12話 共闘
「俺も名前、言ってなかった。ユキだ」
「これでやっと自己紹介が済んだな。さて、どうする」
二人して巨神兵を見る。奴は一旦体制を整えるためか少し後退し、構えを取る。
後方の砂時計はようやく半分の量が下に落ちたくらい。
「弾丸を撃ち込みたいんだがその隙を与えてくれない」
「分かった、私が奴の気を逸らす。その隙に撃ち込め」
ミレイの言葉に頷き俺をその場から疾走する。巨神兵の左側へと回り込むように。
全力の空気弾を撃ち込んでやる。
グオオオオオオオオオオオオオと巨神兵が雄叫びを上げる。奴の目が俺を捉える。
だが俺は足を緩めない。走りながら両手に握る『天』『地』の銃口に空気を圧縮していく。
静止した状態のほうが空気を集中して集めやすいんだがそんなことは言ってられねぇ。
防御の姿勢は取らない。今は共に戦う者がいるから。ミレイを信じる。それしか、ここから
生きて出る方法はない。そう判断した。
『上級風魔法 旋風波』
後方でミレイが魔法名を高らかに叫ぶ。
直後、巨神兵の胴体付近に衝撃波が直撃する。なかなかの速度。攻撃範囲もかなり広い。
ミレイの攻撃のおかげで巨神兵の注意が俺から逸れる。
今だ。
上空を見る。高さは巨神兵の頭部より少し高い位置。頭部から距離を取ったあたりに視線を向ける。
転移。
俺の体が上空へと移動する。
『天』『地』を構える。
そこで巨神兵が俺の存在に気づく。
だが今回は俺の方が速い。
8割程度の出力だが、これ以上圧縮する時間はねぇ!!
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫ぶ。行くぞ。
トリガーを引く。
ズドンズドンと音を上げ、弾丸が発射する。
一直線に頭部を目掛けて。さすがの巨神兵も今から回避行動は間に合わないはず。直撃だ。
行ける。行け。
弾丸が巨神兵の頭部に当たる。
圧縮された空気弾が一気にはじける。
襲ってくる衝撃波を避けるため地上、ミレイの周囲へと視線を向け転移する。
ミレイの隣に立つ。やったか?
巨神兵の周囲からは煙が立ち込めているせいで姿が見えない。
「凄まじい威力だな。大したものだ」
そう言ったミレイの顔は、しかしなおも強ばっていた。恐らく俺も同じような表情をしているだろう。
これで終わるとは思えなかった。今なお、奴の威圧感を感じる。
グァアアアアォオオオオオオオオオオオオ
巨神兵が腕を振るったことで煙が霧散する。
奴は右膝を地面に着いていた。態勢が崩れている。
しかしそれだけ。頭部は若干欠けている部分があるくらいだ。
「あれを受けて、ほぼ無傷か」
ミレイがつぶやく。
半端じゃなく、強いな。本当に強い。砂時計を見る。上部に残る砂は3分の1程度。
巨神兵が立ち上がる。体が黄金に輝く。
「まずい、暴走状態に入った。あの状態は通常時の能力に補正がかかる。要は、さっきよりも
速く、強くなっている」
まじかよ。さっきの状態だってかなり厳しかったっていうのに。どれだけハードモードなんだよ。
けど、ごちゃごちゃ文句を言っている時間もない。
「もう一度、やるぜ」
倒せなくていい。ここから生き延びることが最優先。つまり、時間切れを狙う。
「ああ。砂の量から見ても、これが最後の攻撃になるだろう」
ミレイと目が合う。彼女の目に、迷いはない。
体がフラフラする。力を使いすぎている。それでも、手を抜くわけには行かない。
行く。そう決めた時だった、巨神兵の左腕がこちらに向かって打ち込まれる。
速い。ミレイの手を取り、適当な場所へ視線を向ける。
転移。
ミレイと二人、上空へ舞う。巨神兵と目が合う。それほど巨神兵から距離は離れていない。
ぐるんと、こちらを向いた巨神兵が右足を蹴り上げてくる。
轟音。
転移したいが、二人一緒に転移すると力の消費が激しい。それに疲労のせいか、視線がぶれてうまく
視点を固定できない。息が上がる。まずい、蹴りがこっちに。くそ、
「飛べ、ユキ。攻撃は私が受ける」
ミレイが杖を前にかざす。
その言葉を信じる。それしか、もはや取れる手段がない。目に力を込める。
蹴りがすぐ間近まで迫っている。巨神兵の頭部から少し離れたあたりに視線を向ける。
『超級風魔法 風竜砲』
(私の最強の魔法。相殺はできなくとも威力を減らし、直撃を避けることなら……!!!)
「うぁあああああああ!!!!!!」
ミレイの杖から魔法陣が出現し、巨大な風の竜が現れる。竜は巨神兵の足へと巻き付き威力、速度を
弱めている。
ミレイが時間を稼いでくれている。ならだ、俺もそれに答えなければ。頭部を再度見て、視点を
固定する。
転移。
巨神兵はまだ俺に気づいていない。足に巻き付いた風の竜を煩わしそうに振り払おうとしている。
ミレイはその隙に地上へと着地している。
『天』『地』を構える。銃口に全ての意識と力を集中する。
この一撃に俺の全てを賭ける。
空気が圧縮されていく。風の竜はなおも足に食らいついている。見ると、ミレイの顔が苦悶の表情を
している。
巨神兵が大きく足を払う。食らいついていた竜がはがされる。
巨神兵がミレイを捉える。彼女は手を地面についている。巨神兵が左足を上げる。
ミレイを踏み潰すように。そうはさせない。
「お前の相手は俺だぁ!!!!!!!」
叫ぶ。
巨神兵がギロリと俺を睨みつける。すぐに俺へと向き直る。上げていた足はミレイを踏み潰すこと
なく地面に着いている。
巨神兵の口が大きく開く。レーザーか。直撃したら、まず死ぬ。
ピィイイイイイイインと甲高い音が巨神兵の口元から聞こえる。
撃ち込むなら今。
「行くぞ、俺の全てを込めた弾丸だ!!!いけぇ!!!」
叫びながらトリガーを引く。衝撃が腕に伝わる。
今の俺が放つことができる最高の弾丸。
巨神兵の口からレーザーが放出される。
空気弾とレーザーがぶつかる。
まだだ……!!俺は撃ち放った空気弾のうちの一つの弾の圧縮が解かれないように力を込める。
二つの弾の圧縮を同時に解放するのではなく別々のタイミングで解き放つ。
一つはレーザーとの相殺。もうひとつは頭部への直撃。
レーザーと空気弾の一つがぶつかり、衝撃が俺を襲う。
なんつぅ、威力のレーザーだ。少しでも空気の圧縮が足りなければ空気の衝撃波を貫通して
レーザーが俺を襲っていた。
そしてもう一つ、まだ圧縮されたままの空気弾に神経を集中する。頭部に当たる、その瞬間に。
俺は空気弾の圧縮を解き放つ。
「いけぇえええええええええ!!!!!!!!」
轟音。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと低く重たい音が鳴り響く。
空気弾は奴の頭に確実に当たった。
俺は頭から地上へと落下している。体にもう力が入らねぇ。
「っく!」
ミレイの声がすぐ近くから聞こえる。
彼女が俺を受け止めてくれた。
「はぁ……はぁ……」
抱きしめるようにしてキャッチしてくれた彼女の体から抜け出る。
やったか?
目を凝らす。
グゥゥゥゥゥウォオオオオオオオオオオオオオオオオ。
雄叫びが響く。
煙が晴れる。巨神兵の胸から上は吹き飛んでいた。
しかし、奴の動きは止まっていない。
「うそ……だろ、おい……」
巨神兵が右腕を後ろへと引く。
もう、力は全く残っていない。ミレイもそうらしく両手、両膝を着き、ただ巨神兵を見上げている。
くそぉ。
「うぉおぉおおお!!!」
呻きながら、俺は立ち上がり、ミレイの前に立つ。
「ふぅ……」
立っているだけでもきつい。それでも。
一度は立ち去りながらも、再び戻ってきてくれた彼女を守るために、俺は手を前にかざす。
空気壁は、もう出来ない。力が残されていない。それでも、それでも俺は手をかざし続ける。
戦う力は残されていなくとも、戦う意志は消えていない。この意志だけは、消してはいけない気がする。
だから、俺は覚悟を決めて立ち続ける。
「来いよ……!!!」
たとえ、ここで死のうと、もう、悔いはない。自分の持つ全てを出し切ったのだ。
堂々と戦った。だから、散り際もまた堂々としたものでありたい。
巨神兵が右腕を打ち込んで来る。
眼前に迫る巨大な拳にしっかりと目を向ける。
拳が俺たちに当たる直前だった。
ゴーンゴーンと、鐘がなる。
ヴァンと、風が俺たちを襲う。巨神兵の拳が眼前で急停止したことで生じた風圧だった。
それを受けて俺はよろめきながら地面に仰向けになる。
倒れたまま砂時計を見ると全ての砂が下部に落ちきっていた。
時間切れ。巨神兵の動ける時間には制限があった。それが終を迎えた。
あと少し砂が落ちきるのが遅ければ、俺たちは死んでいただろう。
ギリギリで掴み取った生。
巨神兵の体が光に包まれる。しばらく光を放ち続けたあと、光は消え、そこに巨神兵の姿はなく
この大広間で最初に目にした巨大な岩がそこにあるだけだった。
疲れた……。意識が薄れて行く。
ミレイが俺に向かってくるのを見ながら俺の意識は途切れた。