傷なのか、それとも2人が共に何かと戦い受けた傷なのか。


「聞きたいことはいろいろあるだろうが、まずはこの子を横にしてやりたいんだが」


 私は使用人に命じてユキをリビングへと運ばせた。玄関から一番近い部屋だ。ついでに回復系統の魔法に

優れた使用人を連れてくるように命じた。


 さて。


 エルフの女性と向き合う。


「君の言うとおり、聞きたいことがある。まず確認だが我々に対して敵意はない、ということで理解していいのかな?」


 私の傍には使用人たちが待機しており油断なく杖を構えている。


「ないさ、逆にそっちが私に危害を加えないか心配なくらいだ」


「それはない。弱っている相手をいたぶることは我が家の名に傷がつく」


 ミレイと名乗ったエルフは鼻で笑う。見た目はまだ年若い女性だ。しかし雰囲気から察するに私よりも

年上なのだろう。彼女から見れば私は子供に写っているのかもしれない。


「そこまで言うのなら。家に入れてくれるのか」


「ああ。しかし話の内容によっては叩き出すがね」


 そう言って彼女をリビングへと案内する。


 リビングではソファに横たわったユキ君の傍に回復魔法の使い手が数人、そしてエリルが心配そうな

顔をして立っていた。


 こちらに気づいたエリルは杖を握り締めながら怒気を隠すことなく私の後ろからついてきているエルフ

を睨む。


「あなたが、ユキ様を傷つけたのですか?」


 鋭さを伴った言葉が娘の口から放たれる。私も気になっていたことなので口を挟まずにミレイの返事を

待つ。


「私ではない。その話をしてやるから座らせてくれ。疲れているんだ」


 尚もミレイを警戒するエリル。ミレイはというと、リビングを見回した後、ユキ君の傍へと向かう。

 

 ソファは彼が横になっていることでスペースがない。彼女はユキ君の足元付近の床に杖を抱きしめるようにして腰を下ろした。


 私も先ほどまで座っていた席に腰を下ろす。立ったままのエリルに座るように促す。


 使用人が飲み物を運んできた。ミレイはそれを飲み干すと彼等に起こったことを話し始めた。


 聞き終えて私はユキ君の顔を見つめる。静かな寝息を立てる彼の顔を。


 巨神兵。封印指定された太古の化物。


 そんな怪物と彼らは今日戦ってきたという。戦い生き残ったその事実に私は驚嘆している。


 エリルはというと、彼女が一度ユキ君を置いてその場を後にした、という話のあたりでキッと

ミレイを睨みつけていた。

 確かにミレイに対して怒りが沸くのも頷ける。

 しかし彼女は一度は立ち去りながらも再び戦場へと戻って来たのだ。


 それにもし自分が同じ立場だったとして、その場に残れる者がどれほどいるだろう。人には守らなくては

ならない存在がいる。それを守るためなら、時に人はどこまでも非情になれるものだ。だからこそ、私は

ミレイを責める気持ちにはならなかった。

 だが興味はあった。なぜ彼女が戦場へ戻ったのか。だからそれをそのままミレイに問いかけた。


「さぁ。正直よくわからない。ただね、この子は一度たりとも逃げようとしなかった。戦って勝てないこと

は分かっていたはずだ。それでもなお、真っ直ぐと巨神兵を見据えていた」


 その時の光景を思い出すようにミレイは目を瞑る。


「あの子の姿に『未来』を見た。『未来』を感じた。共に戦いたいと思った。一人で戦わせたくないと

思った。それだけだ」


 未来。彼女がそう口にした言葉にどのような意味が込められているのかは私には分からない。

 しかし彼女がユキ君に寄せる信頼は見ていてよく分かる。事実彼女は我々に気を許していない。

 杖をぎゅっと握り締めいつでも戦えるような態勢を取っている。

 共に戦った彼を守るように。

 

 同じようなものを感じ取ったのかエリルは面白くなさそうにふん、と顔を背ける。


「それにしても、さすがはアルバノス王国筆頭貴族だな。こんな隠し球を持っているとは」


 ミレイは私を鋭い目つきで見る。隠し球、とはユキ君のことだろう。


「これでも情報には詳しいほうだが、この子の話は聞いたことがなかったぞ」


「隠し球など、とんでもない。彼はリピローグ家の客人だ」


「客人?」


 不思議そうにミレイは私を見つめてくる。


「言葉通りの意味だ。っふ、君たちの出会いを聞いていると娘から聞いた話を似ているようで実に

面白いよ」


 グレイは手短に娘とユキ君の出会いを説明した。


「なるほど。状況は理解した。だが驚きに変わりはない。これほどの力を宿した男が未だ誰の手垢も

付いていないとはな。だがそれも時間の問題だろう」


 そう遠くない未来、この子の名前は世界中に轟いているであろう。それだけの可能性をミレイは見た。


「さて、それで君はどうする?だいぶ消耗しているようだしここで一晩休んでいってもいいが」


 ミレイはグレイの申し出を素直に聞き入れた。それだけ今の状態で外に放り出されることが危険である

ということだろう。ただし、ユキ君と同じ部屋がいい、と言った時には少し驚いた。

 

 彼女は我々リピローグ家の人間に対して心を開いていないのだ。それは当然といえば当然だ。

 何せ我々は今日出会ったばかりなのだから。しかしそれはユキ君もミレイも同じはず。

 

 それでも、ミレイがユキ君に寄せる信頼は強く、固いものに見えた。絶体絶命の死地を共に超えた

者たちだけが放つ絆。それは何よりも強い武器であることをグレイは知っている。


 強い絆で結ばれた仲間が共にいる、それだけで彼らは普段の何倍もの強さを発揮するのだ。

 


 早朝。


 ミレイはすっと目を開ける。


 まだ体に疲労感は残っているが動けないほどのものではない。

 

 隣のベッドに目を向けるとユキが静かな寝息を立てている。


 彼が目を覚ますのはもう少し先だろう。話したいことは山ほどあるが今は後回しにするほかないだろう。


 どうしようかと考え、ベッドから起き上がり窓から外の景色を眺める。


 リピローグ家、アルバノス筆頭貴族。

 ユキのことを客人だと言い切ったがグレイの目には大人の狡猾さが少しだけ見えた。

 

 あれほどの力を持った男だ。戦力として申し分ない。なんとかこの家に繋ぎ止めておきたいと

思うのはリピローグ家当主として当然の考えであることは理解できる。


 しかし。未だ寝息を立てている青年を見る。


 この男が一貴族の手中に収まるだろうか。


 あの真っ直ぐ相手を射抜く鋭い目を思い出す。


 それは私が決めることではない、ユキが決めることだな。


 私は部屋を後にした。



「もう出ていくのかい?」


 リビングに顔を出すと既にグレイが座って本を読んでいるところだった。


「ああ。世話になった。感謝する」


「お安い御用だよ。ユキ君はまだ寝ているのかい?」


「ああ。伝言を頼みたい」


「どうぞ」


 微笑みながらグレイは私を見る。


「私はいつでも冒険者ギルドにいる。気が向いたら会いに来てくれ、と」


「承知した。彼に伝えておくよ」


 深く頷きながらグレイは言った。


「ああ、そうだ。私からも一つ頼みがある」


 立ち去ろうとした私にグレイは立ち上がり声を掛けた。


「彼のこと、よろしく頼むよ」


「よろしく、とは?」


「ユキ君は、きっとこの家を出ていく」


 仰ぐように天井を見上げながらグレイは続ける。


「この家は、いや、この国は彼にとって狭すぎる。もし、彼がその時、君を頼ったら、その時はどうか

彼を導いてほしい。彼は強い。そしてこれから先もっと強くなるだろう。だが、この世界の常識について

はほとんど知らない。そこが面白く、そして危なっかしいところでもある」


 にっこりとグレイは微笑む。


「他人のお前がなぜそこまで肩入れする?自分の物にならぬと知っていて」


「彼は誰の物にもならないさ。見ていてわかる。誰かの風下に立つような器ではない」


 なるほど。さすがにアルバノスを代表する貴族だ。人を見る目は持っている。


「まぁ、少しでも好印象を持ってもらいたい、というのはあるがね。だが、彼は何よりも大事な私の娘

を救ってくれた。私が出来ることなどそう多くない。その多くないことの一つが君にこうして頼み込むことだ」


「分かった。まぁ、言われるまでもないことだがな」


 あの男は私にとっても命の恩人なのだから。


 しばらく言葉を交わした後、リピローグ家を後にした。

 




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