『式』、増えてますか?
謎の少年の件から数日、特に大きな仕事もなく、悠夜は要の手伝いで屋敷の地下室にいた。
地下の部屋では要が使役する『式』が札に封印され厳重に保管されている。
箱に納められた札に破れや綻びがないか、丁寧に確認をする。千景紗也夏も一緒だ。
「そういえば、最近将護を見ませんね。元気にしていますか?」
思い出したように紗也夏に聞かれ、悠夜は札から少し目をあげて肩をすくめた。
「将護さんは忙しい人なんで本部にはあまりいませんよ。ああ、でも暫くは遠くに出ることはないと言ってました」
「あの子、きちんと捷様のお役に立っているのかしら。いつもぼうっとしてよく分からない子ですからね。本当に困った愚弟です」
そう言って紗也夏はふうとため息をはいた。悠夜は困ったように笑う。あんなに有能な側近をここまで言うのはこの実姉くらいだ。
「俺は将護さんにいつも勉強させてもらってます。確かに基本無口ですけど、話すと楽しいですよ?」
「悠夜は優しいですからね。それに甘えていないといいのですが。今度会ったら、少しは表情筋を鍛えなさいと言っておきますね」
フォローしたつもりが彼女には逆効果だったようだ。優秀な彼を「まだまだダメだ」と首を横に振る彼女も大層な大物感が窺える。さすがは『神景』の側近を務めているだけはある、といったところだろうか。将護に対して常に厳しいのだ。この姉は。
それは『神景』に仕える『千景』の名を背負う重責からくるものなのだろうか。彼女の真意は悠夜には分からない。
「顔に出ない子なので、見ていないと危なくて本当に手がかかります」
だが彼女が弟を気にかけているのはよく分かる。口から出る言葉は愚痴だが、紗也夏なりに将護を心配しているようだ。きっとこの姉弟の関係はこれで成り立っているのだろう。
いいな、と悠夜は素直に思った。
視線を箱に戻すといくつか見慣れない札が目に留まった。
「『式』、増えてますか?」
「よく気づきましたね。最近要様が何体か封印されたんですよ。それは見事でしたわ」
紗也夏はその時の様子を思い出したように、恍惚な顔で空中を見つめた。悠夜は苦笑した。うちのボスもよくフラフラするがここの主もあまり大人しくしていないようだ。
「悠夜はもう自分の『式』を見つけましたか?」
「いえ、まだ」
「そうですか。まだ捷様のを使っているのですね。悠夜は式召喚ができるのですから、そろそろ自分専用を持ち合わせてもいいと思いますよ」
「……そうですね。いずれ」
少し濁すように返答する。今の所自分専用の『式』を持つ気はなかった。捷の『式』たちだけで十分だと思っている。彼らは本当によく働いてくれる。
「朋樹も一体くらいは召喚できるようになってほしいのですが」
紗也夏は将護の話の時と同様にまたため息をつく。彼女の悩みの種は尽きないようだ。
「力はあるので朋樹だって訓練すればできるようになりますよ」
「力があってもコントロールが難しいですから、大雑把なあの子には無理ですね。本当に、どうしてあんなにもがさつな子になったのか」
育て方を間違えたのでしょうか。と話す姿は、暴れん坊な子どもに手を焼く母親のようだ。いつもの彼女たちのやり取りを思い出し悠夜の表情も綻ぶ。
「朋樹は裏表のない真っ直ぐな性格ですよ」
「ただの子どもです」
またしてもきっぱりと切られた。……なんだろう。自分はフォロー役に向いていないのだろうか。悠夜は眉をさげながら確認の終えた式札を箱に戻す。式札はどれも大切に扱われていて、確認する必要がないくらいだ。
次の箱を棚から取り出し開けると、ひっかかるものを見つけた。横一列に綺麗に並べられた式札。しかしその中の一枚が他の札とは違う色でくすんでいた。
「紗也夏さん。これ」
悠夜は紗也夏を呼び、気になる式札を見せる。ああ、と紗也夏が呟いた。
「力がだいぶ弱くなっていますね。古い『式』なので寿命なのでしょう」
寿命。
その言葉に悠夜の心が重くなる。永遠の命など存在しない。それは人間も『式』も同じこと。いつかは迎える別れの時。この『式』がまさにその時だった。
「この『式』はまだ『神影』に入る前、要様が十代の頃に妖影を昇華した時の『式』ですね」
「……要さん、そんなに早くから自分の『式』を持っていたんですか」
「はい。要様だけではなく、捷様もお持ちでしたよ。だから悠夜が持つのも不思議なことではありません」
それに悠夜はうまく答えられず、代わりに箱を紗也夏に差し出す。紗也夏は箱から式札をそっと取り出し撫でた。
「要様のところへ行きましょうか」
慈しむように話しかける。最期は主の元が一番いい。
「わたしは上にあがります。悠夜も来ますか」
「いえ、俺は残って他の式札を見ます」
丁重に断る。最期を迎えるのは主と二人きりのほうがいいだろう。紗也夏も悠夜の思っていることが伝わったのか、にこりと笑顔を見せた。
「朋樹にもそれくらいの気遣いがあればいいのですけどね」
「朋樹だってわかっていますよ。要さんと紗也夏さんのことが大好きですからね」
「そうですね。単純な子ですが根は良い子です」
今度はあっさり認めた。彼女の本音が聞けて悠夜も笑う。
「手なずけるまで大変でしたが」
……しかしただで褒めては終わらない。野良犬のような扱いの朋樹に少々同情する。穏やかで優しい雰囲気を漂わせる彼女だが、相当な毒舌家だ。自分の周りはどうしてこうも曲者が多いのか。
「悠夜、今わたしを面倒な者と思ったでしょう」
「……そんなことは」
突然ずばりと指摘され悠夜は言葉を濁す。なぜわかった。
「わたしも大概ですが、悠夜も同じですよ」
「俺も?」
思わぬ言葉に悠夜は目を丸くする。紗也夏は頷いた。
「素直じゃなくて捻くれていて、頭がいいところですよ。同じです」
……自分で頭がいいと言うのも如何なものか。どうにも同意できずにいると構わず紗也夏は続ける。
「だから、朋樹や仄に惹かれるんですよ。わたしも。あなたも」
悠夜は瞳を見開いた。仄も朋樹も純粋で素直で――――。ああ。なるほど。悠夜は納得した。
「確かに。俺にはないですね」
彼らの真っ直ぐさは自分にはない。いつも羨ましいとさえ感じる。紗也夏の言っていることもあながち間違いではないようだ。
「でも、悠夜も良い子ですよ」
「……やめてください」
先ほどとは逆に彼女がフォロー役に回ったのだろうか。面と向かってそういうことを言われると気恥ずかしくなる。クスクスと紗也夏が笑った。
「本当ですよ。あなたの境遇を考えればここまで良い子に育ったのが奇跡みたいなものです」
――――彼女は悠夜の『過去』を知る人物の一人。悠夜は無言で目を細めた。
「捷様の教育の賜物ですね」
「それはありません」
今度は悠夜がきっぱり切り捨てた。「ほら、素直じゃない」と紗也夏がまた笑う。……彼女のペースに呑まれると、もうどうにもならない。
「本当に悠夜は良い子ですよ。ですからもっと周りに甘えなさい」
「同じようなことを志織さんにも言われました」
浅木志織にも言われた。「もっと頼れ」と。紗也夏は優しい眼差しを向ける。
「あなたを見守っている大人は沢山いるということですよ。忘れないでくださいね」
紡がれた声はとても優しく温かい。静かに小さく返事をした。
「……はい」
悠夜の返事を聞いた紗也夏は満足そうに頷くと、「では、上がりますね」と言い残し出ていった。
地下室に残った悠夜は小さく息を吐いた。
自分の周りは曲者ばかりの大人で、そしてその大人たちは皆、自分にどこまでも優しい。
知っている。分かっている。でもどうも自分は――――紗也夏の言葉を借りるとすれば、素直ではなく捻くれているのでどう接していいのか分からなくなる時がある。我ながら面倒な性格だ。
……仄ならこんな時どうするのだろうか。ふと、要に別件を頼まれ外に出ている彼女のことを思い浮かべた。




