……ごめん、兄ちゃん
見たことのない力にカケルは驚いた。驚愕している少年を仄が見据える。
「……カケルくん。危ないことしちゃダメでしょ」
仄は怒っていた。それはそうだろう。攻撃されたら誰だって怒るに決まっている。カケルはまだ持っている『石』を使ってさらに攻撃を仕掛けようとした時、
「君が怪我をしたらどうするの!!」
一喝とその内容にカケルは耳を疑った。……コイツは今なんと言った?
「その『石』はね、とても危ないの! もしかしたら君を襲ってくるかもしれないの! だから使っちゃいけないの!! わかった!?」
一息に捲くし立てる彼女の言葉があまりに予想外で、言っている意味を理解するのに時間がかかった。
……この女は、俺の心配をしているのか……?
「おまえ、なんなんだよ……?」
敵の心配を一番にするなんて到底理解ができない。そんなことあるはずがない。カケルの表情が得体の知れないものを見るように歪む。
「な、んで、なんで俺なんかの心配なんか……」
「心配に決まってるでしょう! カケルくんはまだ子どもなんだよ!!」
動揺を見せるカケルに仄は怒った。その怒りはこんな子どもにこのような危険なことをさせている者への怒りと、カケル自身、ひとに危害を加えることの愚かさを叱るものだった。
「その持っている『石』をカケルくんに渡したのは誰? その人は今どこにいるの?」
一心に自分を見てくるその瞳にカケルの思考が鈍る。なぜこいつはこんなに自分に必死になるんだ? 敵なのに。なぜ敵の自分の心配をする? 分からない分からない。
……こんな人間初めてで……――――ワカラナイ。
「カケルくん」
仄の呼ぶ声にカケルがその体を彼女の方へと動き出そうとした次の瞬間――轟音が響いた。
強烈な風圧に悠夜は仄を腕の中に庇い朋樹は両腕を顔に覆い踏ん張る。小石や小枝が渦を巻いた風の中に巻き込まれ舞い上がる。
風を発したのはカケルだった。いや、正しくはカケルが握っている『石』だ。
石は少年を攻撃することはなく、むしろ彼を敵から遠ざけているようにも感じられたが、カケルは呆然としたまま何かに耳を傾けているようだった。そしてうわ言のように呟く。
「……うん。うん。わかってるよ、すぐ、戻る、から……」
風の隙間から悠夜は目を凝らしてその様子を見る。誰と話している? 悠夜はなんとか少年に近づけないかと風の隙間を探すが、それより早くカケルはその身を翻し雑木林に中へとその姿を消した。
カケルが消えると同時に風の抵抗もなくなると、悠夜は近くの木に跳躍して上り少年が消えた方角を上から探す。――――少年の姿をすでに見えなくなっていた。
「追わねえのか?」
下から朋樹が聞く。悠夜は見つけられないことを確認するとひらりと降りてきた。
「気配がないし、それに妖影の瘴気も一気に減ったから、多分もういないよ」
「逃げられたのかよ」
ぼやく朋樹に仄は肩を落とす。
「……ごめんなさい」
「仄のせいじゃないよ」
悠夜は責めないが仄は首を横に振る。これは自分の失態だ。
「逃げられちゃうなら、無理をしても捕まえた方が良かったかもしれません」
「じゃあなんで止めたんだよ。俺と藤真さんとなら捕まえられたかもしれねえのに」
朋樹の言うことももっともだ。分かっているのだが、仄は言葉を選びながら答える。
「……『石』を持っていると分かって、あまり刺激したくなかったのは本当なの。あと……確信はなかったから言わなかったけど、もう一人、近くに誰かいたように感じたの。カケルくんに接触したら出てきたかもしれないけど」
もう一人いただと? 気配を全く感じなかった朋樹は眉をしかめる。
「崇王ってヤツか?」
「わからない。でも何か大きな力が近くにあったように感じたの」
「仄、今も感じる?」
悠夜が確認すると仄は集中して周辺の気配を探るがほどなく首を横に振った。どうやらもういないようだ。悠夜は一連の流れを頭の中で整理する。
……カケルが独り事のように呟いていたのが、それは近くにいた『もう一人』に向かってのもので、カケルがこちらに来ようとしたタイミングで阻止したのを見ると一定の離れた距離から様子を覗っていたのだろう。そう考えれば仄の言っていることも信憑性がある。
……そしてその者の正体はおそらく……。
「崇王の可能性が高そうだね」
考えた推論を口にすると仄と朋樹の表情が固くなった。
「姿や気配を掴ませない距離であのガキに力を貸したってことか? んなこと本当にできるのかよ」
「崇王ってそんなにすごい人なんですか……?」
未だその姿を見たことのない二人は揃って戸惑っているようだ。そんな術者が存在するのかと。
悠夜も別に脅すつもりはなかったが、唯一接触のある自分の発言のせいで二人を萎縮させてしまったようだ。
「ああ、いや、多分だよ。不確定要素も多いから断定はできないしね」
一応フォローを付け足してみたが、二人の表情は困惑したままだ。
そして、仄は真顔で朋樹に声をかける。
「崇王が出て来なくてよかったね。相原くん、あっという間に倒されちゃうよ」
「なんで俺だけ瞬殺なんだよ! あと勝手に負かすんじゃねえ!!」
「なに言ってるの! 現実見て!! こんなことできる人に相原くんが勝てるわけないじゃない!!」
「う、うるせえ!! そんなのやってみないと分かんねえだろうが!!」
青い顔で真面目に辛辣な言葉を浴びせる仄に朋樹は振り払うように声を荒げるが、噛んでしまいその動揺を隠しきれない。良くも悪くも、二人はとても素直なのだ。悠夜は失言したとことを悔いた。
「二人とも、もういないみたいだし、戻ろう」
これ以上ここにいてもきっと収穫は望めない。悠夜は仄が見つけた木に貼られた護符をはぎ取ると上着の 内ポケットに仕舞った。要に見せるためだ。仄も朋樹も神妙に頷く。二人も長居は避けたいようだった。
雑木林の中の空気は入ってきた時に比べて清浄され澄んでいるように感じた――……。
少し離れたところで悠夜たちが雑木林を出て行くのを見る影があった。
それは仄が感じた気配であり、悠夜が推定した人物。
崇王奏十だった。傍にはカケルが立っている。
悠夜たちの姿が消えるのを確認すると奏十は一つ、息をはいた。
「妖影集めは失敗だな」
「……ごめん、兄ちゃん」
落ち込みうな垂れるカケルに奏十は肩を竦めた。
「カケル。悠夜たちに接近するのは止められているだろう」
「……うん。最初は相手をするつもりはなかったんだ。でも、あいつが……」
「あいつ?」
「……仄、が、変なこと言うから」
咲宮仄の名に奏十は瞳を細める。確かに少々危うかった。自分が手を出さなければカケルは向こうに堕ちていただろう。
あの少女のもつ雰囲気は一体なんなのだろうか。『浄化』という特殊能力だけではないように感じる。そして藤真悠夜。終始慌てることなく状況を冷静に見ていた。
――――思ったよりやっかいなのかもしれない。二人同時に攻略するのは。
奏十は響から任されていることがある。それを行うには、まず……。
双眸が揺れる。その瞳の奥には獲物を捕らえる鋭い光が潜んでいた。
「兄ちゃん?」
不安げに奏十を見るカケル。だが奏十はまだ自分の思考の中にいた。やがてその顔には不敵な笑みが浮かぶ。
悠夜、俺を止められるか――――?
挑発の言葉を投げかける。止められか? この俺を。できなければおまえは――……。
奏十の押さえていた気が膨れ、周りの木々がざわつき出した。先ほど澄んだと思われた雑木林の中に再び不穏な空気が流れだす。たった一人の男によって――――。
藤真悠夜との命のやり取りを想像した奏十は笑う。その声はざわついた木々とは裏腹にとても楽しそうな響きを奏でていた――――……。
第17話 end




