下半身
8月の暑い日のことだったと記憶している。おれは砂利道をうつむきながら、顎から汗をたらしながら歩いていた。上と下から照り付ける日光が、おれをいらつかせた。こんな日はとても人間が外を出歩けるとは思われない。だがおれは歩かなければならなかったのだ。
おれはひたすら歩いていた。後ろから気配がしてふりかえると、軍服に身を包んだ下半身が、1列になって歩いてくる。列は果てしなく続いている。「演習か、ご苦労なこった」おれはまたうつむき、汗をたらしながら歩く。行軍の足音はそろわない。散歩でもしているかのようだった。
列がおれを通り越していく。おれはなんとなく、「急がなければ」と思った。だが急ぐ必要はなかったのだ。追い越されたからなんとなく、そう思っただけだ。
いつまでたっても列は途切れなかった。相当な人数だと思った。気づけば前方までびっしりと列が続いている。それはまるで緑色の川のようだった。
おれはどれだけ歩いたかわからない。まだ目的地にはつかない。もういっそ死にたいと思い始めた時、下半身の一人が倒れた。また一人、二人と倒れ始める。熱中症だろうとおれは考えた。おれだっていつ倒れるかわからない。急がなければならなかった。
おれは喉が渇いてしかたなくて、倒れた下半身の肉を食いちぎり、そこから血をすすった。血はおいしくなかった。最悪だったのは、血の温度が人肌だったことだ。だが飲まなければおれも倒れてしまうのだから、しかたない。しばらくしておれはまた歩き始めた。
おれは歩くのをやめた。近くのコンビニに避難した。店員と客が、おれの口元を見てさっと目をそらした。
それからのことは覚えていない。ただ、いずれまた外に出て、歩き出さなけれなならないだろう。